第15話 生産体制の構築
翌日。
ルキアは早速、俺が大きさを指定した玻璃の板――それを、何百枚も用意してくれた。
「領内の業者、全員に早く仕上げるように伝えてある。この一週間のうちには、一万枚ほど届く予定になっているよ」
「……そ、そんなにも」
「余裕を持って、物品は準備しておかないとね。ぎりぎりの数しか用意できなければ、一度も失敗ができないことになるだろう?」
ぱちん、と片目を閉じてそう言ってくるルキア。
失敗は成功の母という言葉もあるし、その言葉自体はありがたいものだ。素材が素材でもあるし、落として割ってしまうこともあるだろうし。
そして今、ノーマン侯爵家の大広間は、一時的な工場のように改造してくれた。
二百の机と椅子を運び込み、魔術師たちがそれぞれ座って作業をすることができる設備だ。勿論、俺の机と椅子も用意してくれている。
そんな椅子に座り、机の上に玻璃の板を置いて、俺は二百人の魔術師たちに見守られながら、そこに魔術式を刻む作業に入った。
「……」
集中しながら、一つずつ魔術式を刻む。
まず、根幹に存在する魔術式は《拒絶》だ。その《拒絶》の効果を維持するために《保持》、《保護》の魔術式を複雑に絡ませる。この作業が、少しでもずれると魔術式自体が《拒絶》の効果によって維持できなくなる。
ゆえに、《拒絶》の魔術式を取り囲むように、その部位には触れないように繊細に刻んでいく。さらに、その上にも何重に《保持》、《保護》を重ねていく――。
「ふぅ……」
「すげぇ、こんなにも複雑な魔術式を……!」
「どれだけのバランスなんだ……?」
「普通、崩壊してもおかしくない……!」
周囲から、そう賞賛の声が上がる。
俺は実物を見ているから、魔術式の仔細を知っている。だが知っているだけでは、魔術式そのものは構築することができないのだ。
そこには魔術式の一つ一つに対する理解も強く必要になってくるし、どの魔術式がどこに作用するかを完璧に分かっていなければ、重ねることはできない。仮に分からずに重ねた場合、それは明後日の方向に作用するか、全く作用しないかのどちらかだ。
だからこそ、最初の一枚は俺が作る。
そして、俺が作った見本――その魔術式を、そのまま彼らには刻んでもらう。
「……」
集中して、幾つもの魔術式を重ねていく。
そして最後に、その全ての《保持》、《保護》を《固着》によって繋げる。仮にここから生み出す大結界――そこに衝撃を受け、魔術式の一部が破壊されたとしても、その破壊部分は《固着》までだ。そこに再び《固着》を刻むことで、容易に修復することができる。
衝撃に耐えるのではなく、衝撃によって容易に破壊される代わりに、修復もまた容易にできる――それが、大結界が長く維持できる強みなのだ。
さらにこれを十枚重ねることで、一つの結界が破壊されても、次の結界によって維持できる。そして次の結界によって維持されている間に、表面の破壊された部分を修復すればいいのだ。
俺はあくまで、エルフのそんな魔術式をなぞっているだけである。
どれほど魔術に優れた種族だったのだ、と震撼するほどだ。
「よし……!」
《固着》によって、完全に繋いだ玻璃の板。
根幹に存在する《拒絶》の魔術式を何重にも保護することによって、強い《拒絶》の力を発動するのが大結界なのだ。
それが完成した時点で、俺は大きく溜息を吐く。
じっと周りに見られながらの作業ではあったけれど、一枚を作るのに一時間といったところか。
「ええと……皆さん、ひとまず、今から作ってもらうのは、こちらです」
集まっている皆の前で、俺は玻璃の板を掲げる。
魔術師ならば、この板にどのような魔術式が刻まれているのか、見れば分かる。そして見た上で、完全に同じものを作るのだ。
俺のように大結界に関しての知識を深く持っていれば、ゼロから作ることはできるだろう。だが、あくまで彼らは臨時に雇われた者に過ぎない。
だからこそ、正確な模倣品を作ってもらう。
それならば、ある程度魔術の腕さえあれば、出来るはずだ。
「では……皆さんそれぞれ玻璃の板を持ってもらって……」
「あの、ソル様」
「あ、え、ええ、アンドレさん? どうかしましたか?」
「突然申し訳ありません。少し思ったのですが……分かれて作業をするのは良いと思うのですが、役割も分担した方がいいのではないかと」
俺に対してそう言ってくるのは、アンドレ・カノーツ君だ。
昨日から色々、彼とは話をした。大結界に関する魔術知識だけは俺の方が高いけれど、魔術全般に関する知識は、圧倒的に彼の方が高かった。少しへこんだ。ちなみに、二十八歳らしい。
「僕たちはこれから、ソル様が作ったものと同じものを作らせてもらいます。勿論、細かな魔術式の配置などは気をつけて行いますが……やはり僕たちは知らない分、本来気をつけなければならない部分が間違っている可能性もあると思うんです」
「え、ええ……」
「かといって、全部の品をソル様に見てもらうのは、
「ええ……」
アンドレ君の言葉は、間違いない。
俺は
だからこそ、役割を分担する――。
「そこで、実際のこの玻璃の板を作るのは、百五十人。そして残り五十人は、実際に完成したものが実物と比べて正しいかどうか、検査をする役割にすればどうでしょうか?」
「ああ、なるほど」
「まず
「なるほど……いいですね。その方法、採用します」
「ありがとうございます」
アンドレ君に俺はそう告げ、頭を下げられた。
確かに、検査は必要だろう。俺だって全部の玻璃板をチェックできるわけではないし、中には間違った魔術式を刻んでしまう場合もある。勿論わざとじゃないだろうけれど、人間が仕事を行うというのはミスが発生することもあるのだ。
だからこそ、検査という工程を一つ作る――その発想は、俺にはなかった。
新しい意見を受け入れ、正しい生産工程を作る。
俺たちの
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