第7話
「うーん、やーっぱり、ワタシが餌としてよわいのかなー?」
震えや後悔を欠片も見せず、首を捻る様は普通の子どもそのままだ。より早く走れる方法を探すように、命を賭けた作戦を改良しようとしている。
頭のネジが抜けているどころか、そもそもネジがない。自分の理性から外れた人間は直視しがたく、となれば縋る先は同行者だけだった。
「おい、そこのばか。この子の言ってること理解できるか?」
「ん? なんもむずかしーこと言ってないっしょ。もしかしてわっかんないの?」
煽られた。
「きみに振ったのが間違いだった。おれが愚かだ」
「拗ねない拗ねない。実を言うと、あたしもこの女の子の――ユーみゃの発想は分かってないし。危険な作戦なら、もっと効率いいやり方あるからさ」
あまりに血も涙もない回答だと、震えることすら面倒になる。人の心がないなら黙っていろと、眉を顰めてリーリアを凝視する。
「あ、どうせ自爆するなら思い切りやれって感じ⁉ 確かに、戦士職としてはそっちの方が理想じゃんカモ、なんて……」
自分の間違いは何となく察したと、垂れさがった語調が教えてくれる。理解してくれなければ、狂人を打倒する術まで探さねばならなかった。
それに、
「このちびたち、きみの知り合いだろ。危険ないたずらをしたことも、博打みたいな作戦を決行したことも、怒ってやれ」
知人の危険を平然と受け入れられる奴なんて、単純に重すぎる。受け止めきれない。
固まった空気に慣れないからか、おれの舌が勝手に滑ってしまう。
「あと、無駄な爆発魔術で驚かせたことも謝ったほうがいい」
「っぁ、はは! あれ、きょーじゅだったんだー! やっぱおもしろーっ! ここに突っ込んでくるときちょっとビックリしてたのに、自分でドカンってしてたんだ⁉」
「ちょ、バラすなし! ユーみゃん、目が良いなら急ぎで保護魔術かけてたとこ見ろし!」
快活な女の子が弾け飛ぶんじゃないかとばかりに笑って、彼女のスカートがふわり広がる。笑い声と焦りに震える動揺が響くたび、戦闘の緊張が薄まっていった。
華やかなやり取りが数度続いてから、
「きょ、教授、や、やりすぎです……‼」
腰を抜かしていたもう一人が会話に混じった。小さな指でパシパシとローブを払って、床になんて接触してませんよと言いたげな顔で参加している。
「どっか……爆破は、爆発はなしですって言ったじゃないですか! 自衛するにも自爆の可能性があって不向きだからって、わたし何回も……‼」
「ごめんて」
「教授、いつもそうやって言って繰り返すじゃないですか! というか大体なんですかその男の子は! 手つながれて連行されてるみたいで、局長である人がそんなことしたら危ないですよ! どんな方だって男である以上ある程度危険なんですよ!」
「いやいや、あぶいことなんてないって。こいつはだいじょぶだって、ね?」
同意を求められるも反応する前に、
「この人刃物剝き出しにしてわたしたちに迫ってきたんですよ⁉」
正論を耳元に突きつけられた。反撃でもしなければ、雑魚と言えど近接職の名が廃ってしまう。
「最初に仕掛けてきたのはそっちだ。それにおれは傷一つ付けていない」
「手を繋いでいた。拉致の真っ最中だった」
ローブを着た小っちゃいのは、おれに向き合うと敬語の殻が外れるらしい。
「逆だ。おれが拉致られている。おれが付きまとわれている」
「変質者はいつだってそう言う。自分のことがまるで見えていない」
「自傷行為が趣味なのか? そっちの方が自分の立場を理解していない。野蛮人はいつだって自分を棚に上げる」
「は? わたしは野蛮人じゃないが。知性を湛えた学問の徒だが。文句があるなら相手になるが?」
すぐに暴力をちらつかせにきた。なぜいきなり強気になっているのか、理解不能だ。さっき床と仲良くして涙目になっていたのは何だったのか。
先ほどまでとの差異を探す間にも、
「先は少々想定通りにいかなかったが、態勢を立て直した今であれば話は別だ。わたしは教授の教え子として、知性の力で不審者を――」
思い出した、ので強く足を木目に叩きつけ、床を揺らす。
「ひゃぅ⁉」
ちんまりした童女の身体が、おもちゃみたいにぴょんと跳ねる。突然の振動と騒音に対して、まだ耐性がついていないようだ。
「また、『ドカン』とやってもいいんだが」
嗜虐心、じゃなくて悪戯心がざわついたのか、ついつい口が滑った。ついでにこの指も悪さをしたいらしく、爪の先は自然と煙玉を引っかけている。
「ぅ……って、あの爆発は教授のやつで、貴方の仕業じゃ――」
腰元から球ひとつを引き抜き、放る。少量の炸薬が作用して、爆ぜた。
「――ふぇっ⁉」
腑抜けた鳴き声と一緒に、ボスンと誰かさんの転倒が響きわたる。
「ちびっこ、飛び跳ねるのが仕事か」
「あー、怒んない怒んない。ごめんごめん。代わりにあたしが謝っからさ、これくらいで許してくんない?」
煙幕がうねって一か所に集結する。謝罪ついでに魔術が行使されて、暗い粉塵は屋外に追い出された。
「別にこの件はいい。きみには、謝ることが別にあるだろ」
「へ、なになに? えっと、どれから?」
「複数思いついたなら、全部言ったほうがいい。その方が偉い」
ムカつきを反転させて、褒めて伸ばす作戦でいく。
「カッコよく登場してあんたを動転させたこと?」
「言い方が気に入らないが、ギリギリ事実と認めなくはな――」
にやりと、彼女の口角が煽るためだけに上がる。
「認めない、他にあるだろ」
「えっと、手を繋いでドキドキさせたこと?」
「言い方がおか――」
「それです! なんなんですか教授! そのようなヘボい男と手を繋ぐなど! その手は研究するための富で、その指は伝説を解き解すための道具なのですよ!」
つい数秒前の恥で顔を色づけながらも、震えてちびっ子は立ち向かってくる。仲間であるもう一人の子は、ゆるい嬉しさを滲ませて見守っていた。
どういう関係性なのか。気になるし、そもそも相棒じみた存在がいるだけで羨ましさを抱いてしまう。
またも粘性のある感情が顔を出したところで、年齢差を感じさせる声がおれの心を抑え込む。
「そんなやつと、その、なんか、時間むだにしてるなら、教授は早く魔術の探求に戻ってください! 貴方は素晴らしい学者なのですから!」
「あーなる、なるほど。それで邪魔ってきたのか。まじめすぎだねー、あと手段も過激で尖ってるなー。理由はお堅くて真面目なのに、教授よりも生徒の方が学問に対して忠実なのに、方法だけどーしてこーなっちゃうかなー」
「きょーじゅ、理由は不真面目だよ。きょーじゅが手つないで楽しそうに走ってるとムカつくからって」
あっさりさらりともう一方が口を挟むと、
「ユミナの言ってることは違います! わたしはただ、その男が羨ましいというか教授にそんな顔させてるのが許せないってだけで!」
「ちびっ子、ぼかしてくれた友達の行為を蔑ろにしない方がいいぞ!」
「騒がしいぞ盗人! なにわけわかんないこと――あ」
少女の自爆が花火になったら、さぞ鮮やかなことだろう。実際顔色は華やかで、見る者から飽きるという言葉を奪うはずだ。
「え、まじ? まーじかー。あー、そっかー。ターにゃん、生粋のあたし大好きっ子ちゃんだもんなー。『リーリア・リリン師・特別親衛隊』みたいな名前した集団、組織してたんだっけ?」
「違います! 『リーリア・リリン学宗・近衛修学騎士団』ですっ」
「おいそれ、『修学』ないほうがカッコいいぞ」
「アドバイスしないで、盗人! 感性も盗んできたら⁉」
マジギレされた。剥き出しの口調で、美的感覚という金塊よりも大事なものを思い切り否定された。反撃する気もないほど心はズタズタだ。
「ターナ、ダサいかもそれ。名前付けるのは、そのおにーさんのほうがきっと合ってる」
「へ、い、いやそんな⁉」
「友達の言うことぐらい、まともに耳を傾けたほうがいいぞ、ちびっ子」
「友達でなく相棒だ! てかちびっ子ではない! 間違えるなよぬしゅっと――」
強烈に噛んで、否定が急速にしぼんでいく。童女は痛みと羞恥を転換して、きゅうと目を細めこちらを睨みつける。
「わたしには、身体的特徴をあげつらった名など不要で、きちんとした音が――」
「ああ、ターにゃんか」
「ターにゃん言うなっ‼」
これまでで一番巨大な音をもって、ターにゃんは必死に返した。
「「くふっ……」」
鼓膜より、人体から空気の抜ける様が伝わってくる。知人に微笑ましく囲まれていると言えば字面はいいが、たぶん辛い。軽く笑われることは冗談でも、積み重なると重くなるはず。
「落ち着け、ターにゃん。怒りとか焦りで舌噛むと、結構キツいぞ。意外と傷が深くて、温かい飲み物に手を出せなくなる」
「無駄に実感が籠った助言するな! あとターにゃんじゃない!」
「と言われても、おれはきみの名前を知らない。隣のバカがきみを呼ぶのに使っていた名前を使うほかないんだ」
「リーリア教授をバカなどと! この方は――」
「そうだよ、あたしはどっちかっていうとアホっしょ!」
「ちょっとお静かに願えますか教授!」
ターにゃんがリーリアの弟子か部下かは分からないが、ポンコツな上を戴くというのも大変そうだった。
疲れてきたのか呼吸を散々乱しつつ、ターにゃんはまだ頑張ろうとしている。
「お前はわたしの名を聞いているはずだ。ユミナ――そこの子が、しっかり『ターナ』と呼んでいる!」
「あ、やば。えとさ、ターにゃん――」
「やばくない! ユミナは失敗してない! わたしを正しい名で呼ぶのは、救いだから変な気効かせないで!」
味方から刺され、
「あたしも、かわいーと思って『ターにゃん』ってあだ名つけたんだけど……」
「うっ……」
師匠からも散々に急所を突かれて、ターにゃんあらためターナは段々弱っていく。彼女はうろたえながらも、おれに対する気持ちだけは切らさず、
「わたしの名前は、ターナ・タイカナ! 聚合の魔術師リーリアの弟子にして、のちに群衆を導く魔術師の名だ! 脳に刻み付けておくように!」
意地と虚勢と誇りの全部を詰めて、童女は名乗った。
恥ずかしさを漏らさぬようにきゅうと口を結び、震えぬようにぎゅうぎゅう拳を握りしめて、両目を頑張って開いている。
「覚えたか⁉」
問われて、
「ターナ、タイカナ……目の前の努力に耳を傾けないほど、おれは捻くれてない。それに、数秒前の名乗りをすぐ忘れるほどバカじゃない」
返してしまった。返答しなきゃいけない気がした。
捻りのない返事に、将来の大魔導士様は口をまあるく開きかけ、もう一度顔つきを引き締める。
「……ふん、最低限のことは出来るようだな、盗人」
「おい、ターナ・タイカナ」
回りくどく正式名称で呼びかけると、また彼女は驚きを見せた。反射で唇を結び、動揺を噛み砕くもかなり遅い。
一体どうしたのか。そこまで怖がられただろうか。恐怖とは違う反応に見えたが、やはり分からない。不明ならば、様子を窺うしかなかった。
「……正式名とは、ふむ、戦闘方法とは反して礼儀は中々にあるようだな。むしろ、そこらの有象無象に比べれば弁えている方ではあるというか、なんというか……」
照れてるだけだった。ターナはちゃんとした名前で呼ばれ慣れてないのか、どう反応すればよいかの答えがないらしい。とりあえず重心を移動させているのだが、恐らくそれは不正解。
「盗人のくせに……」
「その呼び名をやめろ。礼を重んじるのなら、そちらもおれに対して最低限の礼儀を示すべきじゃないか?」
「そうしようにも、わたしは、貴方の名を知らない」
それもそうだった。
自分の名を伝える。そう意識して、自分の身体に違和感を覚えた。動作から滑らかさが失われる。
思えば、自分を誰かに伝えるのはいつぶりか。
指示語でしか呼ばれない、木っ端暗殺者としての精神が心身の隅々までこびりついていて、それを振り払うのに少し時間がかかった。
「おれは、ア――」
「この勇者モドキはね、『あーちゃん』って名前! よろだよ、我が弟子たち!」
隣の大あほが、久々の行為を奪った。
「あの、なんというか、ご愁傷様だ。心から同情する……」
『ターにゃん』の目と声は、これまでで一番優しかった。
優しすぎて、傷に沁みこんて痛い。
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