第4話

「いやでもでも、さっきの説明がつかないっしょ。あれは『勇者』の為せる業だったし」

「おれからすれば、そちらが魔術で強化したものとばかり考えていたけど。まあでも、その間抜け面じゃどうも違うらしいし」

「間抜けでもそこそこカワイっしょ?」

「中途半端に自惚れるな、そこそことか予防線を張るな。驕るならもう少し驕れよ」


 調子が狂う。先ほどからリーリア・リリンという人間の性能と、性格が合致しない。

 彼女は逃走中でも凝った魔術を唱えるし、見目が良くて愛嬌も結構あるし、その割に態度が固くない。ちょっと偉そうでほんのりウザい程度で済んでいる。

 だいぶ高慢でめちゃくちゃダルい、みたいな性根になりかねない優秀さなのに。


「うーん、女子を褒めるならもっと真っすぐに褒めた方がいいっしょ。それに、ちょいと照れとる?」

「照れとらんし褒めとらん。何もかも間違ってる」


 否定しても、目の前でニコついた女はそれを受け入れてなさそうだ。それどころか、自分の中で妄想を広げて開帳する始末。


「いやぁ、人のこと褒め慣れなくって照れ照れっしょ? 隠しても、手ぇ繋いでるからもう丸わかりだし、逃げてないのがその証明だし――って、そっか!」


 いきなり煽りから悪戯の色が抜けたと思えば、新たな気づきに心躍らせる魔術使いの色になっていた。

 しかも、この脳裏にこびりつく嫌な予感は変わらない。

 右横では、発見に喜ぶ研究者然とした姿から、厄介ごとに興味を示す女子の気配が発せられている。

 本能的に足が進もうとして、肝心の身体がびくともしない。人型の錘に縛られていようと、動く手段はどこかにないか。


「ね、あんたもしかして――」


 その先の言葉を聞きたくなくても、片手で二つの耳は塞げない。そして音をどうにかしても、彼女が浮かべるだろう勝利の笑みは回避不可だ。


「あたしのこと、すきっしょ?」

「ゼッタイ、そういうと思った」


 ああ、視界の正面を占拠するアホ面がウザい。口角が上がったり下がったりやけにふにゃふにゃしていて、キミの顔は一体どうなってるのかと問いただしたくなる。


「あは、結構いい推理っしょ? 『勇者』のキミが手を無理やり払ったり振り解いたりして離れらんないのは、好きになった人に乱暴なことできないから――どうよ!」

「的中させた気で喋るな。一目惚れ相手ならもっとイイとこ見せるだろ。無様に逃げ回ってどうする」

「愛の逃避行をしたかった、的な⁉」

「凶器や魔術の雨の中で?」


 そんな奴らがいたら狂気すぎる。いや、狂人には受け入れられる動機なのか。


「あとさ、あたしへの視線が熱っぽすぎるし」

「……それは――」

「ほら、今詰まったっしょ?」


 それは自分のことをまともに見てくれる人間が初めてだからだと、ちゃんと対等に向き合える他人がキミ以外いないからだと、言えるはずもない。

 なんかイヤだ。まず拒否の感情があって、それからちゃんとした理由が心の中で検索され始めて、理由の告白は敗北宣言と同義だからだと結論付けられた。よし。


「あー、そっかー、リーリアちゃんはそこそこ美少女つよつよ魔導士だかんなー、しゃーないかなー」


 心中で内戦している間にも、向こうの勝ち誇り具合が加速。


「恥ずがんなくてもいーっていいーって。自然なことっしょ? 魅力的な女に出会って人生壊れるのはふつーだって」


 好き放題言いすぎだろう。なにか言い返したい。反抗心だけが先にあって、それに応える形で思考が巡る。考えが一周するまでもなく、返しの刃は用意できた。


「それを言うなら、キミの立場の方が……一目惚れに近い――」

「え、は?」

「だろ、と思う、たぶん……」

「いやいや、言うならちゃんと言えし! そこでやけに言い淀ってっから、なんかそのさ、ガチ感みたいなのがさ、出てきちゃうじゃん! あと違うし、あたしとあんたの立ち位置は全然別だし!」

「同じだ。それどころか、そっちの方が惚れ具合はひどいはずだ。突然出会った男の手をぎゅっと掴んで離さないなんて、ほぼ犯罪だぞ」

「ち、違うし」


 効いていそうだ。少しだけ、胸がすく。加えて人と話せているという事実が、喉のあたりを暖かくする。


「どこが違う? 熱烈におれの手を掴みにきたのはそっちだ。この事実を覆すのは、どんなに都合のいい脳でも無理だろ」

「あたしのこれは、目標となる人を見つけたとか、長年の仇に飛びついたとか、そういう雰囲気のやつっしょ!」

「カッコつけすぎだろ。大体、ただの他者を引きとめるだけなら腕でも肩でも掴めばいいはずだ。わざわざ手を手で取って、指を丁寧に折り曲げる必要なんてない」

「それは……ないじゃん! 情緒が、その、なしじゃん! 小っちゃい頃からの夢を巡る競争相手に対して、唐突に出会ったライバルに向かって、乱暴に肩掴むなんて絵にならなすぎるっしょ‼」


 張った声を受けると、身体がビリビリする。必死で懸命で、大量の情熱だけが謎に伝わってきた。

 というか、だ。


「……その言い方、余計に、なんか、アレじゃないか?」

「アレってなに――ぁっ……」


 ムカつく顔がほのかに色づく。やけに鮮やかな朱色が彼女の頬を染めて、これはこれで直視しにくい。

 その上、おれの言いたいことが伝わってしまったのもやりにくい。

 視線が二人分、パッとぶつかってサッと離れて、もう一度互いを見ようとして、同じことを繰り返す。

 相手を意識しないようにと巡らせた意識が対象を意識することになって――もうわけがわからない。すべてが絡まりあって、解こうとしてもより悪化するばかり。


「あのさ、別にさ、運命の相手とか、そういうんじゃないから、まじで。運命は運命でも、因縁の相手じゃん。将来にわたる仮想敵じゃん!」

「具体的な言葉にするな! 気まずくなるだろ、学べ!」


 ハッとした反応の後、続きが途絶える。二人の間に横たわる驚きともどかしさを、重たい無言が塗りつぶす。

 静寂を紛らわすため、おれたちは一歩二歩と進んでいく。静かな時間を引きずって、足跡を何度も伸ばして、両者に疲労が蓄積されたところで、


「そだ! いいこと思いついた!」


 間近でおれの目を見て、リーリアは言った。


「――じゃなくて、実は最初から目的あったんだよね」


 続く言葉を待つと、それはすぐに訪れる。


「あたしはさ、あんたに友達を作る。それで、あんたを『勇者』じゃなくする」


 にへーと笑って、不敵な微笑へと変化させて、彼女は好敵手に向けて宣言する。


「暗殺者をそこそこの人に囲まれた真人間に戻す代わりに、あたしこそが『勇者』に成り代わる――これって、どうよ? いい契約っしょ」 


 びしっと、長い人差し指を突き付けられる。おれの目に爪先が触れそうなほど至近かつ勢いよく、少女のやる気が迫った。


「かっこよく啖呵を切ったんだから、ふつー、イイ感じの返事するもんっしょ」

「『そこそこの人』ってなんだ。どうせなら、たくさんの友人に囲まれたい」


 ふいに、口をついた。

 ごちゃついた心の器から素手でそのまま掴み取ったような感情が、勝手にこぼれた。

 恥とすら思えない。羞恥とは無縁の、無垢な願いだったから。


「ぼっちの癖に、大きく出たじゃん」


 無謀で純粋すぎる願望を魔導士は笑い飛ばさずに、


「そういうこと言えるやつ、あたしは好き。あんた、ほんとに『勇者』じゃなきゃ、よかったのに」


 なんて風に、優しく受け止めた。

 ただの応答ですら一人の身には堪えるというのに、じんわりとした慈しみまで上乗せされては耐えられない。

 この身は、穏やかな空気で生きるのに慣れていない。乱れた息を落ち着かせるみたいに、しばらくじっとして――


「よし、探そう、友達候補! まずはあたしの知り合いから!」

「へ⁉ おい、引っ張るな――」


 これまでの一番の力で、抗うことも出来ずにおれはリーリアに従う。この状況にも慣れてきたのか、すぐに歩調を合わせることが出来てしまった。

 悲しむべきか、喜ぶべきか、おれにはまだ分からない。

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