何冊だって、何度だって

土蛇 尚

君はどう思った?

 その子はいつも図書室にいるらしい。


 図書室には沢山の本がある。沢山の物語との出会いがある。だけど僕がきた目的は違う。

 僕は陽の当たる席を探して座る。うん、暖かい。


「こんにちは」


 僕が安息の地を見つけ一眠りしようとしたら、その子が話かけてきた。窓から差し込む夕日で、その子の黒い髪がキラキラと輝いている。


「ごめん、邪魔だったよね。椅子もっと静かにひけば良かった」


「大丈夫。謝らなくていいよ。でも悪いなって思うなら私の話を少し聞いてくれない?」


 突飛な提案をする子だな。でもすっかり眠気を飛んでいたしな。聞いてみよう。


「うん、話って何?」


「私、病気なの。その話を聞いてほしい」


 その子の言葉で僕は一瞬とても不謹慎だけど、小説で出てくる余命僅かのヒロインを想像した。だってその子はとても綺麗で儚げて、世界に溶けてしまいそうだったから。


「病気の話って人にして良いの?個人情報とかあるよね?」


「良いの、君には話しても大丈夫」


 いつ僕がそんな信頼を勝ち得たのか分からないけど、僕は何に対しても無気力で、もちろん人から聞いた話を悪事に使おうだなんて気力もなかった。


「そっか。どんな病気なの?」


「読んだ本のことを忘れてしまう病気。もっとしっかり言うと読み終えて一晩経つとその本の内容を忘れてしまう。私、本を読んでも読んでも、内容を忘れてしまうんだ。どんなに良い物語でも。馬鹿みたいだよね」


 そんな嘘みたいな病気があるんだろうか。でもこの子が言うとあるんだろうなって不思議な説得力があった。


「一つひどいこと聞いても良い?」


「良いよ。君ならね」


「なんで忘れてしまうのに本を読んでるの?」


 別れる事がわかってるのに、なぜ本を読むのか気になった。図書室は出会いの場所だと思う。物語との出会い、知識との出会い、過去との出会い、沢山の出会いがある。そんなところで僕たちは出逢ったんだ。この学校は本を読む人が少ないみたいで、ぼくたち二人しかいない。でもこの子はせっかく読んだ本とも一晩したら別れてしまう。


「好きだからだよ。それに読み終わったら、すぐにノートに感想を書く様にしてるの。その日のうちに、忘れてしまう前に。そうすれば読んだ時の自分の気持ちがわかるから」


「感想なんて書けるんだ。すごいね。その本読んだ事あるけど上手く言えないや」


 その子が読んでた本は『覆って隠して願って』ってタイトルだった。ありがちな設定のありがちな恋愛小説。でもよく覚えてはいる。


「君が読んだ時の事教えてよ。それを私がノートに書くから。誰かと同じ本の話するのって楽しいでしょ。それにたまに考えるだけど、もしも自分が実は物語のキャラクターで、しかもその本を読んでる人が、私みたいに忘れてしまう人だったら怖いなって思うの。だから一緒にいてよ」


 ちょっと不思議な感性を持った子だと思った。それに僕へのこの妙な信頼はどこからくるんだろう。

 僕は本の感想を話して、君がノートに書く。そんな事をした。お互いが思ったことが一つのノートに残っていく。


そんな事をしてると学校が閉まる時間が来た。帰らないといけない。


「ありがとう。楽しかった。こんなの久しぶりだったから嬉しかった」


「うん、じゃあ。さよなら」




 あの子は物語を忘れて別れてしまう病気だけど、僕にも一つ罹ってる病いがある。僕は出逢った人の事を一晩したら忘れてしまうのだ。あの子と違って本の事は覚えていられるのに。


 図書室で本との出会いと別れを繰り返す女の子と、図書館で女の子と出会いと別れを繰り返す男の子。


 ノートには二人の想いだけが残っていく。何冊も何冊も物語への思いだけが。


終わり

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