第14話 熱く盛り上がる

 俺は、大結界の構造の全て――俺の知るその全部を、目の前にいる魔術師たちに説明した。

 もっとも、説明したのは構造だけだ。

 素材が何で出来ていて、どういった魔術式を用い、その上でどのように作動させるか――その理論は全部、説明した。

 これを聞いたからといって、大結界が作れるかと言われれば、そういうわけでもない。

 普通の人間ならば、説明を聞いたところで絶対に作れるはずがないだろう。


 だが。

 俺ならば、作れる。

 大結界を管理し続け、今ルキアから預かった大結界の欠片を持っている、今の俺ならば作れる。そこに存在する、相反する魔術式の絶妙なバランスを保持することができるだろう。だが、並の魔術師ならばそのバランスを整えることで、恐らく年単位の時間がかかる――それくらい、難しい技術なのだ。


「……以上、です」


 ふー、と大きく息を吐く。

 途中、やってくる質問にも全部答えた。それほど深くまで掘り込んだ質問をされなかったのもあってか、全部に淀みなく答えることができたと思う。

 そして、同時にここにいる魔術師たちは分かったはずだ。

 大結界を作ることが、どれほど難しいか。

 エルフの技術――古代遺物アーティファクトを再現することが、どれほど困難なことであるのか。


「何か、質問は?」


「うむ。では、わたしの方から質問を良いだろうか」


 すっ、とそこでまず手を上げたのは、ルキアだった。

 目の前の魔術師たちが、一様にして顔を青くしている中で、たった一人余裕の笑みを浮かべている。

 施政者たる者、こういった余裕の態度でいることも大切なのだろう。


「結論として、聞こう。ソル君。きみに、大結界を作ることはできるか?」


「……」


 同じ質問を、夕食の席でされた気がする。

 あのとき、俺は「可能、だと思います」と答えた。絶対の自信を持って、答えることはできなかった。

 たった一度だけ見たことがある、古代遺物アーティファクトの本物。そして、暫くの間だけ見せてもらった、大結界の欠片。長年、俺が向き合ってきた大結界の魔術式。

 その全部を複合して、俺は可能だと思う、という結論を出した。


 だが、あれから三日。

 俺はルキアから大結界の欠片を預かり、その解析に時間を費やした。その魔術式を書き出し、その上で全体像を考えて、全ての魔術式がどのようなバランスの上に成り立っているのか、それを解明することができた。

 だからこそ今俺は、こうして自信を持って彼らに説明することができたのだ。

 絶対に作れる、と。


 ならば――雇い主に対しても、そう答えるのは当然だ。


「作れます」


「ほう。可能だと思う、ではないのかね?」


「はい。素材と、人数と、時間さえ用意してくだされば。俺は、全ての魔術式を書き出すことができます」


 大結界の核となる、骨子の部分。

 魔鉄鋼ミスリルを必要な分だけ用意してくれて、それを図面通りに加工さえしてくれれば、俺はそこに魔術式を刻むことができる。そして骨子の中に入れ込んでいく玻璃への魔術式も、俺が見本となる一つを作れば、魔術師ならば同じ出来で作ることができるはずだ。

 そんな俺の言葉に対して、ぱん、と手を叩いて一人の男が立ち上がった。


「ソル・ラヴィアス殿! その偉業、是非お手伝いさせてください!」


「え……」


「自分はアンドレ・カノーツと申します! ソル殿の魔術に対する深い知識、大結界に対する比肩する者のない知見、お見それいたしました!」


 まだ二十代、もしくは三十手前といった、若い男だ。

 だけれど、その身に纏う魔力は、離れていてもかなりの使い手だと分かる。

 そして、男――アンドレが立ち上がったのを契機として、次々と魔術師たちが立ち上がった。


「私にも、是非やらせてください!」


「これは、世界を救う偉業です! それに携わることができることの、何と幸運か!」


「もっと、もっと教えてください!」


「ちょ、ちょ……待っ……」


 熱い想いを吐き出しながら、次々と立ち上がっていく。

 俺からすれば、これは嬉しい事実だ。俺の説明を聞いた上で、大結界を作ることが可能であると、彼らも考えてくれているのだ。

 ざわざわと騒がしく、その熱い想いを隣の魔術師と語り合う彼ら。

 そこへ――大きく手を叩く音と共に、そのざわめきが止まる。


「うむ。きみたちの熱い想いは、よく分かった」


 ルキアがそう告げると共に、ルキアへと視線が集まる。

 俺の大結界に関する説明――それを、どの程度ルキアが理解しているのかは、分からない。だけれど、彼女は信じてくれた。俺が、間違いなく大結界を作ることができると。

 だからこそ、焚きつけたのだ。

 俺が自信を持って、作ることができると答えられるように。


「では、まずわたしは魔鉄鋼ミスリルを仕入れたらいいのかな? これは、少し時間がかかるよ。二週間以内には、どうにか手に入れよう」


「ありがとうございます。それと……玻璃の板を加工して、大量に仕入れてください。図面はまた後ほどお渡ししますが……百六十の大結界にそれぞれ十枚ずつ入れるのを、四つ……六千四百枚ほど」


「承った。領内の業者、全てに対応させよう。明日には届かせるように手を打っておく」


 ルキアが、鷹揚に頷く。

 魔鉄鋼ミスリルは、稀少な金属の一つである。通常では加工できず、魔力によってしか成形することができないという珍しい性質を持ち、それだけ魔力の浸透度が高い代物だ。さすがにルキアの力でも、仕入れるにはかなりの時間がかかると思う。それを二週間で行うというだけでも、かなりの手腕だ。

 そして玻璃――ガラスは、それよりも一般的な素材である。高級品であるため、こちらも手に入れるにはかなりの金額がかかりそうではあるけれど、入手自体は魔鉄鋼ミスリルよりも容易だ。

 むしろ、刻む魔術式の数は玻璃の方が多いため、こちらを先に手に入れてくれるのは非常に助かる。


「では、担当を決めていかねばなりませんね」


「まずは、俺が玻璃に魔術式を刻みます。皆さんには、それと同じ魔術式を、別の玻璃に刻んでもらえればと思いますが……」


「では、それを分担する形ですね。六千枚以上となると、一人三十枚以上になりますが……」


「俺は、魔鉄鋼ミスリルが届いたら、そちらに集中することになります。こちらを加工する担当も必要になってくるので……」


 アンドレがそう言ってくることに対して、俺が答える。

 二百人もいれば、作業は分担できる。一人一人にかかる負担も、それほど大きくないだろう。

 自然と、胸が躍ってくる。


 まだ、何も始まっていない。

 だけれど、これから全てが始まるのだ。俺がここに大結界を作り、この世界を救う――そんな、一大プロジェクトが。

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