第14話
「はーい、そこのパーティ離れすぎない! 僧侶が遠いよ! 魔術師さんはかっこいい剣士さん避けない! 危ないっしょー?」
リーリア・リリンが青空の下で元気に呼びかける。
ぞろぞろと洞窟に入っていく冒険者一行は、彼女の指示に従って隊列を調整しつつ暗がりに消えていった。
「眠すぎる……おれ史上最悪の寝つき……」
昨日の災害にも近い争乱から一夜明け、空が明るくなり始めた頃。
おれたちはダンジョン前に集合していた。
夜と朝の区別がつかない時間から寮を抜け出し町を出て、近くの森を超えた先にある洞穴に着いたら、周囲はあかるい。空腹もひどい。それにねむい。
「わー、おにーさんひっどい顔ー、つまんない感じ? 面白くしてあげよっか?」
「提案がおかしいだろ。そこは、『どうしたの?』『大丈夫?』『なにかあった?』『よかったら話聞くよ?』だ」
すすっと左手からおれを追い越し、こちらの様子を偵察しにきたユミナに、雑な会話を行う。とりあえず、こういうのは返すのが大事だと聞いた。
「なにそれ、へんなの。なにがあったかなんて、ワタシ知ってるし」
「ふむ。『どうした? 大丈夫か? どうかしたか? 良ければ話でも聞こう』。これで良いだろうか、友人」
合わせて歩調を並べたターナが、たどたどしく台詞を並べる。
「おれに話せることで、きみの知らないことはほとんどないだろ」
昨日に地獄に最も近しい勉強会を思い返しつつ、皮肉を贈る。すると、遠回しな言葉を鼻で笑って、
「大半は既知でも、未知はそこにあるはずだ。ならば、それをわたしは知りたい。どんな形でも知って、世界を広げたい。だから、教えてくれ」
絵画にでも描かれるような表情を作って、童女は正面からぶつかってきた。間髪置かずに、精神的な距離を詰めにくる。
「例えばそうだな、教授も原因の一部じゃないのか? 天才にして知識人と生活を共にした場合、相当な学びと負荷を得るだろうと見た」
しかも、冗談めかした誰かさんの助言までしっかり活用して、ちゃっかりやり返していた。完全な敗北だ。
「悩みは友人に打ち明けるといいらしい。楽になって、心の建付けがよくなると聞いた」
この口は促されるままに、胸中に溜まった霧を吐き出そうとしているし。
「あらゆることを、監視されるのは慣れない。なんでもかんでも見られている状態ってだけで、精神が参ってくる」
「ふむ、具体的に――?」
「えー、あたし、お風呂も一人で入らせてあげたじゃん。世間はこんなに甘々で許してくれないよー? お手洗いだって、あんまり長い間個室に入ってると壁ぶち破られる宿屋ふつーにあるっての」
「そういうとこだぞ。一体、どういう心理してるんだ……?」
割り込んできたリーリアに苦言を呈すると、
「どーいうこと? なに? わかんな。教えて。詳しく。スクロール十枚分で」
「課題みたいな形式にするな」
疑問が一瞬で跳ね返ってきた。しかも、送った量の百倍になって。彼女の知りたいという欲を向けられれば、観念するしか手段はない。
「おれが誤魔化していた部分を、平然と口に出すところだ。そういう剥き出しの部分を問題にしてる」
「あーおっけ。理解理解」
ほんとに解しているのか?
思わず目を細めるも、見える景色の鮮やかさにどうでもよくなった。
腹立つほどに愛嬌を放ち、好奇心に溢れた魔術師がいるだけ。ローブ姿で立ち止まったのに、躍動感しかないのはどうしてか。魔術職とは、研究職とはいったい。
一応研究者っぽく辺りの観察を続けているが、誤魔化しきれず彼女は不平に口を尖らせている。怒られた子どもそのものだった。
「距離近すぎって訴えられたから、対策もきちんと立案したんだけどなー。お風呂もなにもかも一緒にしなくて済むよう、遠くから監視する方法も確立したの、になー?」
ぶつ切りに喋って、ところどころでわざとらしく呼吸を入れて、その隙間でちらりちらりと視線を注いでくる。
反応したら負けだ。耐えろ。
「あたし、贈り物までしたのになー。それ、研究費めっちゃつぎ込んで作った、生体情報を元に位置情報を追跡する素敵アイテムだよ? 世界で一人だけを特定する特注品だよ? そんな最高の装飾品まであーちゃんに貢いだってのに、まだ怒られるなんて」
「アイテムって……言い方考えろ。世間の人は、手錠を贈り物とは言わない。あと、素敵とも思わない。それぐらい、不勉強なおれにだって判断がつくぞ」
ジャラリと、重たい音色があった。
発生源は、おれとリーリアを繋ぐ手元からだ。両者の手首には人肌とかけ離れた鈍い色の枷と、複雑に編まれた金属の鎖。
身じろぎをしたり体勢を変化させたりするごとに、繋がりが擦れてぶつかって騒がしさを生む。そうして生まれた全ては、緑の森に吸い込まれていった。
「教授からの贈り物、わたしは羨ましく思うが。嫉妬もする」
「うぇ、まじ?」
「そこ、ユーみゃん、吐くふりしない」
「もどしていいぞ、ユミナ。おれもさっきから具合が悪い」
「あたしとしてはお腹にいっぱつぶちこんで、手伝ってあげてもいいけど?」
寒気。想像しただけで腹部に熱と痛みが宿る。
本能的に身体が傾いて、隣の女と空間を作ろうとした。
が、一定のところまで移動したところで、腰から上が不動になる。阻んでいるのは腕を掴む細い指。
「おい」
「なになに、どした? 昨日の勉強会で質問でもできた感じ?」
ジャラジャラと、金属が存在を主張している。
「どうしてきみは、おれと手を繋いだままなんだ。手錠と鎖があるのに、わざわざ脈を確かめる必要もないだろ」
右手は未だに熱い。慣れない人の温もりがあって、普段以上に熱をもっている。
それにやけに柔らかい。この感触を味わいすぎて、そろそろおかしくなってきた。寝るときも朝食時も夕食時もずっとこの状態だったし、外に出てからはずうっと接触したまんまだ。
どのような意図をもって、ここまで手間のかかることをしてるのか。
疑問を解決するため、非言語的な手段にも頼る。底が失われたみたいに深い彼女の両目を恐れず、自分の意識を明確に相手へ集中させる。
赤毛の少女は、困ったように目を伏せた。なぜそんなに分かりきったことを尋ねるのかと、素振りで伝えようとしている。
「あたし、ちゃんと学習したんだけど」
「いいから、質問に答えろ」
長いまつ毛の先が杞憂を帯びていた。一見すると優しさからくる憂いだが、じわじわ悪人の気配が漂ってくる。
「せっかく研究した拘束具に頼らないで、なぜ肉体での拘束にこだわる?」
「だってさ、そっちの方が、あーちゃんにとってもうれしーでしょ? でもそれを自分から言うのは恥ずいかなって思って、こうしてあたしも頑張ってるんだけど」
「は? わからん。未知だ」
「またまた、そんな照れなくてもいーから。あれこれ文句言わず、こうやって美少女とくっつけてうれしーなって内心ぐちゃぐちゃにして喜んどけばいーじゃん?」
流れるように好き放題まくし立てるものだから、異議を差し込む隙間が見当たらない。
「友人、そういう……? ああ、こうして疑うのはよくないな、わたしは友が誠実であると信じるぞ!」
「ありがとう、ターナ。感謝するから、そのキラキラした思いを一心に照射するのはナシにしてくれ」
こてん、と彼女の首が傾いたところで、純真な心を用いた圧迫は続く。合わせて銀髪の流れが空気を泳いで、無垢な美麗さでもこちらを咎めていた。
「とにかく、余計な配慮はいらない」
「あーね。了解。そういう感じでいくのね、わかったわかった」
わかってない頷きをして、リーリアはからかいを噛みしめながら黙った。手首は未だに彼女に圧をかけられている。
「ダンジョンの最奥部入って暗くなったら……てことっしょ?」
「危ないから絶対にやめろ。守りにくくなる。死んでアンデットの仲間入りしたいのか?」
「うえ、それはヤ。ダサいし、他の冒険者の迷惑になるし」
舌を出して不快感を示すが、それより重要なことがある。
「というか、奥深くまで侵入するのか? おれが聞いていたのは、ダンジョンを探索する冒険者の監督・観察という話だったが」
初耳だった。リーリアの悪癖として、説明を省きがちなことを忘却していた。
となれば、ここは他の人間に頼るのが吉か。
「我々が行う人々の集合管理・指導・観察はダンジョン突入前のみならず、ダンジョン内にまで及ぶ。というか、洞穴や迷宮内にて意図せず生じる孤立を防止する方が主な仕事や研究対象だ。衛兵や冒険者ギルドが主となって行っている活動ゆえ、冒険者ならば知っているはずだが」
「存在は認知していても、あまり集団行動をしないから実態はよく分かっていない」
「ああ……それは……」
すまないと、ターナは目を伏せて謝意を示した。気まずい。でも、以前と比べてそう悲観する空気でもなかった。
ここには、目に見えない障害を意に介さないやつがいるから。
「すごいすごい! おにーさん、それってひとりでダンジョン探索してたってこと⁉ それってもうほぼ『勇者』じゃん!」
興奮して、横一列に並んでいたはずのユミナはおれの真正面に回ってきた。興奮のあまり、かかとがほとんど地面についていない。
「ユミナ、静かに! すぐに周り見て‼」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます