第22話 後輩カンナ

「いやー、先輩が来てくれて助かったっす。マジで入れてくれないんすもん、あの人」


「本来、こちらはルキア・ノーマン侯爵閣下のお屋敷ですので。こちらでソル様にお話を聞く以上のことは、なされませんように」


「だから、そう言ってるじゃないすか。最初から、先輩に話を聞きたかっただけっす」


 俺は一応、知り合いだと門番の衛兵に伝えた。

 だが残念ながら、ここはノーマン侯爵家の屋敷であり、俺にカンナを通す権限はなかった。俺の別邸なら連れて行ってもいいんじゃないかと思えたけれど、現状別邸で大結界の土台を作っているため、下手に人を入れるわけにもいかない。

 そのため、庭園の中にあるテーブルと椅子――そこまでならば通してもいいとダリアから許可を貰って、ここまで連れてきたのだ。


「というか、カンナ。なんで俺の居場所を知ってたんだ?」


 これはまず、最初に聞きたかったことだ。

 俺は封印都市フィサエルから出て、すぐにルキアと出会い、この屋敷までやってきた。その道中で、ルキア以外の誰にも会っていない。

 少なくとも封印都市で、俺の現在の場所を知っている者は誰もいないはずだ。

 そんな俺の疑問に対して、カンナは大きく溜息を吐いた。


「めっちゃ大変だったっすよ……」


「ん?」


「いやまぁ、大体分かってると思うっすけど、あたし今フィサエルに住んでるっす。日雇いで酒場の仕事やってるっす」


「ああ、そうか……」


「ただ、フィサエルもうやばいっす。明らかに大結界壊れてるっす」


「……」


 カンナの言葉に、俺は頭を抱える。

 一応ながら、カンナとは二年ほど一緒に仕事をしてきた。大結界の遠隔修復も一緒にやっていたし、大結界自体の現地調査もやっていた。だから、俺ほどではないけれど、ある程度大結界については知っている人間である。

 そんなカンナが、「明らかに大結界が壊れている」と言った。

 つまり、ルキアの懸念は完全に的中していたということだ。


「……百二十四番か?」


「大正解っす。雲魔龍クラウドドラゴンが毎日ぶつかっていた場所っす」


「やっぱ、あそこか。でも都市長は、大結界が壊れた訳じゃないって発表したらしいが」


「都市長って魔術師協会長っすけど、ほとんど魔力ないっすもん。気付くわけないっす。それに、百二十四番ってかなり高い位置にあるっす。ぱっと見は異常ないっすもん」


「それなんだよなぁ……」


 百二十四番。

 それは、大結界全体の上から三番目くらいにある場所だ。そのため異常が発生しても外から分かりにくく、視認では全く発見できなかったにも関わらず、遠隔での魔力確認ではひび割れていたということも珍しくなかった。

 そもそも雲魔龍クラウドドラゴン自体が、その名前の通り雲のような高さを漂っている魔物だ。それこそ、大結界に余程精通していなければ、異常を見つけることすら難しいだろう。


「だから、あたしが来たんすよ」


「何をだ?」


「先輩、封印都市フィサエルに戻ってきてほしいっす」


「……」


 思わぬカンナの言葉に、俺は眉を寄せる。

 一方的に俺を解雇して、「引きこもりのおっさん」と蔑んだ封印都市に、また戻ってこいと。

 一体どれほど面の皮が厚ければ、そんなことを言えるのだろう。


「一応言いますけど、これはあたしの独断っす」


「独断?」


「そうっす。あたしはフィサエルに家があるっす。ですから、大結界が壊れるのは困るっす。先輩が戻ってきて、ちゃちゃっと大結界修復してくれたら、都市長もきっと考えを改めるはずっすよ」


「あー……都市長の指示とかじゃなくて、お前の判断で来たってことか」


「そっす」


 カンナの言葉に、納得する。

 都市長からの指示で俺に戻ってくるように伝えてきたのではなく、フィサエルに住む一人の人間として、俺が戻ってきて大結界を修復することが最善だと判断したのだ。

 確かに、ノーマン領を覆う大結界を今構築しようとしているけれど、それはあくまでザッハーク領、そして封印都市フィサエルを切り捨てている。どう考えても、現状の大結界を修繕して保たせる方が最善と言っていいだろう。

 だが、俺にもそう簡単に頷けない事情がある。


「まぁぶっちゃけ、あたしも逃げてきたんすけどね……大結界が壊れるってことは、もう世界の破滅っすよ。だからせめて、大結界より遠く離れた場所で暮らして、しばらく延命しようと思ってたんす」


「まぁ……そうだな」


「そのときに、たまたまギルドで会った人から、先輩の話を聞いたんすよ。元々封印都市フィサエルにいた腕利きの魔術師が、今一大プロジェクトを立ち上げてる、って。あたしも一応魔術師なんて、魔術師ギルドで登録していたもんで」


 随分と口の軽い奴がいるものだ。

 具体的なことは何も言っていないけれど、確かにそれならカンナが俺の元に辿り着いた理由も分かる。

 そして恐らくカンナを誘った人物も、一人でも多く労働力を増やすためだったのだと思う。


「なるほどな……それでここまで来た、と」


「というか、先輩なら分かるっすよね? 大結界が崩壊したら、どれだけ世界がヤバいか」


「ああ……」


「だから、戻ってきてほしいっす。カンナ、一生のお願いっす」


 俺に向けて、カンナが頭を下げる。

 これが、平身低頭した都市長の言葉であったならば、俺も一考したかもしれない。無論、窮地にあった俺を救ってくれたルキアを裏切るような真似はしないけれど、大結界の延命くらいはしたかもしれない。

 だけれど、俺は都市長から封印都市フィサエルを追われた。「引きこもりのおっさん」と言われて、何の釈明もできずに解雇された。一方的に、何も仕事をしていないと烙印を押されたのだ。

 そんな都市長を救うために、大結界を修繕する――そんなこと、絶対に御免だ。


「カンナは……フィサエルに家族はいるか?」


「へ? あたし、家族はいないっすけど」


「だったら、友達なり知り合いなり、死なせたくない奴に伝えろ。すぐにフィサエルを出て、ノーマン領に引っ越すように。もうフィサエルの大結界は保たない」


「……マジっすか?」


「ああ、本気だ」


 うげぇ、と顔をしかめるカンナ。

 そして同時に、俺は右手を差し出した。


「それと、カンナ。手伝ってくれ。お前が力になってくれるなら、もっと早くプロジェクトが進んでくれる」


「へ?」


「俺は今から、この地に大結界を作るつもりだ。フィサエルの大結界が壊れても、ノーマン領で押しとどめることができる、新しい大結界を作ってる。だから、頼む」


 そんな、突然の俺の言葉に、カンナは目を見開いて驚いていて。

 そして何故か隣では、不機嫌そうにダリアが目を細めていた。

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