第8話 誤算

 7匹目はマーメイド🧜だった。

 メリュジーヌは、フランスの伝承に登場する水の精霊で、一種の異類婚姻譚の主人公。上半身は中世の衣装をまとった美女の姿だが、下半身は蛇の姿で、背中にはドラゴンの翼が付いている事から竜の妖精でもあるとも言われている。マーメイドの伝承とも結び付けられて考えられることもある。

 

 メリュジーヌの伝説は、フランスでは14世紀より前からメリサンドという名でも知られ、民話にも登場していた。その原型は、ずっと以前から知られているヴイーヴルやセイレーンといった怪物であろうとも考えられている。


 1397年にフランスのジャン・ダラスが『メリュジーヌ物語』を散文で著し、その後クードレットという人物が1401年以降にパルトゥネの領主に命じられ『メリュジーヌ物語、あるいはリュジニャン一族の物語 』を韻文で書き上げたことで広く知られるようになった。その物語とは次のようなものである。


 メリュジーヌは、泉の妖精プレッシナとスコットランドのオルバニー(アールバニー)王エリナスの子である。母親の出産時に、禁忌とされていた妖精の出産を父親である領主が見てしまったために、メリュジーヌと2人の妹、メリオールとプラティナは妖精の国に戻されてしまった。成長したメリュジーヌと妹達は、結託して父親をイングランドのノーサンブリアのある洞窟に幽閉した。ところが母親は夫を愛するがゆえに、メリュジーヌと妹達に、週に1日だけ腰から下が蛇の姿となるという呪いをかけた。さらに、もし変身した姿を誰かに見られた場合には、永久に下半身が蛇で翼を持った姿のままとなってしまう。従って、メリュジーヌが誰かと愛を育むには、その1日に彼女の姿を見ないという約束を果たせる者と出会わねばならなかった。


 ポワトゥー伯のレイモン(またはフォレ伯の子レモンダン)は、おじを誤って殺したことから家族の元を離れていたが、ある日メリュジーヌと会って恋に落ち、メリュジーヌも「土曜日に自分の姿を決して見ないこと」という誓約を交わした上で結婚する。彼女は夫に富をもたらし、10人の子供を儲けた。また、彼女の助力もあってレイモン(レモンダン)はリュジニャン城を建て、町も築くことができた。ところが夫は悪意のこもった噂を耳にすると、つい誓約を破り、沐浴中のメリュジーヌの正体を見てしまった。部屋に1人閉じこもっていた彼女の姿は上半身こそ人間だったが、下半身は巨大な蛇(あるいは魚)になっていたのだった。


 誓約を破られたため、メリュジーヌは竜の姿になって城を飛び出していった。しかしまだ小さい子供がいたことから、授乳のために一時城に戻ったほか、城の城主や子孫の誰かが亡くなる直前にも戻ったという。そのため、城主らの死が近づくと、城壁の上に幽霊のようにメリュジーヌが姿を現しては泣き悲しむ様子が見られたという。メリュジーヌの子供達の多くは化け物の性質を持っていたものの、問題なく生まれた2人の子供の血統からは、後のフランス君主が立ったという。リュジニャン城は後に取り壊され、現在は存在しない。


 別のヴァリアントでは、メリュジーヌはブルターニュ伯(あるいはポワトゥー伯)の下に美女の姿で現れて求婚し、妻となって後は彼を助けたが、「日曜日に必ず沐浴するので、決して覗かないこと」という誓約を夫に破られ、正体を明かされる。夫は、メリュジーヌが人間でないことを知ってからも妻とし続けたが、2人の間に生まれた気性の荒い異形の息子達が町で殺人を犯したと聞いて激昂し、息子達の性格上の欠陥の原因を彼女の正体のせいだとして、「化け物女」と罵倒したため、自尊心を傷つけられた彼女は正体を現し、教会の塔を打ち壊して川に飛び込んで行方をくらましたという。その後、彼女は水妖の一員となった。紋章などに用いられている尾が2つあるマーメイドは彼女の姿であるとされている。

 

 ジョンは妖艶なメリュジーヌに魅了され、珊瑚の繁みの中で交尾を始めた。エクスタシーを迎えたと同時、ジョンの魂は吸い取られた。

 メリュジーヌは冥府に堕ちたものを捉えて、魔法へと変えていたのだ。

 メリュジーヌは口から凍てつく泡を吐き出した。

 ○o。.○o。.❄❄❄

 ジャンヌは口ギリギリのところで躱した。  

 アポロの弓は海の底へと消えていった。

 もう、ジャンヌを回復させる者はいない。

 ジャンヌはハルパーでメリュジーヌの首を斬り落とした。  

 

 ジャンヌは呼吸を整え、このハルパーの真の持ち主であるヘルメースについて思い出していた。

 ヘルメースは早朝に生まれ、昼にゆりかごから抜け出すと、まもなくアポローンの飼っていた牛50頭を盗んだ。ヘルメースは自身の足跡を偽装し、さらに証拠の品を燃やして牛たちを後ろ向きに歩かせ、牛舎から出た形跡をなくしてしまった。翌日、牛たちがいないことに気付いたアポローンは不思議な足跡に戸惑うが、占いによりヘルメースが犯人だと知る。激怒したアポローンはヘルメースを見つけ、牛を返すように迫るが、ヘルメースは「生まれたばかりの自分にできる訳がない」とうそぶき、ゼウスの前に引き立てられても「嘘のつき方も知らない」と言った。それを見たゼウスはヘルメースに泥棒と嘘の才能があることを見抜き、ヘルメースに対してアポローンに牛を返すように勧めた。ヘルメースは牛を返すがアポローンは納得いかず、ヘルメースは生まれた直後(牛を盗んだ帰りとも)に洞穴で捕らえた亀の甲羅に羊の腸を張って作った竪琴を奏でた。それが欲しくなったアポローンは牛と竪琴を交換してヘルメースを許し、さらにヘルメースが葦笛をこしらえると、アポローンは友好の証として自身の持つケーリュケイオンの杖をヘルメースに贈った(牛はヘルメースが全て殺したため、交換したのはケーリュケイオンだけとする説も。なお、殺した牛の腸を竪琴の材料に使ったとも)。このときアポローンとお互いに必要な物を交換したことからヘルメースは商売の神と呼ばれ、生まれた直後に各地を飛び回ったことから旅の神にもなった。


 ヘルメースはヘーラーの息子ではなかったが、アレースと入れ替わってその母乳を飲んでいたため、ヘーラーはそれが分かった後もヘルメースに対して情が移り、彼を我が子同然に可愛がった。

 

 ゼウスはイーオーという美女と密通していた。これを見抜いたヘーラーはゼウスに詰め寄るが、ゼウスはイーオーを美しい雌牛に変え、雌牛を愛でていただけであるとした。ヘーラーは策を講じ、その雌牛をゼウスから貰うと、百眼の巨人アルゴスを見張りに付けた。この巨人は身体中に百の眼を持ち、眠る時も半分の50の眼は開いたままであったので、空間的にも時間的にも死角が存在しなかった。ゼウスはイーオー救出の任をヘルメースに命じた。ヘルメースは葦笛でアルゴスの全ての眼を眠らせると、剣を用いてその首を刎ねた。もしくは巨岩を投げ当てて撲殺した。このことから、ヘルメースは「アルゲイポンテース」と呼ばれ、これは「アルゴス殺し」という意味であった。


 ある時アプロディーテーに惚れたヘルメースは彼女を口説いたが、まったく相手にされなかった。そこでヘルメースはゼウスに頼んで鷲を借りてくると、その鷲と泥棒の才能を使ってアプロディーテーの黄金のサンダルを盗んだ。ヘルメースはこのサンダルを返すことを条件に関係を迫り、彼女を自由にした。2人の間にはヘルマプロディートスとプリアーポスが生まれた。この他にもミュルミドーンの娘エウポレメイア、ペルセポネーやヘカテー、多数のニュムペーたちと関係を持っており、アイタリデース、エウドーロスやアウトリュコスなどの子供をもうけている。また、パーンもヘルメースの息子とされることがある。


 次で漸く最後の敵だ。

「早く、百年戦争を終わらせねば……」

 百年戦争はジャンヌの死後も22年にわたって続いた。トロワ条約に則ってフランス王位を主張するイングランド王ヘンリー6世が、10歳の誕生日である1431年12月にフランス王としての戴冠式をパリで挙行してはいたが、フランス王シャルル7世はフランス王位の正当性を保ち続けることに成功していた。


 イングランド軍が1429年のパテーの戦いで失った軍事的主導権と長弓部隊を未だ再編成できていなかった1435年に、アラスでフランス、イングランド、ブルゴーニュの3か国会議が開かれた。この会議でそれまでのイングランドとブルゴーニュとの同盟関係は解消され、逆にフランスとブルゴーニュの関係が接近することとなり、アラスの和約締結に繋がった。


 シャルル7世との百年戦争を主導し、ヘンリー6世の摂政としてイングランドの国政も担当していたベッドフォード公が1435年9月に死去したが、10代半ばのヘンリー6世は後見人たる新たな摂政を置かず、イングランド史上最年少の国王親政を始めた。そしておそらくはこのヘンリー6世の貧弱な指導力が百年戦争終結の最大の要因となった。歴史家ケリー・デヴリーズは、ジャンヌが採用した積極的な砲火の集中と正面突破作戦が、その後のフランス軍の戦術に影響を与えたとしている。


 ジャンヌの死後にフランス軍を率いて活躍したのはリッシュモンで、パテーの戦いからシャルル7世に疎まれ再度遠ざけられていたが、1432年にヨランドの要請で復帰、翌1433年に政敵のラ・トレモイユを追放して宮廷の実権を握った。それからリッシュモンは軍事・外交に手腕を発揮して各地でイングランド軍を駆逐、ブルゴーニュとフランスの和睦にも尽力して交渉をまとめ上げ、1435年に両国の和睦を果たし、1436年4月13日にパリをイングランドから奪還する手柄を挙げた。


 パリ解放後もリッシュモンは活発な軍事活動を展開、ラ・イルとザントライユらジャンヌの戦友たちもリッシュモンのもとで従軍してフランス奪還を進めていった。1439年にリッシュモンはシャルル7世とともに貴族への課税と正規軍創設を考え、反対する貴族たちを1440年のプラグリーの乱で平定、イングランド軍掃討を続け1445年には正規軍制度を発足、大砲部隊も充実させフランス軍を精鋭部隊へと改良した。この軍隊を率いてリッシュモンは1449年にノルマンディーの大半を平定、翌1450年に奪還を図ったイングランド軍をフォルミニーの戦いで撃破、勢いに乗りノルマンディーをすべて制圧した。そして1453年にフランス軍はカスティヨンの戦いでタルボットを討ち取り、ボルドー平定をもって百年戦争を終結させた。

 

 いや、誤算だった。ジョンが私が倒すべき敵を倒したせいで残り2匹倒さないといけなくなった。

「チッ!余計なことをしてくれた」

 死人に鞭打つつもりはなかったが、ジョンが憎らしく思えた。





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