雨の日だって、悪くない

CHOPI

雨の日だって、悪くない

「あ、雨」

お客さんの声を聞いて窓の外に目をやると、

いつから降り始めたのだろう、雨が降っていた。

今朝、家を出る前に見たワイドショー内の天気予報で

『にわか雨が降る所もありそう』と言っていたし、

家を出た時の空は薄曇りだったから、別段驚くことは無かったけど。

「おい、悪いけど雨除け広げてきてくれないか?ついでに傘立ても頼む」

豆を挽いているお父さんに声を掛けられ、

返事の代わりに首を縦に振って、店の外に出る。

雨除けを広げていると、目の前を一組の親子が通っていく。

「あめあめ、ふれふれ、かあさんが~♪」

懐かしい童謡を歌いながら親子は手をつないで歩いていく。

その続きを私も口ずさんでいた。

「じゃのめでおむかえ、うれしいな~♪」

もう親子は数メートル先まで離れていたけれど、

子どもの大きな声だけはここまで届いてきた。

「ぴっちぴっち、ちゃっぷちゃっぷ、らんらんらん♪」

そんな親子の様子を見送って、店の中に戻る。


「ありがとうございましたー」

お会計をし、お客さんを見送った後、店内を見回す。

今お会計をした方で店内に残っていたお客さんは全員だった。

まだ雨は止みそうにない、しばらく時間が出来そうだと思った。

「おい、暇になりそうだし、先に休憩取っちゃってくれ」

お父さんの声にまた首を縦に振り、店内奥のスタッフ専用ルームへと移動する。

お父さんが経営するこの喫茶店は、

数年前にお父さんが脱サラをして始めた個人経営の小規模なもの。

だからお店自体も小さくて、奥のスタッフ専用ルームというのもかなり小さい。

本当に椅子が2脚とテーブルが1台置いてギリギリのサイズ感。

だけど小さい部屋なりに小さいが窓があって、結構明るい部屋だったりもする。

椅子に座って一息つき、窓からまだ雨の降る外を眺めていると、

先ほど見た親子を思い出した。

子どもの方が少しはしゃいでいた様子が、いつかの自分に重なる。

「私も雨、好きだったなぁ」

そう独り言ちる。


お気に入りの黄色い合羽を着て、お気に入りの黄色い長靴を履いて。

お母さんと二人、雨の中の散歩をするのが大好きだった。

当時サラリーマンのお父さんに対して、お母さんは専業主婦だった。

だから小さい頃はお母さんとたくさん散歩や公園へ遊びに行った記憶がある。

『おかあさん、みて!かえるさんいるー』

『本当だ、かえるさんだねー』

鮮やかな青緑色をしたアマガエルを見つけてはしゃいで。

『たんぽぽさん、おんなじきいろー』

『本当だ、おんなじきいろだー』

たかが道端のタンポポにいちいち足を止めて指さして。

雨が降っている、もうそれだけで私にとっては特別な1日の始まりだった。

雫の滴る花々、普段なかなか見ることの少ないカエルやカタツムリといった生物。

大きな水溜まりを見つけてはダイビングジャンプ、

それをやると、いつもニコニコしているお母さんが、

その時だけ少しだけムスッとする。

でもそれでも毎回懲りずにやって、

そのたびに『コラッ!』って言われていた気がする。


「俺も休憩するわ」

お父さんが入ってきて、反対側の椅子に座る。

手にはマグカップが2つ握られていて、湯気が立っていた。

コーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐる。

「母さん、そろそろ誕生日だな」

「うん。私、今日この後、プレゼント買いに行くつもり」

「何にするか決めたのか?」

今年もハンカチとケーキでいいかと思っていたけど、雨を見て急遽品を変えた。

「とりあえず、物は考えた。あとは巡り合えるか、かなー」

「なるほどなー。そしたら今日は早めに上がっていいぞ」

「ほんとー?やった、ありがと!」

外はまだ雨だった。

でも私はやっぱり、雨も好きだと思う。


「はい、これ。いつものケーキと、プレゼント」

「わー、ありがとう!」

数日後のお母さんの誕生日。

ここ数年は何となく、何枚あっても困らないハンカチを無難に送ってきた。

だけど先日、お父さんが早上がりさせてくれたあの雨の日。

私はかなり素敵な巡り合いをしたので、迷わずそれを買った。

「今年はハンカチじゃないものにしてみました」

「……傘?」

「うん、傘」

私が巡り合ったのは鮮やかな藤色の傘。

先日の雨の日、思い出した遠い日の記憶。

私はお気に入りの黄色のカッパに、お気に入りの黄色の長靴だったけど。

お母さんはその時からずーっと。

そして今に至るまで、透明のビニール傘だったから。

お母さんにも素敵な雨の日、があっていいよね。

「きれいな色……、ありがとう、大切に使うね」

「ちゃんと使ってねー、持ち腐れ止めてよ?」

そう言ったら、お母さんから笑顔がこぼれたから。

私まですごく嬉しくなって、早く次の雨の日を願ってしまった。


(「お父さんは毎年、マーガレットの花束だよね?」)

(「お父さん、不器用だから。だけどずーっと、マーガレットが良いわ」)

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