第8話 夕食の席にて

 夕食は、俺なんかが食べていいのだろうかと疑問に思うほど高級なものだった。


 絶対に高いだろう高級な肉に、様々な高級食材がプロの料理人の手で細工された、まさしく天上の美味と言っていい夕食だった。無論、これは俺の食事に対する語彙が貧弱なだけである。見たことも聞いたこともない、でも食うと美味い食事ばかりが出されたら、大体みんなこんな風に語彙を失うと思うし。

 そして、最後にデザートとして出されたフルーツの盛り合わせ――何のフルーツかは当然分からない――を食べ終えて、うん、と満足げにルキアが頷いた。


「うむ、良い出来だった。エドワードに、腕を上げたなと言っておいてくれ」


「承知いたしました、ルキア様。エドワードも喜ぶことでしょう」


 ルキアの言葉に、侍女長――ダリアが、そう頭を下げる。

 ちなみに、この食堂は長細いテーブルが一つ配置されているという、実に貴族らしい食事場所である。そして、美しい絵画が描かれている下にある椅子――上座にいるのはルキアであり、俺はその真正面に座っていた。

 他の家族はいないらしく、俺とルキアだけで長細い机を囲み、数名の使用人が食堂で立ち控えているという様子だ。


「さて、ではそろそろ本題としようか。ソル君」


「へ……? え、あ、はい」


「ああ、きみはまだ食べていたか。うん、まぁ食べながらでいいさ。それほど堅苦しい話でもない。楽にして聞いてくれ」


 既にルキアは食べ終わっているけれど、俺の目の前には謎のフルーツたちの盛り合わせが残っている。

 正直、物凄く美味しいのだが量が多すぎるのだ。全てを平らげたルキアが健啖家であることを示し、俺の胃腸がもう年なのを実感してしまう現実である。

 うぷっ、と胃腸は限界を訴えながらも、しかしあまりの美味しさに口に運ぶ手が止まらないという、心と体の齟齬が起こっていたりしている。


「まず、きみに今後行ってもらいたい仕事だ」


「え、ええ」


「先も言ったが、封印都市の大結界がいつ破壊されてもいいように、ザッハーク領とノーマン領の境界に封印を施す仕事を行ってもらいたい。それにあたって聞いてみたいのだが……きみは大結界が、いつ崩壊すると予想する?」


「それは……」


 俺は毎日のように、何枚もの結界の魔術式を修復して、大結界を維持してきた。

 大結界の構造事態は、蜂の巣状に存在する六角形の結界を繋ぎ合わせた代物だ。これに対して《魔境》の魔物が攻撃を仕掛けたり、激突してきたりすることで、破損していた。並の魔物くらいなら傷一つ負わない代物だけれど、さすがに雲魔龍クラウドドラゴンの激突だったり森巨人フォレストジャイアントの一撃だったりは、発生した場合数枚の結界が破壊されていた。

 だから恐らく、少なくとも十日以内には、大結界の一部は壊れることになるだろう。

 しかし、崩壊となればまた話は違う。


「その……今後、管理者のいなくなった大結界は、一部が壊れることになると思います。そして、その破壊された一部から、《魔境》の瘴気が封印都市の中に流れ込むでしょう。この瘴気は、抵抗力の弱い老人や子供ならば、死に至らしめることもある呪いです」


「ふむ」


「恐らく……大結界の一部が壊されるのは、十日以内だと思います。ただ、崩壊するまでは時間がかかるでしょう。《魔境》から瘴気だけでなく、魔物そのものが出てくるには、結界の穴があまりにも小さすぎます。そうですね……雲魔龍クラウドドラゴンが出てくるほどの大穴ができるまでと考えれば、恐らく二月ほどかと思います」


「なるほど。あまり時間の猶予はないということだね」


「瘴気が封印都市を覆うことはあっても、それほど遠くに来ることはありません。ですので、大結界が破壊された場合……ノーマン領にとって脅威となるのは、《魔境》の魔物たちです。ですので、予想としては二ヶ月ですね」


《魔境》の瘴気は、漏れ出た場合それほど長く保たない――それが、一つの見解ではある。

 事実、一年前に瘴気が漏れ出たときにも、数名の市民に被害が出た。だが、俺が頑張って穴を塞いだことによって漏出は止まり、瘴気は消失したのだ。

 だから、余程の量で満たされない限りは瘴気は呪いとしての本質を維持できない。つまり、多少穴が空いても封印都市以外の場所まで瘴気が満ちることは、まずないと考えていいだろう。

 だからこそ――警戒すべきは、《魔境》の魔物が野に放たれること。


「なるほど……では次の質問だ。きみは、ノーマン領とザッハーク領の境界線……その全域に結界を張ることが可能だろうか?」


「領地の境界線……全域、ですか?」


「そうだ。既に《魔境》を封印することを放棄した封印都市、ならびにザッハーク領は、じきに《魔境》の浸蝕によって《魔境》そのものと化すだろう。そして、次に《魔境》と隣接するのはノーマン領ということになる」


「え、ええ……」


「そうだね、迂遠な言い方はやめて、端的に問おう。きみに、大結界が作れるか?」


 封印都市フィサエルの大結界。

 それは、かつて古代に存在した種族、エルフによって作られた古代遺物アーティファクトがあってのものだ。俺はあくまで、何百年も前に作られたそれの、表面上の修復をしていただけである。

 だが、表面上の修復を続けてきたとはいえ、俺は二十二年も大結界と共に過ごしてきた。その表層を構成する魔術式については、完全に覚えている。そして、その根幹を成す様々な魔術式についても、ルキアの持っている本物――あれを模倣すれば、作れると思う。

 俺が――古代遺物アーティファクトを作る。

 馬鹿みたいな話だけれど――。


「……可能、だと思います」


「うむ、それは重畳だ。できれば自信を持って可能ですと答えてほしいものだが、相手は古代遺物アーティファクトだ。自信を持って作れると答える者など、いるわけがないだろうね」


「ただ……色々、用意していただきたいのですが」


「無論だ。きみが必要なものは、全て用意しよう」


「では……」


 大結界が完全に崩壊し、ザッハーク領が《魔境》に呑まれるまで――時間制限は、二ヶ月。

 それまでに俺は、封印都市と《魔境》を隔てる大結界――地図上での目算で、その四倍にもなろうかという距離に、新たな大結界を作らなければならない。

 そのために必要なのは――。


「ノーマン領にいる、全ての魔術師を集めてください。冒険者でも、研究者でも、何でも構いません。魔力の操り方さえ知っていれば、それで構いません」


 何より、人員だ。

 俺一人では、施せる魔術式に限界がある。そして、大結界の魔術式を知っている者が俺しかいない以上、外部機構については完全に任せる必要がある。

 そのためには、少なくとも百名ほど、魔術師を集めてもらわなければならない。


「なるほど」


「……難しい、でしょうか?」


「わたしは、出来ないことは言わない。そして、そのわたしが、きみに必要なものは全て用意すると言ったんだ。前言を違えるほど、わたしは厚顔無恥ではないよ」


 ルキアは、そう笑みを浮かべて。

 力強く、胸を叩いて言った。


「承った。三日後には、きみの手足となり働く魔術師たちを用意しようじゃないか」

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