第13話 閑話:ルキア・フォン・ノーマンの秘密

 ルキア・フォン・ノーマンには特殊能力がある。


 これは、彼女の家柄であるノーマン侯爵家――その当主に代々伝えられるものだ。当主が身罷ると共に、次代の者がそれを受け継ぐ。そして現在、当主であった父が亡くなると共に、その能力を受け継いだのがルキアだった。

 代々受け継いでいるそれは、一般的には『血脈術』と称される、一部の貴族家だけが持つ権能である。魔術と異なり、ノーマン家の血を継ぐ者でなければ使えないものだ。


 それはルキアの、爛々と真紅に輝く双眸である。


「まず、土台に使うのは魔鉄鋼ミスリルになります。魔鉄鋼ミスリルで作った蜂の巣状の土台に対して、玻璃を何枚か重ねる形で結界の素となるものを作ります。この際に刻む魔術式が……」


 二百人もの聴衆を前に、そう説明を行っているソル。

 大結界の作り方を教える――それは大言壮語などではなく、事実だった。

 必要な素材から、その素材に対して刻む魔術式、それを維持するための魔術式、互いに干渉し合わないような配置――魔術に関しては疎いルキアからすれば、さっぱり分からない内容である。

 しかし、時折聴衆の中から「おぉ……!」と声が上がっていることから、かなり高度な話をしているのだろうとは予想できる。

 そんな彼らの様子を見ながら、ルキアは僅かに笑みを浮かべた。


「そして、この土台と玻璃を《溶着》の魔術式で固定します」


「あの! 何故溶着なのですか? 《固着》や《接合》では駄目なのですか?」


「《溶着》は長期的に見て、魔術式の劣化が最も少ない術式です。比べて《固着》は短期的には強いですが、一年もすると魔術式が弱体化します。《接合》はもっと短く、三ヶ月も保ちません。これから作るのは、古代遺物アーティファクトです。基本的には施錠された中で、自動的に動くようにしなければいけませんので、保守の頻度を考えて《溶着》を採用しています」


「なるほど!」


「ああ、確かに!」


 質問に対して、淀みなく答えるソル。

 それは彼が、大結界のことを最もよく知る人物だからだろう。そして、深い結界術に対する知識が、その自信を裏付けている。

 先程から行われている説明に対しても、何人もの魔術師が「ああ……!」「なるほど……!」と何度となく感心しているのだ。全員が、恐らく最初に感じていたのだろう「誰だあいつ」という思いは、既に払拭されたことだろう。

 それでこそ、ルキアの見込んだ人物だ。


「ふむ……」


 そして先程、質問をした人物――まだ若い男性を、ルキアはその真紅の双眸で見る。

 それと共に、視界に表示されるのは彼の情報。


 アンドレ・カノーツ

 二十八歳 男

 スキル

 火魔術レベル2


 これが、ルキアにだけ見える視界。

 そして、ルキア以外の誰にも見えない情報。

 ルキアがこの目を継いで、現在で三年。人の名前と年齢、性別、そして持っているスキルが分かるというのがこの目――『血脈術』の一つ、《紅の眼ルビーアイズ》である。


「ふむ……彼はなかなかいいね」


 スキルとは、その人物が持っている技能のことである。

 二十八という若さで、レベル2というのは悪くない。ルキアが今まで見てきた限り、スキルのレベルは最大で10だ。それもこの三年間で、たった一人しか見たことがない。

 何故なら、スキルとは本来誰にも見えないものなのだ。自分がどのような技能に特化しているのか、どのような技能を学べばより身につくのか、それを知る者など一人もいないからである。

 ただ一つ――ルキアのこの眼以外は。

 ゆえに先程の男――アンドレは、己に火魔術のスキルがあるということを知らない。だがレベル2になっているということは、火魔術を学んだのだろう。


 つまり。

 ルキアのこの双眸は、端的に言うならば才能を見抜く目である。


「次に、こちらの魔術式です。これは大結界の表面の部分になりますが、壊れやすい形で魔術式を形成しています」


「何故、壊れやすい形で?」


「壊れやすい分、直すのも簡単なんです。表面の魔術式を少し弄るだけで、結界がそのまま回復します。そのための基礎になる部分が、さらに奥の入り組んだ形で、この魔術式と……」


 ソルの説明と、その説明をしっかり聞く魔術師たち。

 ルキアはそんなよく分からない説明を聞き流しながら、その目で一人ずつ魔術師たちを見ていく。


 パット・フランクリン

 二十二歳 男

 スキル

 なし


 カリナ・オルタシア

 二十七歳 女

 スキル

 なし


 一人ずつ見ていくけれど、ほとんどスキルを持っている者はいない。

 そもそもスキルを持っている人物など、せいぜい百人に一人といったところだ。この二百人の中には数名いるが、これは確率的にも多い方である。

 だから、スキルを持っている者――それなのに不遇な生活を送っている者を、ルキアは保護している。

 先日も、孤児院で暮らしている少年を見つけた。

 まだ十歳という若さでありながら、そのスキルは『弓使いレベル1』だったのだ。これは手先が器用だ、と孤児院に少なくない金を渡し、ルキアが引き取った。現在は見習いの庭師をしているらしいが、折を見て弓の師を見つけてやろうと思っている。


 だからこそ、ルキアはソルを評価している。

 本当の、根底の才能が分かるこの眼は、ソルという男のことを正当に評価しているのだから。


「まったく、フィサエルの都市長も見る目がないことだよ」


 小さくそう呟いて、笑みを浮かべる。

 そんな彼女の真紅の双眸に映るのは、魔術式について饒舌に説明を続けているソル・ラヴィアス。

 そして、彼の情報。


 ソル・ラヴィアス

 四十歳 男

 スキル

 結界術レベル10


 その才能を持つ天才が、一生涯をかけて研鑽に挑み、老齢に至っても辿り着くことのできない境地――それが、レベル10だ。

 ルキアがこの目を継いで、見つけたたった一人のレベル10。

 元々結界術の才能がそこにあり、長きに渡って大結界の管理をしてきたがために、それは才能の極致に至ったのだ。


「これほど一流の『結界師』を、わざわざ手放すだなんてね。愚かなことこの上ないよ」


 ふふっ、とルキアは笑みを浮かべ。

 説明と質問が交互に飛び交う、ソルによる大結界についての講義――それに、耳を傾けた。

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