第12話 集まった魔術師たち
三日ほど、久しぶりの休みということで落ち着かなかった俺ではあるけれど、のんびりと過ごすことができた。
特に侯爵家の客間ではなく、一応俺に与えられた屋敷の一室というのが良かった。誰に邪魔されることもなく、寝台に寝転がったりソファでだらだら過ごしたり、今まで読めなかった本を読んだりと、割と充実して過ごすことができた。
こんな風にのんびりしていていいのだろうか、と罪悪感は湧いてきたけれど。
そして、俺が侯爵家の別邸に滞在するようになって三日目。
ようやく、俺はルキアから呼び出しを受けた。
「やぁ、ソル君。壮健かね?」
「おかげさまで、元気です。今、仕事がしたくて仕方ありません」
「ふむ、きみは変わり者だね。本来、仕事なんてしたくないだろうに」
「俺が……ルキアさんに恩返しするには、仕事で結果を出すしかありませんから」
のんびりと過ごすことができたのは、ルキアのおかげだ。
そして、俺はまだルキアに何も返していない。ただ、大結界の崩壊がいつになるか――それを予想して告げただけだ。
勿論、俺もこの三日間、ずっとのんびりしていたわけではない。
地図上における、ノーマン領とザッハーク領の境界――そこに、どのように結界を構築するかは、ある程度頭にある。封印都市フィサエルと《魔境》の境界よりも四倍ほど広く設置しなければならないため、かなり大規模な工事を行う必要もあるだろう。
そんな俺の言葉に対して、ルキアはふっ、と笑みを浮かべた。
「うむ。きみの望み通り、魔術師を揃えた。二百人ほどは集まってくれたよ」
「にひゃっ……!?」
「とはいえ、一流と呼べるほどの人材は数名だ。無論、きみほどの逸材はそこにいない。ひとまず、広間に集めている。来たまえ」
「は、はいっ!」
ルキアが踵を返し、侯爵家の広間に向けて歩く。俺はその背中を追った。
俺の予定では、百人も集まればいいかと思っていたのだ。軽く、俺の予想の倍をいってくれるルキアは、やはり有能なのだろう。
「それで、今後どう動いていくかは頭にあるのかな?」
「はい。その説明をしようと思って来たのですが……」
「では、広間の魔術師たちにそれを説明したまえ。わたしは彼らと同じように、それを聞くことにしよう」
「分かりました」
ルキアが、広間の扉を開く。
それと共に聞こえてきたのは、ざわざわという喧騒だ。二百人もの人間が集められている熱気と、それに伴う賑やかさ。
しかし、その喧騒もルキアの姿を確認すると共に、凪のように止む。
そして、ルキアの後ろにいる俺に対して、ひそひそと何かを囁くような声が聞こえてきた。まぁ、俺のことなんて誰も知らないだろうし。
かつ、かつ、と靴音を鳴らして、二百人の魔術師――その前に、ルキアが立つ。
「よく集まってくれた、諸君。まず、わたしの要請に対してこれだけの人数が集まってくれたことを、感謝する」
よく通る声で、ルキアが眼前の魔術師たちへとそう告げ。
そして、俺の背中をぽん、と叩いて一歩前へと出してきた。
「きみたちはこれから、ここにいるソル・ラヴィアス君に従ってもらう。彼はきみたちの上司であり、今回のプロジェクトにおけるリーダーだ。これより、彼に今後の計画を話してもらう」
「……ソル・ラヴィアスといいます」
魔術師たち――今後の俺の部下に対して、まずそう自己紹介をする。
彼らの中から、「誰あいつ?」「聞いたことねぇな」という声がちらほら聞こえてきた。うん、まぁそういう反応も当然だと思う。
自分の心の中にいる臆病を、どうにか押さえ込む。これから俺は、彼らを率いて大結界を作っていかなければならないのだ。
こほん、とルキアが軽く咳払いをして。
「今、ノーマン領は危機に襲われている。きみたちは、封印都市フィサエルのことは知っているだろう」
「……」
「かつて神がまだ身近に存在した時代、かつて存在したエルフたちは、我々より遥かに優れた魔法技術を持っていた。そんなエルフたちによって作られた
しかし、とルキアは強い語気と共に。
「大変不幸なことに、かの地を治める都市長はあまりに無知だ。封印都市フィサエルの魔術協会長を兼任している都市長は、残念ながら魔法技術について知らないと言っていいだろう。《魔境》との大結界は当然のようにあり続けるものと考えており、その修繕、管理、維持を行っていた唯一の人材を、解雇するという愚行を犯した」
「えぇ……!」
「わたしの方からもザッハーク卿に働きかけ、都市長に対して注意喚起は行っている。大結界は永続的に作用するものでなく、定期的な管理維持が必要であると文は出した。だが、彼がそう簡単に考えを改めることはないだろう。そこで我がノーマン領は、ザッハーク領との境界に新たな大結界を築くことにした。無論、最善なのは現状の大結界が維持されることだ。あくまで、これは封印都市の大結界が失われた場合の、保険に過ぎない」
ルキア、都市長にも一応働きかけてはいたらしい。
さすがにルキアの言葉なら、都市長も少しは聞くかもしれない。そして、現状維持が最善というのは俺も賛成だ。大結界が壊れないのが一番なのだから。
だが、あの傲慢な都市長では、それも難しいだろう。
「だが恐らく、封印都市が滅ぶまで二ヶ月といったところだろう。《魔境》の恐ろしい魔物たちが、解き放たれるまで極めて僅かな時間しかない。だがこれはノーマン領を、ひいては世界を救う一大プロジェクトだ。きみたちには、その全力をもって仕事に励んでもらいたい。わたしからは、以上だ」
「マジかよ……」
「《魔境》が……?」
「大結界、作れるのか……?」
ざわざわと、魔術師たちが困惑しているのが伝わってくる。
《魔境》との大結界が消える――そんな考えは、まず想定しないのだ。大結界はそこに存在するものであり、《魔境》は完全に封じられているもの。子供への叱責に「悪い子のところには《魔境》の魔物が来るよ!」と言われるほど、現実味のない話である。
エルフの作った
ふーっ、と俺は大きく息を吐き。
ルキアを見やると、ぱちん、と片目を閉じた。
場は整えた――そういう意味だろう。
「皆、聞いて欲しい」
臆病を封じ込めて、なるべく落ち着いた声で、俺はそう告げる。
まだ騒いでいる者はいるけれど、これを聞けば黙り込むはずだ。
何せ、彼らは魔術師だ。魔術師というのはプライドが高く、未知に敏感であり、知ることを何より求める。
ゆえに――。
「今から大結界の――
そんな俺の宣言に対して。
魔術師たちの喧騒は、しん、と静まり返った。
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