第2話 盗賊相手に
「んだぁ、おっさん?」
「てめぇから先にぶっ殺されてぇのか!」
「ひぃっ!?」
やばい怖い。
勢いよく飛び出したはいいけれど、俺はただのおっさんだ。魔術師ではあるけれど、大結界の維持管理修復くらいしかやってこなかった、三流の魔術師だ。
攻撃魔術なんて初歩しか習得していない。だけれど、どうにか攻撃魔術を発動させて、この盗賊たちを撃退しなければならないのだ。一般人はあまり魔術を知らないはずだから、初歩の魔術でも誤魔化せる。きっと。
がたがたと震える体に、喝を入れる。
「おい、あのおっさんぶっ殺してこい」
「うす!」
こっちに向かってくるのは、七人ほどいる盗賊のうち一人。
残り六人は、当然のように馬車に向けて罵声を浴びせながら、蹴り飛ばしたり揺らしたりしながら、中の人間の反応を待っている。
しかし、当然ながら誰も出てこない。
恐らく魔術が使える者が中に乗っているならば、《伝心》でも使ってフィサエルの方に通報しているだろう。そして、貴族ならばまず間違いなく魔術の心得はあるはずだ。
つまり盗賊側からすれば、フィサエルから衛兵が来るまでの間に馬車から引きずり出せば勝利であり、貴族側は馬車から出なければ勝利だ。もっとも、フィサエルまでは大分距離があるから、衛兵が来るにしてもまだ時間は掛かってしまうだろう。
そこに、唐突に現れた闖入者が俺であるわけだが。
「まずてめぇから血祭りに上げてやらぁ!」
「ひっ――」
刃物を振りかざし、襲いかかってくる盗賊の一人。
そこに向けて、俺は攻撃魔術――火の初歩魔術を編もうとして。
「えっ……あれ……?」
魔術式を描こうとして、全く頭が働かない。
そもそも俺が初歩の攻撃魔術を学んだのは、学院でのことだ。既に二十年以上前の出来事である。
あの頃は繰り返し繰り返し描き続けて、どうにか魔術を発動させることができた。だが、あれから二十年超である。
魔術式――忘れた。
えっ、あれ、攻撃魔術の編み方ってどうだったっけ……?
「うらぁっ!!」
盗賊が駆け、地を蹴り、俺へと向けて刃物を振り下ろしてくる。
魔術式が全く出てこなくて、焦りのままに俺は、目の前に魔術式を浮かび上がらせた。
それは当然、この二十年以上も付き合ってきた魔術式。
「ぐあっ!?」
ぎぃんっ、と盗賊の刃物が見えない何かに当たり、阻まれる。
それは――俺が目の前に張った、《結界》だった。
「……え?」
俺はあくまで、大結界の維持管理修繕をやってきただけだ。
そのため大結界の魔術式も、魔術構造も、そのほとんどを理解している。誰にも真似することができないとされる、エルフの残した魔術の遺産――
だけれど、こうして自分の魔術式でそれを編んだことなど、今まで一度もなかった。
何せ、大結界は
「な、なんだおっさん!? 魔術師か!?」
「……」
俺自身、全く意図しない形で、魔術が発動した。
封印都市フィサエルの大結界は、一番から百八十番まで蜂の巣状に結界が作られ、《魔境》へ続く道を完全に遮断している。
その一番から百八十番まで、全て結界が二十枚重ねになっており、数枚程度ならば破られても維持できるような構造になっているのだ。もっとも、魔物が本気で攻撃してきた場合、一撃で数枚程度は破れるので、適宜俺が重ねてきたのだが。
今、俺の目の前に出している結界。
それは、大結界のそんな大量にある結界の、僅かに一枚を再現したもの。
当然ながら、盗賊の振り下ろした刃物に対して、傷の一つもついていない。
「あれ……俺、実はすげぇ?」
二十二年、大結界の維持管理修繕をやってきた結果。
俺は、大結界を自分で作り出すことができるようになっていた。
「魔術師だと……!?」
「……」
盗賊の頭目らしき男が、俺の方を見る。
震える体を必死に抑えて俺は、にやり、と笑ってみせた。
とりあえずどんな状況であれ、敵が笑っていればそれだけで不気味のはずだ。特に、彼らにとって俺が得体の知れない魔術師であるならば。
本当は攻撃呪文ですら魔術式を忘れてしまい、使えないポンコツなんだが、彼らにそれを看破されないように。
「ちっ……おい、退くぞ!」
「えぇっ! かしら! まだ貴族が!」
「うるせぇ! 魔術師がいるんだぞ!」
「あいつ、こっちに攻撃仕掛けてきてませんよ!」
うるせぇ、早く頭目の言葉に従えよ。
こっちはなけなしの勇気を振り絞って、虚勢を張るので精一杯なんだよ。
とりあえず俺は、不敵に笑みを浮かべたままで、魔術式を編む。
「くっ、余計なこと言ってんじゃねぇよ! 向こうで魔術編んでやがる!」
「今度は攻撃魔術かもしれねぇ!」
「かしら!?」
「退け! 殺されるよりましだ!」
だっ、と盗賊たちが背中を見せ、街道から外れた森の中へと戻っていく。恐らく、その向こうに根城があるのだろう。
次の街に到着して、冒険者ギルドがあれば、そこで情報を流しておくことにしよう。盗賊なんて、百害あって一利ないんだから。
とりあえず盗賊の姿が見えなくなるまで、俺はそこで待機し。
脱力感と共に、腰を落とす。
ああ。
死ぬかと思った。
「ああ……大結界の管理、やってきて良かった……」
殺される、と本気で思ったとき、自然に浮かんできた魔術式が、もう二十年以上の付き合いになる結界だった。
エルフの
そこで、がちゃり、と馬車の扉が開くのが分かる。
どうやら、貴族の方も危険が去ったと分かったのだろう。
まず出てきたのは、老齢の男性。
小綺麗な服に身を包んでいるけれど、あくまで使用人の衣装だ。恐らく、中にいる要人の執事だろうと思われる。
そして続いて現れたのは、水色のドレスに身を包んだ少女。
栗色の髪に、整った横顔。まさしく深窓の令嬢といった雰囲気の、その少女が。
馬車を降りてすぐ、腰を抜かしている俺を見て。
「やぁ! わたしを助けてくれたのはきみだな!」
と――とてもご令嬢らしくない口調で、そう言ってきた。
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