第31話
出発してから数時間後、ようやく聖域の森へと到着した。森の中は穏やかなものであの時のような異変は感じられない。例の不思議な力も働いてるようで危険そうな魔物の気配も無かった。
「ほお、ここが『聖域』ってやつか。穏やかな森だな」
「不思議な力を感じるわね…。森全体を包み込む感じ、どういうものかまでは…私には分からないけど、ウェインはこの力が何か分かる?」
「私よりも魔法に関しては君の方が詳しいだろう? 君が分からないなら私にも無理だよ」
「そうだったわね…エルフなのに」
「……偏見だ」
「ふふっ冗談よ」
森に到着すると冒険者たち3人は集まってなにやら話し合いをしていた。聞き耳をたててみると状況の確認をしていたようだ。
すぐに状況確認を怠らないというのは、常に危険と隣り合わせの冒険者としての習性かもしれない。
「ねぇオズ?」
「このままで行くの?」
冒険者達の行動に感心していた俺に声をかけてきたのはルカとユーリの二人だった。
「このまま?」
「あの冒険者の人達と一緒で良いのかって聞いてるの」
「たぶんエルゼさん達はジョン兄が勝手に呼んだんでしょ?」
質問の意図が分からずに聞き直してみればそんな答えが返ってきた。何も伝えていなかったのに彼女達は正しく状況を理解しているようだ。
「確かにそうだが、何で分かったんだ?」
「やっぱりそうなのね。ジョン兄とは幼なじみなのよ、やりそうな事は予想がつくの」
どうやら経験則に基づいた予想だったようである。ここまでだったらジョンに対しての呆れで済んだのだが、まだ話には続きがあった。
「それに貴方が突然に不機嫌になってたのもあるんだけど」
「そうそう、ユーリちゃんのいう通りだったよ。Bは自覚ないかもしれないけど結構分かりやすいからね」
なんと俺も判断材料になっていたらしい。否定したかったのだがルカにまで肯定されては反論し難い。
「それでどうなの?」
「どうもなにもここまで来たんだ、一緒に行くつもりだよ」
反論を飲み込んで当初の質問に答える。
「それにお前達も楽しそうに喋ってたじゃないか」
「まあ僕達は良いんだけど…大丈夫なの?」
どうやらあくまでも俺の心配をしてくれての事だったようだ。
「とりあえずアイツ等なら少しは信用しても良さそうだからな」
「そう、貴方がそれで良いなら私たちは別に構わないわ。ウェインさんがウチの武器を振るうとこを見るのに興味があるのも事実だし」
とりあえず了承してもらえたようだ。今回のことで一緒に行くことを認めた理由は、あまり危機感を感じなかったからである。これでも色々経験を経た身であるから本当にヤバそうなことには予感が働くのだ。
それからしばらくして漸く石碑のある場所へと到着した。ルカ以外のメンバーに簡単にこの石碑が遺跡への入り口であること説明をする。
「んー転移させる石碑とかそれだけでも興味をそそるな~」
考古学者であるジョンが興味を示すのは当然として、その次に興味を示したのはエルゼであった。
「確かに微弱な魔力は感じられるけど…本当にコレで転移を?」
マジマジと石碑を見つめながらなにやらぶつぶつ言っている。
「おい? 遺跡に行くんだろう、観察してないで早く行かないか?」
先を促すがこちらの声が聞こえてないようで二人は観察に夢中になってしまっている。
「オズ、ジョン兄がこうなちゃったら待つしか無いよ。調査に没頭して周りなんか気にしなくなるんだ」
「エルゼの方もだな、どうやらお前さんが話した転移とやらが琴線に触れたみたいだ。こうなったら考えるのに集中して周りの声なんか届かねぇよ」
経験上分かっているのだろう、二人が諦めを含む声色で俺に伝えてきた。これは趣味人達の考察が終わるまで何も出来そうもなさそうだ。
ふと今になって遺跡に着く前にアリアに確認しておきたかった事を思い出す。今のうちに聞いておくとしよう。
探してみるとアリアは少し離れた場所にいた。近づいてみると何やら疲れた表情をしている。
「おう、何か疲れているようだが大丈夫か?」
「……ああご主人でしたか」
声をかけると項垂れていた顔をあげて力なく言葉を返してきた。元気が取り柄のこいつには珍しい様子である。
「元気がないな」
「少し疲れちゃいまして。出発してからジョンさんにずっと話しかけてられたんですよ」
出発してからはジョンの動向は気にしていなかった、アリアの方に行っていたのか。
「追い払えば良かったじゃないか」
「好意を向けてきてくれてる相手ですよ? 何か悪いじゃないですか…遠まわしにはやんわり伝えたつもりなんですけど伝わらないし」
何やら気遣っていたようだ。俺にはいつもズバズバ言うくせにどういうことだろうか。
「俺にははっきりと言うくせにな」
「え? 嫌だな~ご主人とは信頼関係があるのではっきり言えるんですよ」
そんな信頼関係はいらないから俺は気遣いが欲しい。
―――と、こんな話をしに来たわけではなかった。気を取り直そう、アリアに確認しなければならないことがあるのだ。
「まぁその話は置いておくとして。一つ確認したいんだがあの遺跡との繋がりは今どうなっているんだ?」
それは今から行く遺跡に関してのことだ。前に来た時にはこのアリアが遺跡の主人だったが今は俺と契約状態にある。それならば遺跡との繋がりはどうなったのか、そして今の遺跡はどんな状況なのか。ルナが把握していることがあれば聞いておきたかったのだ。本来ならばもっと早い段階で確認すれば良かったのだがゴタゴタで遅くなってしまった。
「ん~どうでしょうか、遺跡との繋がりはご主人と契約した際に破棄しちゃってますからわからないんですよね。でも私が居なくなっても問題が起きたりはしてないと思いますよ、機能の修復は終わらせてましたので問題ないかと。ちゃんと聖域も形成されてましたし」
「何も変わって無いと?」
「まぁ精霊である私がいなくなったので、試練を越えても願いを叶えるとかの特典はもう無いですね」
そういえばそんなこともあったか、結局力不足で何も無かったわけだが。
「あの願いを叶えるとかは万全であれば本当に出来たのか?」
「はい、それだけの力がある遺跡だったんですよ当初は。遺跡の機能が完全であり、精霊である私の力と合わさって初めて出来ることだったので今は不可能ですが」
願い云々の話はまだ納得いかないが、とにかく遺跡があの時と変わらないというなら心配する必要はないだろう。遺跡探索が始まる。皆の準備が整っているかを確認した後に石碑の近くへと集まった。
「楽しみだなぁ」
「ジョン兄、危険も潜んでるんだから油断しないでよ?」
「ルカ? それは貴女もよ。戦闘になったら私の後ろに隠れてよね」
「俺たちがいるんだ、そんな心配しなさんな」
一人能天気なやつもいるようだが、各々が言葉を交わし合いこれから始まる遺跡調査に気を引き締めている。そんな中で魔法使いであるエルゼがある疑問を口にする。
「それで転移にはどうすればいいのかしら? 調べてみたけどよく分からないのよね、前の時はどうしたの?」
どうやら魔法のエキスパートであるはずの彼女でもこの転移の方法はわからないようだ。悔しいのか若干苦々しい表情を浮かべている。
「あの時はオズにまかせっきりだったからなあ。オズは分かってるんだよね?」
その質問に反応したルカがこちらへと話を振ってきた。確かにあの時にこの石碑での転移に関わっていたのは俺であるが、どうすればそうなるかなどの情報は持ち合わせていない、全くの偶然だったのだ。
しかし、それをそのまま伝えれるような雰囲気ではなく、どうにかするしかなさそうだ。とりあえず石碑へと近づいてみて、当時のことを思い出す。
―――あの時は石碑に触れた瞬間に魔力を吸われたんだったか。
あの時と同じように恐る恐る石碑に触れてみるが魔力が吸収される等は無かった。さてどうしたものだろうか。この石碑がトリガーになっていたのは間違いないはずである。なので今度は俺から魔力を送ってみることにした。
石碑に触れて魔力を流し込むとすぐに何かの力が動き出す確かな波動を感じる。それはあの転移時に感じたものと同じだ。どうやら正解だったようである。
前に持ってかれた魔力量のの半分位まで注いだところで転移が発動する。
俺たちの周りを光が包み込んだかと思えば一瞬にして周囲の景色が変わる。森の中からあの時と同じ淡い光を放つ壁を持つ遺跡の一端へ。
「皆、大丈夫か?」
「なんとかね…」
「これが転移ってやつか―――」
声かけと共に周囲を確認すると転移に目を白黒させてはいるが、他のメンバーもちゃんと全員いるようだ。
続けて場所を確認する、周りを見渡してみるがあの時と変わらない風景、スタート地点は前回と変わらないようだ。
さて、無事転移できて良かったのだが先程注いだ魔力だが前回と違って少しで済んでいた、この遺跡の機能が復活したからだろうか。アリアに聞いてみると俺の予想通りということだった。
アリア曰く、本来であれば今回のくらいの魔力で発動する魔法なのだが、あの時は遺跡の魔力が枯渇状態だったために近くに現れた魔力の塊、つまりは俺の魔力を吸い上げたのだろうということだった。
「―――貴方大丈夫なの?」
声をかけられて振り向けば硬い表情のエルゼの姿が。なんの事を言ってるか分からず答えに窮する。
「言葉が足りなかったわね。かなりの魔力を石碑に奪われたように見えたけど大丈夫なの?」
「ん? 無論大丈夫だとも」
「……貴方、化け物か何かなの」
硬い表情のままそんな言葉をかけられてしまった。そんなことをいわれるようにした覚えはないのだが。
「――――――ご主人。半分で済んだとか言ってましたけど今消費した魔力量は常人にとっては全ての魔力を使い切っても足りないレベルですからね。ご自分が異端なことは解っておいたほうが良いかと」
首を傾げている俺に後ろにいたアリアが小声で補足を入れてくれた。つまり魔法使いであるエルゼはその魔力量に驚いたためにあんな発言をしたということか。
未だこちらをじっと見つめてくる彼女の視線は確かに異質なものを見つめるそれであった。
「くぅ~~~~ここか!! 本当にまだ機能が生きてる!! 大発見だよこれは!!」
突然のジョンの叫び声で周囲の視線が彼へと集まる。居心地の悪かったエルゼの視線もそちらへとそれてくれた。
「ど、どうしたのジョン兄?」
「奇声なんてあげてどこか頭を打ったわけじゃないわよね?」
大声を上げたジョンにルカたちが戸惑いながら声をかけているが、興奮した様子で周りをキョロキョロ見渡していて言葉が届いていない。
「おい!! 落ち着け!!」
「いてっ」
埒があかないと思ったのか呆れ顔のクルツがジョンの頭を軽く叩いて意識をこちらへと引き戻した。痛みで頭を抑えるジョンへ。
「…そんな強くは叩いてないだろうがよ」
「痛いですよ!! なにするんですか?」
「まぁまぁ、ジョンよ突然に大声など出してどうしたのだ? 頭でも打ったのか?」
「え?」
ようやく言葉が届いたらしい。自分の行動を思い出したのか顔を赤くしてあたふたし始める。
「その、ちょっと遺跡を実際見て興奮してしまったというか…」
頭を打ったわけでは無いようだ。もしもを危惧していたルカたちはそれが『いつもの』であると分かったのでホッと息を吐いている。
現状でこれとか最深部の神殿を見たらどうなってしまうのか、今更ながら不安が募ってゆくのだった。
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