第11話 別邸へ
客間に運ばれてきた昼食は、朝食を抜いていたこともあって全部食べることができた。
恐らく主人であるルキアが不在であるため、わざわざ俺のためだけに作ってくれたのだと思うけれど、昨夜の食事と遜色ないくらいに美味しいものだった。割と量を少なめに作ってくれたのは、昨夜残してしまった俺への配慮なのだろう。
そして午後になり、ダリアの先導で別邸へと案内されることになったのだが。
「こちらが、別邸でございます」
「……」
侯爵家のお屋敷は、非常に広い。
その広さは、お屋敷そのものの広さもあるけれど、ほとんどが庭園の広さだ。何せ、門から屋敷の入り口まで馬車で向かわなければならないほどに広い。
そして、ダリアが案内してくれた別邸――それは、そんな庭園を越えた先にある、侯爵家の敷地内にある屋敷だった。
そう。
お屋敷である。
「……あの?」
「はい、ソル様」
「このお屋敷には……誰が住んでいるんですか?」
「うふふ……何を仰いますか。本日より、ソル様がお住まいになる別邸でございます」
「……」
俺は別邸ということで正直な話、敷地内にあるトタン屋根の小屋を想像していた。
そもそも、俺は独身だ。妻もいなければ子供もいないし、広い家など持て余すに違いあるまい。そう考えたからこそ、小屋くらいを貸してくれればそれで良かったのに。
外から見るだけで、普通に男爵家のお屋敷くらいはある。
こんな家を俺に与えても、意味がないと思うんだけど。
「あの……えーと」
「はい、ソル様」
「他には、誰が住んでいるんですか?」
「ソル様だけでございます。お付きの侍女は二名ほどおりますが」
「……」
うん。
現実から目を逸らすのは、もうやめにしよう。
このお屋敷が今後暮らしていく俺の家であり、しかも侯爵家から派遣されるメイド付きであるらしい。
どれだけ至れり尽くせりなんだろう、と寒気すら覚えてしまう。
「では、どうぞ中へ。こちらは鍵でございます」
「え、ええ」
「鍵は二本ございます。一本はソル様が、もう一本はソル様にお仕えする侍女が持っております。お部屋については、好きなお部屋で過ごしていただいて構いません。ただ、二階の右端だけは侍女の住み込み部屋となっておりますので、そちら以外で」
「……メイドさん、住み込むんですね」
「ソル様が嫌だと仰るのでしたら、通いにいたしますが」
「……いえ、大丈夫です」
一昨日までの俺は、住所不定無職だった。
それが現在の俺は、メイド付きお屋敷に住む侯爵家お抱えの魔術師。
俺の境遇、完全に奇跡だ。
「どうぞ、ソル様」
がちゃり、とダリアが扉の鍵を開く。
玄関から入ってまず見えたロビーは、掃除の行き届いたものだった。しかし侯爵家のお屋敷とは異なり、調度品などは特に飾られていない。
今日から俺が住むとのことだったし、割と長く空き家だったのかもしれないが、全く埃っぽさは感じなかった。それだけ、丁寧に掃除をしてくれたのだろう。
そして、そんな俺を迎えて、頭を下げるメイドさんが一人。
「初めまして、ソル様。侯爵家より派遣されました、侍女のナタリーと申します」
「えっ、あ、え、ど、どうも!」
「こちらのお屋敷では、掃除と洗濯、湯沸かしの方を担当させていただきます。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
侍女――ナタリーと名乗った彼女に合わせて、俺も頭を下げる。
元気そうな赤毛が印象的な、恐らく二十歳くらいと思われる女性だ。ダリアよりも背は低いけれど、出るところは出ている。頬に残っているそばかすは幼く思えるが、所作は一流の侍女であるそれだ。
掃除と洗濯と湯沸かし――どうやら、侯爵家では侍女の中でも、担当する役割が決まっているのだろう。
「それでは、ソル様。引き続き、別邸の方をご案内いたします」
「え、ええ……」
ダリアに促されて、ナタリーの方に一礼してから、俺はその背をついていく。
もう正直、俺の頭は追いついていない。侯爵家の客間でさえ、俺には広すぎると感じたくらいなのに、今日からお屋敷を与えられるとか。
「こちらの別邸は、お嬢様の期待の表れでもあるのですよ」
「えっ……」
「ソル様は今後、大きなプロジェクトを任されると聞きました。そのために、必要な人材は多く存在すると思われます」
「え……ま、まぁ、はい。そうですね」
大きなプロジェクト――それは、ノーマン領とザッハーク領の境目へと、大結界を設置することだ。
俺はそのために人材が必要であり、ノーマン領の魔術師を集めてくれるようルキアにお願いした。それは確かに、間違いないが――。
「中には、ソル様と同じような境遇の方も、いらっしゃると思います。有能な魔術師は冒険者に多いですが、冒険者の中には、住所を持たない方もいらっしゃいますので」
「え、ええ……」
「そういった方を、住み込みで雇うためのお屋敷です」
「あ……」
確かに――そう言われた瞬間に、納得した。
俺のように、腕はあってもその日の暮らしにすら困る者。そういう者を雇うためには、確かに住処を与えることは必要になるだろう。
この屋敷は、そのための家――。
「もしも住まれる方が増える場合、侍女の増員は私の方にご命じください」
「……ええ、分かりました。ありがとうございます」
参ったな、と頬を掻く。
俺なんかより、考えが一歩も二歩も前に向かっているルキア。
その考えに、少しでも追いつくことができるように、頑張らねば。
別邸を案内されて、とりあえず俺の部屋を決めて、頷く。
紆余曲折はあったが、今日からここが俺の家だ。今までのように小部屋での生活ではなく、ちゃんとした寝台のある部屋だ。しかも、この寝台のシーツはメイドさんが替えてくれるという環境である。
しかし、二人もメイドを派遣してくれるとは――。
あれ?
「……あの、ダリアさん?」
「はい、ソル様」
後ろに控えていたダリアに対して、そう目線を向ける。
にこにこと微笑んだままのダリアは、手を前で組んだままでそう答え。
「えと……メイドさんは二人いると、聞いたのですが」
「はい、ソル様。二人おります」
「ナタリーさんしか、紹介されていないような……?」
「はい。もう一人は私、ダリアが担当いたします」
……え?
「……ダリアさんは、侍女長では?」
「お嬢様の方に、私の方から配置換えを提案いたしまして。今後は、私がソル様の第一側仕えとなりますので、ご用命くださいませ」
「何故……?」
うふふ、と微笑むダリア。
そして何故か、僅かに頬を染めて。
「本日も、寝酒の方をお持ちいたしますね」
そう、嬉しそうに言ってきた。
昨夜の俺、マジで何をしたんだおい。
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