第17話

 少女たちが手のひらをぶつけ合って、陽気で乾いた破裂音が木霊する。その裏では、怪物たちが一心不乱に互いを殺しあっているというのに。


「戦争でも起こす気かよ……」

「起こさないって。平和利用しかしないしない。てか、まだ雑魚モンスター数体への効力を確認しただけだよ? 人間に、特に魔術師とかその素養がある人への効き目はあんまし期待できない感じだし」

「そうやって真面目に検討しているところが、おれには恐ろしい」


 正直な感覚を明かしながら、彼女たちの真意を探る。まばたきや立ち姿、呼吸や重心の位置をそれとなく観察。

 歓喜と動揺に固まった、一生徒がどうしても目に留まる。


「友人よ。このような試みは、やはりいけないことなのだろうか。道具や方法の開発に善悪はなく、全ては使い方次第だ。魔術も、貴方が構える刃物も。ならば、思いついたことを行い、試行錯誤を重ねて、改良の果て結実させる尊い行為は認められないのだろうか」


 幼くも芯を感じさせる両目が、強く訴えかけてくる。


「別に、研究も実験も中止させたいわけじゃない。今のおれに、きみたちのやることを止める権利も気合もない。でも……」

「でも……? その先はなんだ、知りたい」


 ここで続けるか口を閉じるべきか。

 後者は賢い。なにも失わず、関係性も損なわない。何も変わらない。

 でも友人は、ターナは知りたいと伝えてきた。ならば、こちらもそうするべきか?

 わからない。わからないから、実験する。試して反省して、実が結ぶまで続ける。

 それだけは、おれが彼女たちから学べることだった。


「誰かが傷つくなら話は別だ。危険物を開発するなら、それを悪用されないように戦う覚悟が要る。その気持ちがなきゃ、万が一のときに最悪の罪悪感を背負わされるからな。自分の刃物が盗まれて他人が殺されたら、おしまいだ」


 長々と喋りすぎたか。どうにか言葉を切って、最後に大事なことをひとつ。


「あと、戦闘はできるだけ短くした方がいい」


 乏しい力で殺しあっているゴブリンたちに、刃を飛ばす。首や心臓など、がら空きの急所に凶器を差し込むと、静けさが戻ってきた。


「なるほど、覚悟か……覚悟……」

「飲み込んで理解するのは後でいい。それよりも今は探索と安全と監督、それでいいよな先生?」

「うん、いいよん」


 リーリアはやけに軽いノリで応じて、ちゃらちゃら手の鎖を鳴らして先行した。当然繋がれているおれも先頭をゆく。

 陣形は最初のものに戻って、おれとリーリアが前衛でターナとユミナが後衛の形だ。

 引率の先生が気楽な雰囲気を放っているが、奥へ足を踏み入れるにつれて緊迫感は増していた。


 血や土、錆びた金属、ケダモノの作る空気。鼻腔を刺す臭いが強まっている。

 それに、粗雑な物音。

 音もなく鎖を手綱代わりに掴んで、同行者に止まるよう促す。力で強引に止めるのではなくて、やり取りをしようと合図を出した。


「これ、そんなまずい音かな? あたしらの力なら、奇襲したほうが楽だと思うけど」

「衝突音の間隔が一定で複数、それも弱い。妙だ。慎重に進んで、偵察する」


 リーリアは即頷くと、おれが身を屈めるのに合わせて素早く静かにしゃがみ込んだ。おまけに、足を前へ出す動きもこちらと完璧に同期させている。そしてなにも言わずとも、後衛も同じ動作をしていた。完璧。

 これならば、滅多なことでは見つからないはずだ。

 前方に続くうねった道に目立った遮蔽はないものの、完全な直線でないから見通しが悪い。天然の障害を生かし、おれたちはひっそりと先の様子を窺う。


「なぁっ――⁉」


 口を塞ぐ。ターナの開いた口を、おれは手のひらで抑えつけた。小さくてふにふにしている顎を閉じるよう、強引に指で促してから、おれ自身も呼吸を整える。

 視界の中心で繰り広げられていたのは、ゴブリン同士の殴り合いだ。

 否、いじめと呼んだ方が適切か。


 おれたちから大通りひとつを挟んだほどの距離にある、台形に開けた小部屋。そこで、四匹の化け物が化け物一匹をいたぶっている。

 刃物は使わず手や足を振るい、歪んだ指や爪で傷を抉って体液をそこらに散らす。

 見慣れたものだが、どうしたって気分は悪い。


「うへ、何度見てもきつ……てか、やばめかもこれ。息一回とめよ」


 ダンジョン突入経験が豊富な魔術師も、呼吸を制御している。慣れれても落ち着くことが必要ならば、初見であればどうか。


「うわぁ……つっまんな」


 ユミナはそっと呆れを示した一方で、


「なんだ、あれ。わたし、魔術つかってないのに……そうだよな、そうだよね……?」


 喉を全力で振るわせたい気持ちを堪えて、ターナは小声で助けを求めた。悲鳴や錯乱の代わりに囁けたのなら十分だ。


「落ち着け、ターにゃん。反射で杖を構えるのはいいが、握りが甘くなって落とさないように注意したほうがいい」

「た、ターにゃん言うな」

「ツッコむ時だって声量を抑える――その感覚が大事だ」


 おれがニヤつくと、後頭部に小突きと囁きがぶつけられる。


「名前で遊ぶのやめろ。それよりも、あれはなんだ、友人」

「見ての通り、身内の仲間割れだ。正確に言えば、いたぶられている個体は奴らの身内ではないが」

「どういうことだ? わたしにはゴブリンが集団で、同種を虐めているようにしか……見受けられないが」


 事の残虐さにところどころ目をつむりかけるが、ターナは懸命に瞼を開け、すぐそこにある現実を読み取ろうとしていた。

 無理した結果、心身を損ねなければいいが。

 安寧を祈りつつ、並行して暗器を準備しながら端的に説明する。それぐらいしか、おれにはできない。


「殴られている側は、ホブゴブリンだ。ゴブリンの亜種でほんの少し体格が大きく、耳元に黒の斑点がある。そこが違いだ。違うから、ああやって痛めつけられる」

「なるほど……モンスターにも色々あるのだな……」


 優等生が熱心に書きこむ姿を横目に、ユミナは観察を続ける。

 興味で満たされた視線の先。そこを少し外れた奥に、奇妙な光景があった。


 集団暴行の場から忍び足で逃げていく、一匹の大きなホブゴブリン。同族が虐げられているにも関わらず、そおっと影に身を隠していた。

 奇妙だ。大きな図体にも関わらず、なぜ露見しないのか。ゴブリンだけでなく、ターナやユミナまでも気づかないのは何故か。

 同行者の様子を盗み見ると、リーリアだけがおれと同じものを見ている。赤い魔術師のみ、もう一体のホブゴブリンに気づいていた。

 しかし目では認めていても、彼女はそれを言葉にしない。代わりに頑張って囁くのは活発な生徒だ。


「見てらんない習性だけど、敵のほうから数を減らしてくれるし、ワタシらにとってはいーのかな?」

「そうでもない。これはガチ。なんでかっていうとね――」


 赤毛の魔術師が講義を始めたその時だ。最も生徒の集中が逸れた瞬間、手首を用いて刃を投擲。全ての敵の喉が裂けたのを確認し、前進を再開する。


「ありゃ、もう片付け終わっちゃったか」

「教授、さっきの続きをお願いします」

「ああうん、えと、さっきみたいなゴブリンの行動、あれ余裕がないとムリなんだよね」

「敵がいないから、暇つぶしまくってたってこと?」

「そうそれ! 優秀! 教え甲斐なくて楽でさいこう!」


 ユミナの推測を聞くと、リーリアは茶髪に手を伸ばしてわしゃわしゃと乱す。褒め方が飼い犬のそれだ。

 しかしぐちゃぐちゃにされたわんこは、その察しの良さが仇となる。喜びだけに浸ることを許されない。


「てことは、先に行ったパーティはどうなってるの……?」

「もしかして、もう全滅してるということ……? しかし、ここはわたしたちにあてがわれるような死亡例の少ないダンジョンで……」


 童女二人が混乱を加速させ、


「やめろ。余計なことは考えない方がいい」

「そーそー、自分の安全が一番だかんね。それだけ気にしよ」


 おれたちはそれを宥めつつ、先を行った。

 段々と濃くなる暗がりの匂いに目を背け、明るさを保とうと努めながら。

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