第19話 自宅作業
大結界を作る一大プロジェクトが動き始めて、一週間が過ぎた。
大結界の結界部分――玻璃の板の加工は、基本的にはアンドレ君をはじめとした魔術師たちに任せられるようになった。アンドレ君に現場リーダーとなってもらって全体を統括してもらい、魔術式を刻む役割を百名が行い、残る魔術師は完成品の検品作業を行っている。
この検品も、アンドレ君から「一つの品あたり、二度の検品を徹底していきましょう。一度だけの検品だと、抜けが発生する可能性があります」というアドバイスをもらい、検品の作業に入っている魔術師が多いのだ。彼マジ優秀。
そして俺はというと、現在は侯爵家の広間で作業を行っていない。
何故なら、予定よりも早くルキアが、
俺も広間の端でこの作業を行いながら、何か疑問があるようなら答えるような感じにしたかったのだが、ルキアから別の場所で作業するように命じられたのである。
「それで、自宅での作業ということですか」
「うむ、その通りだ」
というわけで、俺は現在自宅――ようやく自宅という認識になってきた、侯爵家の別邸。その中でも最も広い部屋にいる。
幾つかの部屋があったけれど、西の端にあるこの部屋が最も大きく何も置かれていなかったのだ。そのため、作業するには丁度いいとこの部屋で始めたわけだが。
何故だか俺の後ろで、そう会話を交わしているダリアとルキア。
「しかし、同じものを作っているわけですから、別の場所で行わずとも良いのではありませんか? ソル様も、進捗など確認したいと思いますし」
「それは問題ないとも。わたしの方からアンドレ君に、毎日進捗状況をソル君に報告するように命じてある。また、問題が起こった場合などはすぐにこの別邸へやってくる手筈だ。彼は聡い。命令にないことはするまいよ」
「はぁ……」
ダリアがそう、首を傾げるのが分かる。
俺から言えるのは、アンドレ君余計な仕事増やしてマジごめん、である。
「それに何より、ソル君だけが別の工程をやっているという事実に意味がある」
「そうなのですか?」
「うむ。大結界とは、つまるところ基盤となる
「はぁ……」
「しかし、その根幹となる基盤を作ることができるのは、ソル君だけだ。もしかすると、やり方を教えれば彼らにも出来るかもしれないが、ここはそう流布した方が都合がいいのだよ。大結界を作ることができる魔術師は僅かに一人だけである、とね」
確かにまぁ、ルキアの考え方は分からないでもない。
大結界が、誰にでも作れるようなものでないのは確かだ。だけれど、俺のように確かなノウハウと技術と知識、そして材料を集めるルキアの資金力があれば、作れることは間違いないのである。
この技術が、下手に形を変えて流布されても困るというものだ。そのため、大結界の最も大事な部分を完全に秘匿するという考え方は、分からないでもない。
「一応、ザッハーク侯爵には注意喚起を行っておいたが……まぁ、あの都市長のことだ。封印都市フィサエルも長くはないだろうね」
「……もしルキア様がソル様と出会っていなければと思うと、確かに背筋が凍えますね」
「ああ。無知というのは、何よりの罪さ。都市長の無知のせいで、何千人もの人間が死ぬことになるだろう」
魔力を介さない攻撃に対しては絶大な硬度を誇り、魔力を込めた攻撃に対しては魔力を吸収する。そして素材の加工自体も、魔力を通すことでしか行うことができないのだ。そのため、
そして、それだけの素材であるために加工が難しく、職人が習得するのに何十年とかかる代物であるらしい。
俺の目の前にある
これを、都合あと三つ。
ザッハーク領とノーマン領を隔てる大結界を作るには、それだけ広い結界が必要になるのだ。
「ふぅ……」
俺は最も左上の六角形――そこへ、魔術式を刻む。
玻璃の板に刻んだ魔術式――その根幹に存在する魔術式は、《拒絶》だ。あらゆる干渉を打ち消し、拒む作用。それにより衝撃などを拒んで相手に返すことで、結界そのものの損傷を打ち消すのが狙いだ。
そして、この《拒絶》の魔術式に異常を来さないように、《保護》、《保持》の魔術式を重ねがけしているが、これはあくまで魔術式の保護のためだ。根幹に存在する魔術式は、《拒絶》のみである。
ゆえに、この
《拒絶》の魔術式が刻まれた玻璃の板は、普通の素材に対して固定することができない。《拒絶》の魔術式はあらゆる干渉を防ぐため、玻璃の板を固定するという干渉もできなくなってしまうのだ。
唯一、そんな《拒絶》に対して《吸収》を装着し、磁石のように装着することのできる素材が、
額に浮かぶ汗を拭うことなく、俺は魔術式を刻むことに集中する。
少しでもずれたら、《拒絶》の魔術式によって全てが狂ってしまうのだから。
だからこそ、俺は集中を乱すことなく――。
「いや、しかしわたしがこう言うのも何だが、仕事をする男の背中というのは凜々しいものだね。うむ」
「はい、私もそう思います。まさに職人芸ですね。何をしているのかはよく分かりませんけど」
「無論、わたしにも分からん。残念ながらさっぱりだ。だが、うん。真剣な男の横顔というのは良いものだ」
「ええ、そうですね」
ただ。
後ろで女性二人にじっと見られながら、そう会話をされている現状である。
正直、出て行って欲しい――そう思いながら、叶うことはなく。
俺はその後も、じっと見られながら作業を行うのだった。
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