僕と契約して魔法少女にならなくても、願いを叶えます!

みすたぁ・ゆー

僕と契約して魔法少女にならなくても、願いを叶えます!

 高校の帰り道、私は河川敷で謎の生物と出会い、手当てをしてあげた。


 は体のあちこちに切り傷や打撲などの怪我を負っていて、見るからに虫の息みたいな感じだったから放っておけなかったのだ。


 外見はキツネによく似ていて、体は新雪のように真っ白。大きな丸い瞳は鮮血のように赤く輝いている。


 もしかしたらアルビノのキツネかもって思ったんだけど、うわごとで『苦しい』とか『痛い』とか人間の言葉を喋っていたから、やっぱり得体の知れない何かなんだと思う。


 とりあえず、普段からカバンに入れて持ち歩いている塗り薬を塗って、ハンカチを包帯代わりにする感じで応急手当をしたけど、それで助かるかは分からない。


 だって人間の薬が効くか分からないし、あの大怪我じゃすでに手遅れ状態かもしれないから。


 ただ、助かるかどうかは別として、それが何者であったとしても怪我をした相手を前にして見て見ぬ振りは出来ない。



 義を見てせざるは勇なきなり――だもんね。





 それから数日後の夜、私が自分の部屋で勉強をしていると、不意に窓ガラスを『トントントン』と軽く叩く音がした。


 視線をそちらへ向けてみると、そこに浮かんでいたのは私が河川敷で助けた謎の生物。そいつは私の視線に気付くとペコッと会釈をして、窓ガラスをすり抜けて部屋に入ってくる。


 しかもあれだけ大怪我をしていたはずなのに、体には傷が一切なくなっていて元気な様子だ。


 まぁ、なんとなく単なる獣じゃないって気がしていたから、それほど驚いたってわけじゃないけど。


 そいつは足下へ歩み寄ってきて、あらためて深々と頭を下げる。


保土気ほとけ華耶かやさん、先日は助けていただき、ありがとうございます。僕は十兵衛ジューベーと申します」


「っ? どうして私の名前を? それに自宅の場所もどうやって知ったの?」


「はい、私は神様の側近としてお仕えしている高位の神使でして、その神様から教えていただきました」


「そうなんだ。でもなんであんな大怪我をしてたの?」


「実は異界の侵略者と戦っていて、不覚にも重傷を負わされてしまいまして。でも華耶さんに手当てをしていただいたおかげで、一命を取り留めたのです。それで今日はご恩返しをしようと、参った次第です」


 義理堅いというか、殊勝な心がけだと思う。私に対して危害を加えようという意識もないみたいだし。もちろん、だからといって油断は出来ないけどね。


 フッと気を許したところで背後からチャカをぶっ放してくるとも限らないから。


 何の根拠もなしにこんな怪しいヤツの言うことを素直に信じるほど私だってバカじゃない。


「別に私は恩返しなんていらないんだけどな。そういうつもりで助けたわけじゃないし」


「それでは僕の気が収まりません。ですから、華耶さんの願いをひとつだけ叶えて差し上げます。僕に出来る範囲という制限はありますが」


「じゃ、私を神にして」


「……は?」


 十兵衛の目が点になっていた。どうやら私の言葉を理解していないみたい。


 仕方ないので繰り返して言ってあげることにする。


「私を全知全能の神にして! それが私の願い」


「そ、その願いを叶えることは不可能です……。私はお仕えする神様のお力を借りて、華耶さんの願いを叶えるわけでして。つまり力の根源は神様ということになります。そして華耶さんを全知全能の神様にするというのは、その神様自身を否定することになってしまいます」


「力を借りる相手――十兵衛が仕えている神様を傷付けたり消滅させたりするような願いは叶えられないってことなのね?」


「そういうことです」


 大汗をかき、苦笑しながら頷く十兵衛。そんなに狼狽えるなら、細かい説明を先にしておいてほしい。


 いずれにせよ、そういう条件があるなら叶えられる願いはかなり限定されるような気がする。


「神様になれないなら、すぐに思いつく願いはないなぁ」


「華耶さん、神様は無理ですが『世界の王にしろ』という願いなら可能ですよ」


「あー、そういうのは興味ないから。ホームラン868本とか国民栄誉賞とか、ピンと来ないし」


「……そ、そっちの方ではなく、私が言っているのは『国を治める王様』ということですよ」


「それならもっと興味ないな。だって権力者になったところでそれがゴールじゃないから。大変なのはそのあと。みんなが安心して暮らせる政治をおこなって、国民を導かないといけないわけだから。先を見据えて権力者にならないとダメなの。つまり私みたいな何の能力もない女子高生が権力者になったら、国民は不幸になるだけ。クーデターを起こされる可能性だってあるわけだし。何の考えもなしに『権力者になりたい』なんて愚の骨頂。バッカみたい」


 そう、人間界にあるどこかの国の王になったとしても、その地位が永遠に保証されるわけじゃない。王になったとしても、その先には大きな責任を負うことになる。そんな覚悟、私にはない。


 一方、もし神様になれたなら人間世界のことなんかぶっちゃけ傍観して、気が向いた時にその時の気分次第で力を行使できる。結果なんか二の次。だって神様なんだから。


「……いやぁ、華耶さんみたいにしっかりとした人間こそ権力者に向いていると思いますけどね。では、大金持ちになるという願いはいかがです? 現在のレートで1京円分の金塊とか出せますよ。金塊なら余程のことがない限り、価値がゼロになることもないですし。1kgのインゴットに分割して出しますので、流動性もそんなに悪くないと思います」


「金塊ねぇ……。私は程々に暮らせるくらいのおカネがあればいいかな。だって1京円あっても一生のうちに使い切れないでしょう。もしかしたら明日、病気や事故なんかで急死するかもしれないわけだし。そうなったら意味ないもん。あの世におカネは持っていけないからね。それに大量のおカネや金塊を望んで過度なインフレになったら、生活が苦しくなる人がたくさん出ちゃうよ」


 もしあの世でお金を使うにしても、三途の川の渡し賃である六文くらいなもの。私にはそれだけあればいい。


 それにそんなよく分からないおカネや金塊が世の中に放出されたら、通貨の価値や金塊の価格が暴落して世界経済は大混乱に陥ってしまう。


 あるいはそれこそそのおカネを目当てに私の命が狙われかねない。


「私利私欲の少ない人ですね、華耶さんは……。では、不老不死とか誰かを生き返らせたいとかはないんですか?」


「人間なんて120年も生きれば充分。むしろ死ねない苦しみだってあるでしょ。それと本人の意思も分からないのに、私が勝手にその誰かを生き返らせるのは傲慢ってもんよ」


「……そうですか」


「ねぇ、世界を平和にしてって願いはダメなの?」


 争いに溢れている世界だからこそ、私はそれを排除したい。平和になればみんな比較的安心して生きていける。


 でもそんな私の願いに対し、十兵衛は眉を曇らせながら首を横に振る。


「それは無理です。人間が人間である以上、争いはなくなりません」


「じゃ、みんなを幸せにしてって願いは?」


「それも無理です。誰かの幸せが誰かにとっての不幸せってこともありますし」


「……使えない神使ね」


「華耶さんの願いがイレギュラーなんですよ。もっと煩悩に忠実な願いはないんですか?」


 煩悩に忠実な願いと言われても、突き詰めれば何かの欲望ってことだから、私の願いだって煩悩に忠実な願いと言えるはずなんだけど。


 要するに十兵衛の言う『煩悩に忠実な願い』って、身勝手で誰かが不幸になろうと構わなくて、あとのことなんか何も考えないような願いってことなんだろうなぁ。




 身勝手な願い……か……。




 その時、私の脳裏にちょっとした想いが浮かんだ。それを十兵衛に訊ねてみることにする。


「――ちなみにだけど『地球の滅び』を願ったら叶えられる?」


「あっ、それなら可能ですッ! 滅ぼすのは簡単ですよぉ! 造作もないことです! 小惑星を地球にぶつけたり、致死性の高い病気を流行らせたり、異常気象を起こしたり、火山や地震を起こしたり、やり方だって色々ありますし。人間も地球も儚いもんです」


 花が開いたように楽しげに語る十兵衛。でも願いを叶えるために神様の力を行使するなら、確かに可能なことなんだろうとは思う。神様ならそれくらいは出来るだろうし、神様の力を超える願いでもなさそうだから。


 一応、それを確認するために聞いてみたんだけど、それがハッキリとしたなら私の願いはひとつだ。


 そしてそれは十兵衛の言った条件の範囲内のはずだから、叶えてもらえるはず――。


 だから私は意を決し、十兵衛に願いを伝える。


「……十兵衛、私の願いが決まったよ」


「それはなんです?」


「十兵衛の存在をこの世から消滅させること」


「……はい?」


「十兵衛の存在をこの世から消滅させること! それが私の願い!」


 私は十兵衛を真っ直ぐに見つめ、ハッキリとした口調で言い放った。


 それに対し、十兵衛は戸惑いながら薄笑いを浮かべる。


「……い、言っている意味が分からないのですが」


「十兵衛は今、地球を滅ぼすという願いは簡単に叶えられるって言ったでしょ? つまりもしあなたがまた誰かに命を助けられて、恩返しとしてその相手の願いを叶えることになるとする。その時、その願いが『地球の滅び』だったらどうするの? 危険すぎるでしょ、そんなの。だからそうならないように、元凶となり得る十兵衛を今ここで消滅させておくの」


「…………」


「災いの芽は早めに摘んでおかないと……ね?」


 私は冷たさと威圧感を込めた瞳で十兵衛を睨み付ける。


 その冗談の欠片もない私の雰囲気に、彼は全身からダラダラと滝のように冷や汗を流しながら真っ青になる。


「あ……えと……」


「まさか神使が嘘をついたり誤魔化したりしないよね?」


「そ、それは……」


「神様、早く私の願いを叶えて!」


 業を煮やした私は天に向かって叫んだ。


 するとその直後、十兵衛は悲鳴のような声を上げつつ、空間がぐにゃりと歪んで目の前から消滅した。



〈了〉

 

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