第20話
悪夢とは突然にやってくるものである。
その日も、俺はルカについて村の中を駆け回っていた。アリアはいつもの如くお手伝いと村の子供たちとの遊びにと出かけており一緒にはいない。
「え~と、つぎはパルムさんの家だね…ゴホッ。…近いしユーリの家にでも寄ってみようか?」
「それは別に構わないのだが…ルカよ体調は大丈夫なのか?」
「う~ん。咳が出るけど熱もないし多分大丈夫だと思うよ」
今は薬の配達に向かっている途中なのだがその間もルカはゴホゴホと何度も咳をしている。その変調は今日の朝くらいから起きていた。
俺やルカの家族は休んだ方が良いと勧めたのだが、熱もないから大丈夫と言ってこうやって配達のために外へと出てきていた。
何件かの配達を終えて次の配達に向かっているのだがその家はユーリの家の近くであった。ルカの奴は大丈夫と言い張っているが、だんだんと足元が覚束なくなってきている。これはユーリの家に寄った際に無理やりにでも休ませた方が良いかもしれない。
「ありがとうございました~」
次の配達を終えて外へと出る。ここからしばらく行った先にユーリの家がある。
「さて、ユーリの家によってみるか?」
「……」
ユーリの家のほうに歩き出しながらルカに声をかけるが反応がない、どうしたのかと思い振り返ってみると。
「お、おいっルカ!」
フラフラしたルカが突然に倒れた。慌てて近寄って見ると息は荒く顔色も悪くなっている。
「だ、い……じょうぶ…だ…よ」
近づいた俺にそんな言葉をつぶやいてよこすがどう見ても大丈夫では無いだろう。周りを見渡してみるが誰もいない。
それを確認してから魔法を使う、風の魔法でルカの体を浮かせてとそのままユーリの家まで急いで向かう。
「ユーリ! いるか?」
「な、なに?――――って貴方か」
勢いよく店のドアを開けて中へと飛び込む、その音に驚いたユーリが慌てて駆けつけてきた。
そういえば中に誰がいるのかを確認していなかった。恐る恐る店内を見渡してみるが運良くユーリ以外の姿は見当たらない。
「ってそれどころじゃないだろが!! ユーリ!! 助けてくれ!!」
ルカが大変だというのに自分の事を気にしてしまった。そんな自分を叱咤してユーリへと助けを求める。
「な、何よ突然―――ってルカ? どうしたの?」
俺の言葉に一瞬戸惑った様子のユーリだったがぐったりした様子のルカに気がつくと慌てて近寄ってきた。
ユーリの近くへとルカを下ろすと、ユーリは熱はあるか、呼吸は大丈夫かなどルカの状態を確かめている。
それが終わると一体どういう状況かを強い口調で問い詰めてきた。
「ちょっとっどういうことなの? すごい熱じゃない!! どうしてこんな状態になってるのよ!!」
「分からん、配達の途中に突然倒れたんだ。体調は悪そうだったがさっきまではこんなに酷くなかったんだ…慌てて近くだった君の家にまで運んできたんだが」
早口で現状分かる事と倒れた状況を説明する。
俺に病に関する専門的な知識はない。だがここまで急変するような病ともなれば明らかに異常だということくらいは分かった。
ユーリならばあるいはと思い尋ねてみるが彼女にも心当たりは無いらしく彼女も首を横に振った。
「分からないわ…。 私じゃどうしようもないけどまずはルカの家まで運びましょ!! 病について一番詳しく知っているのはティナさんたちなんだから!!」
そうだった、この村で一番病に関して詳しいのは薬師の一家であるルカの家の者達である。ルカ自身も薬師であり、前に見せてもらった薬の効果を思い出す。見習いであるルカですらあれだけの効果を生み出す薬を作れるのだ。彼女の祖父であれば、たとえ少し特殊な病だったとしても直ぐに治せるかもしれない。そう思い急いでルカの家へと向かった。
◆ ◆ ◆
「……この症状は」
「どうなんですか!! グランさん!!」
ルカの家に到着すると、ドンドンと戸を叩く。出てきたティナさんがユーリに背負われたぐったりしたルカを見て顔を真っ青にしてしまった。取り乱しそうになる彼女を宥めて事情を説明する。
一番病気等に詳しいのはルカの祖父であるグラン。彼に病状を調べてもらう。確認を終えたグランの声が少し暗い、何かマズイことでもあったのだろうか?
「この症状はメルクルス病だろう…」
メルクルス病、聞いたことのない名前であった。それはユーリも同じだったようでグランに聞き返している。
「メルクルス病? それってどんな病なんですか? まさか不治の病とかじゃないですよね!!」
「いや薬を飲めば治るはずだ…」
薬があれば治るのであれば良いことではないだろうか、にも関わらずグランが渋い顔を浮かべているということは…まさか。
「…もしかして薬がないんですか?」
ユーリも同じ考えに思い至ったらしい。その問にグランは頷くと更に説明してくれる。
「ああ、そうなんだ。 この病自体珍しいはずなんだが最近になってこの村で流行し始めてな…」
流行病とはかなりやばいのではないだろうか、辺境の村でとなれば悪夢と言って良いレベルである。
しかし薬が存在するとすればグランであれば作れそうなのだが――。
「グランさんならその薬を作れるんじゃないですか?」
俺の考えを代弁するようにユーリが言ってくれる。
「確かにワシはその薬の製法を知っておる」
「それだったら!!」
「だがそれに必要な材料が一つが足りないのじゃよ」
ぬか喜びしかけたユーリを制してグランが顔を顰めている理由を明かした。
「だったらそれを取りに行けば良いじゃないですか!!」
それに思い切りユーリが反論をする、確かに足りないならばそれを取りに行けば良い、それは道理である。ただグランもそれは分かっていることであろう。
「そうもいかんのだよ…。必要なのは月下草という珍しい薬草でな。ここらで生えているとすればここから聖域のさらに北へ行った山脈の山頂付近なんじゃが。行くだけでも一苦労なのに更にあそこはグリフォンの住処になっていてな。近づくものを容赦なく襲ってくるんじゃよ…。
グリフォンの強さは生半可な腕の者じゃ太刀打ちは出来ないのでな…今腕の立つ冒険者にお願いしているところじゃ。」
グリフォンときたか…。幻獣の一種である奴らの相手はにそこらの一般人には荷が重いかもしれない。
「それはいつになりそうなんですか?」
「……それが分からぬのじゃ。 何しろこの村は辺境じゃからの、となり村まで走ってもらってるところじゃ。本来ならワシが取りに行きたいのじゃが、村の患者たちを放っておけないのでな…」
どうやら症状を抑える薬を作っていたところだったらしい、それをベットに寝かせたルカへと飲ませる。先程まで険しかった表情が少し落ち着いたようだ。
「この薬で症状を遅らせることは出来るが…早くせんと命の保証は出来んのじゃよ」
その言葉に重い空気が流れる。つまりは時間との戦いというわけか。
周りを見れば、ティナさんは今にも泣き出しそうな顔をしている、それをアリアが慰めていた。グランも自分の力が及ばぬことに顔を顰めている。
その時―――ガタンと椅子が倒れる音がした。
見れば先程まで唇を噛み締めて横になるルカをじっと見つめていたユーリが突然立ち上がっていた。
「だったら私が取りに行ってくる!!」
そしてそう言い残すと家から飛び出してしまった。その一瞬の出来ごとに呆気にとられていた周りだが、しばらくして慌て出す、いくらなんでもユーリ一人でグリフォンの縄張りに行くなんて無茶であった、ユーリ一人で行けるような場所ではないのだ。
周りが慌てる中、アリアが様子を見てきますと言ってユーリを追いかけてゆく。俺もそのあとへと続いた。
外に出てすぐにアリアには追いついたのだがユーリの後ろ姿はすでに見えない。
「どうしますか? ご主人」
家から少し離れたところで投げかけられたアリアからの質問。聞かれるまでもなくその答えは決まっている。
「もちろん助けるに決まってるだろう?」
そう即座に返す、ルカとはまだ短い付き合いではあるが見捨てられるほど俺は薄情ではない。後はどんな手段を取るかが問題なのだ。
「ではご主人がグリフォンの住むという山に行くのですか?」
グランの言っていた薬草を手に入れてくる。それが今出来る方法では最適かもしれない。
「そうだな。行くのが面倒ではあるがそれ以外はどうってことないからな」
俺の言葉に、流石です、と冷やかしてくるアリア。一瞬はたいてやろうかとも思ったが今は無視して少し考えを巡らせる。
出来ることなら治癒魔法で治してしまいたいところではあるのだが、今のこの身は魔法の制限を受けている。軽い症状ならどうにか出来るが、ルカの病を治すには少なくとも上級以上の魔法がいる。現状の俺では不可能。アリアの手を借りれば或いはとも思ったのだが…
「お前の魔法でも治すのはやはり無理か?」
「治せるのならもうやってます。ご主人と同じように私も万全ではないのです…悔しい限りですよ」
アリア自身も例の事件の消耗から完全回復には至っておらずに治癒魔法による治療は出来ないとのことだった。俺が与えた魔力のほとんどは聖域の補修に与えたらしく、それも未だに途上。治癒魔法に回せるキャパシティがないらしい。
ルカの病を治すための手段は実は他にもある。それは奥の手とも言って良い方法。魔法としてのランクは関係なく現状でも使用可能。それを使えば瀕死であっても完全に復活させることができる。ただ、それは簡単に使って良い方法ではない。それを使えば確かに復活させることはできるが、その見返りとして求められるものは人道に反する類いのものなのだ。
それをルカに求めることになるのは俺の望むことでは無い。なので今は現状出来る最良の手段を取ることにしよう。
まずはユーリに追いつかねばなるまい、準備をするために一度は家へと帰るはず、そちらに向かえばまだ追い付けるはずだ。
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