第1話 無職の旅路
「はー……無職か」
封印都市フィサエルを追われ、俺は荷物をまとめて旅に出た。
一応、俺の家はフィサエルの中にあったし、荷物もそれなりにあった。できれば引っ越しなんてしたくなかったのだが、今後の当てもないため、家具も家財も処分して部屋を引き払うしかなかったのだ。それに加えて無知な都市長は大結界管理について全く知らないし、いつ大結界が壊れてもおかしくない以上、フィサエルにはこれ以上住めないと判断した。
俺がきっちり説明さえすれば良かったのかもしれないが、一度人間についたレッテルというのは、なかなか取れないものなのだ。仮に俺が、大結界の管理維持について懇切丁寧に説明したとして、都市長は納得してくれたとしても下の者が反発するだろう。
それに何より、一方的に『引きこもりのおっさん』と決めつけられたことに、少なからず怒りを抱いている。
「……どうするかな」
まぁ、その結果こうして路頭に迷っているわけなんだが。
とりあえずフィサエルを離れて、隣の町に行こうとは思っている。
だが俺――ソル・ラヴィアスは魔術学院を卒業して二十二年、ずっと大結界の管理を続けてきた。俺の人生にあるノウハウは、大結界関連だけである。
何せ、ガタが来ていた大結界の修復とか改善とか強化とか、全部やってきたのが俺だ。さすがに、二十二年もずっと同じところでやってたわけだから、魔術式も全部覚えている。
ただ俺の二十二年間で、習得したのはそれだけだ。
基礎的な魔術もほとんど使えないし、攻撃魔術など学院で習う初級しか使えない。これが本当に腕のある魔術師なら、《浮遊》とか《飛行》とか使って、隣の町までのんびり行くだろう。その点、俺は徒歩での移動だ。
「……とりあえず、なれるとしたら冒険者だが」
魔術師がまず就職先として考えるのは、各都市や国の魔術協会だ。
だが、さすがに魔術協会にも年齢制限があり、基本的には三十歳までと決まっている。俺は当然、フィサエル魔術協会に所属していたわけだが、この度解雇を受けたことで魔術協会からも除名された。
そうなると、次に浮かんでくる選択肢は冒険者だ。
《魔境》でなくとも、ゴブリンやオークなど小型の魔物は世界中で湧くから、どうしても冒険者という稼業に仕事が回ってくるのだ。戦士が魔物を相手に戦い、魔術師が魔術を放ち、神官が彼らを癒す――彼らについての認識は、一般的に持っているものと大きく変わらないだろう。
さて、ここで考えてみよう。
冒険者になりたい魔術師(俺)のスペックである。
攻撃魔術は初級止まり。基礎的な魔術もほとんど使えない。
四十歳独身、男、フツメン(と信じたい)。
誰がパーティメンバーに欲しいよ、こんなん。
「ま、日雇いでもしながら、のんびり過ごすか……それなりに貯金はあるし」
一応、今の都市長に変わってから一気に給金は下がったけれど、元々は割と高給取りだったのだ。
それに加えて、遊びにも行けないし食事も簡単なもので済ませていたし、飲んでいた酒も安物ばかり、加えて独身。そのおかげで、ほとんど金を使うこともなかった。
だから、それなりに貯蓄はある。それこそ、数年くらいは働かなくてもいいくらいに。
荷物をある程度処分して、身一つで旅立ってみるのもいいかもしれない。
「ん……」
と、そんな俺が歩いている横を、馬車が通り抜けていく。
《魔境》に近いこのあたりの街道は、怖い物見たさの観光客が専用の馬車で来るか、利益を得ようと遠くまでやってくる商人くらいしか通らない。
そして、先の馬車は俺の知っている観光客用の馬車じゃないし、商人のものとしては妙に豪華に見える、鉄製の馬車だ。
このあたりの治安は、決して良くない。何せ、観光客用の馬車は常に、数名の冒険者が護衛についているくらいなのだ。俺もフィサエルにいた頃、何度か盗賊が街道に現れた、って話を聞いたことがある。
無性に嫌な予感がして、俺は少し足を速めた。
やべぇ、四十路が走るのって結構膝にくる。
この悪い予感、当たらなければいいなぁと思いつつ、俺が暫く街道を進んでいると。
「うらぁっ!!」
「止まれぇっ!!」
「ひゃっはー! 金出せぇ!!」
予想通り――その馬車は、刃物を持った男たちに囲まれていた。
まぁ、見た感じで豪華そうな馬車だし、護衛らしき騎馬の兵士もいない。俺はとりあえず、盗賊から見えない位置に隠れて、少し遠目から様子を窺うことにした。
だってこのまま普通に歩いて向かったら、まず俺襲ってください、って言ってるようなもんじゃん。
とりあえず、街道の安全を確認しない限り、俺が進めないわけで――。
「うらぁっ! 出てこいやぁっ!!」
「戸ぉ開けろぉっ! 馬車ごと燃やされてぇのか!」
盗賊たちが叫びながら、既に馬は殺されているらしく、止まっている馬車の周りをうろつく。
さすがに鉄製の馬車は壊せないと見たのか、彼らは叫ぶだけだ。
早めに馬車から出て、ある程度の金さえ渡せば、彼らに命まで取られることはないだろう。
だが、馬車からは誰も出てこない。
何かを待っているのか――もしくは、何もできないのか。
恐らく、後者だろう。
「……んー」
理由は、考えれば分かる。
金さえ渡せば見逃してくれるかもしれない相手を前に、馬車から出られない理由。
それは恐らく、若い女性が乗っているからだ。
若い女性はそれだけで、人買いに売るだけで大金になる。そして人買いからすれば、それが田舎の口減らしだろうが拐かしだろうが関係ないのだ。
うーん、と少しだけ考える。
恐らく、あの馬車の丈夫さと豪華さから考えると、貴族が乗っていると考えて間違いない。
そして俺のような平民からすれば、貴族に恩を売る機会は、かなりの好機だと言っていいだろう。少なくとも命の恩人である以上、それなりに俺の願いは叶えてくれると思う。例えば、四十歳だけど別の街で魔術協会に入るための口添えをしてくれるとか。
だから、これは逆に――俺にとって、千載一遇の好機。
「頑張れば……いけるか?」
もう、多くは望まない。
とりあえず、次の就職口の斡旋してくれて、住むところの身元保証人にさえなってくれたら、それでいい。
どっちにしろ、このままだと不味いのだから――。
「お、おお、おいっ!!」
「あぁ!?」
「何だてめぇ!?」
「や、やや、や、ややめろっ!!」
なけなしの勇気を振り絞って、俺は盗賊たちの前に姿を現し。
物凄く勇気を出して宣言した、その言葉は。
最近、人と全く喋ってなかったのもあって、物凄くどもってしまった。
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