第21話

ユーリの家の前まで来ると中から言い合いが聞こえてきた、それも外まではっきりと聞こえるほどの大声だ。


「お前一人でなんて無理に決まっているだろうが?」

「お父さんには関係ないでしょ? それにそんなの行ってみないと分からないじゃない!!」


 言い合っているのはどうやらブラムとユーリの二人、大方ユーリが一人で出かけようとした事で揉めてるのだろう。


「とにかく、私行ってくるから。それじゃあね」

「待て話はまだ――――っ 」


 言い合いはしばらく続いたがブラムの言葉を断ち切るように誰かが中から飛び出してきた―――それはやはりユーリで、背中には出かけるための荷物を背負っている。


「あっ――――」


 俺たちと一度目が合うがすぐにさっと視線をそらして背をむけ走り去ってしまう―――まったく世話が焼けるというべきか、危険と分かっている旅に彼女一人だけで行かせられるはずもない。それくらいにはユーリに対する愛着はすでにあった。


 先ほどと同じように見失うわけにはいかない。今度はすぐに追いかけたので村から出るまえに追いつくことができた。


「――――何よ? 貴方たちも私を止めに来たの?」


 こちらの気配に気づいたらしいユーリが足を止め振り返りざまにそんなことを聞いてくる。俺が追いかけてきた理由をそちらの意味でとらえたようだ。そんなつもりはない―――そう答えようとしたが彼女の言葉には続きがあって…。


「無茶だとしても、ルカが苦しんでるのに何もしないなんて耐えられないの!! お願いだから黙って行かせて!」


 それは恐らく彼女の本心からの叫びだったのだろう。何と言ってもユーリとルカは親友と呼べる関係であるのは間違いなく。その相手が苦しんでいるのであれば何かしてやりたいと思うのは当然の事。言いかけていた言葉はひとまず飲み込む。ユーリはそれを了解の意味と受け取ったのかまた走り出そうとする。


「何よ?」


 しかしそのまま行かせるわけにはいかない。魔法で脚を強化して跳躍、ユーリの前に先回りして道を塞ぐ。道を塞がれたユーリは不満そうだがこうでもしないと彼女はこちらの話を聞いてはくれないだろう。


「まぁ待て。 俺は行くのを止めるつもりはない、ただ一人は無茶だと言ってるんだ」

「誰も行こうとしないんだから仕方がないでしょ。 冒険者を待つなんて私は無理よ―――」


 こちらの言い分が正論だと分かったとしても受け入れられるかどうかは別の問題。今のユーリにこんな話をしても無意味な事。そうであるならばやることは何か。

 それは解決策を提示することであり。今回の場合であれば、彼女の安全を確保して例の薬草を確保するということ。その策は至極単純な方法で解決できる。


「そう焦るな、なんということはない、ただ俺も一緒に行こうって話だ」


 簡単な話、俺も一緒についていけばなんの問題もない。


 万事解決――――我ながら良い案だと思うのだがユーリは何故か訝しげなままで。


「貴方が一緒に来るの? …アリアちゃんが一緒に来てくれるなら心強いんだけど」


 その理由はまさかの不満。俺では役不足と言いたいらしい。ユーリは俺の力を知っているはず、なのに何が不満だというのだろうか。


「何が不満なんだ?」


「…だって確かに貴方が凄いのは知ってるけど、何か同時にやらかしたりするじゃない」


 辛抱堪らず疑問をそのままぶつけると返ってきたのはまさかの答え。そんなことはない、そう言い切りたかったのであるが…言われればユーリと一緒に何かした時といえば…最後に大爆発を起こさせたり、びしょ濡れにしたりというのが続いていた気がする。


「もちろん私も行きますので安心してくださいね☆」

「それは助かるわ」


 さっきまで黙っていたアリアが会話に割り込んできた。なんだこの今度こそ万事解決といったような雰囲気は…納得いかない。

 それにアリアはついてくるつもりのようだが、それは別の理由から却下せざるおえない。


「いやお前は残れ」


「何でよ?」

「…どうしてですか? ご主人」


 止めた俺を二人して詰ってくる。ユーリは明らかに不満そうに。アリアの方も止められるとは思っていなかったようで不思議そうな様子で俺に理由を問うてきた。


「お前にはルカの傍にいてほしいんだよ。様子が分からなければ不安でしかたないからな」

「あ~なるほど…そういう理由ですか。ようは連絡役というわけですね」


 俺とアリアは契約により繋がれているためにどんな離れていても連絡を取り合うことができる。そのためにルカの状況を把握しておくためにここに残して行きたかったのだ。


「そっか…残念だけどそれなら仕方がないわね」


 納得はしたようだが明らかにがっかりした様子のユーリ。ここまでされると流石に俺も凹みそうである。


「ん~…あっそれなら」


 ユーリを慰めていたアリアが何か思いついたらしく小さく呪文をつぶやいた。彼女の肩に現れたのは銀色の一匹の小鳥。そしてその小鳥をユーリへと渡す。


「何? この子」

「私の分身みたいなものですよ」

「分身?」

『このように離れていても私と話せるってことですよ』

「え?」

「この小鳥を介して私と話せるって」 『事ですよ』



 ユーリは驚いたのはアリアと同じ声で小鳥が喋ったからだった。なるほど、使い魔の一種といったところだろう。未だ理解できていない様子のユーリにアリアは簡単なデモンストレーションで説明する。


「すごい!ありがとうアリアちゃん」

『どうってことないですよ☆ これでユーリちゃんも多少は安心できますか?』

「ええ、心強いわ」


 ようやく理解したユーリが目を輝かせている。だからそういう反応はこちらが落ち込みそうなるので止めてほしい。


 ―――と、落ち込むのは程々に丁度良いタイミングであるのに気が付いた。小鳥へユーリの意識が向いているうちに確認を済ませておきたいことがあったのだ。小声でアリアへと話しかける。


「――――おい」

「何ですか?」

「前に使ってみせた転移は使えるか?」

「無理をすれば出来なくはないですが…大量の魔力が必要ですよ?」

「なら大丈夫だな」


 確認したかったのは前に使っていた空間転移を使えるかどうかだった。その問にアリアは魔力が必要と答えたが契約した今では俺の魔力を代用出来る。つまり空間転移は利用可能だ。これで仮にルカの容態が急変しても急ぎ戻って例の最終手段を使えるだろう。アリアを残したかった本命の理由はこっちなのである。


「仕方がないわね、行きましょうオズ。 ついてきてくれるんでしょ?」

「おう、では行くとするか」


 なんやかんやあったが話はようやくまとまりいよいよ出発だ。メンバーは俺とユーリと例の小鳥。


「村の皆さんにはうまく伝えておきますのでご安心ください」

「じゃあ行ってくるわ。アリアちゃん、ルカをよろしくね」

「先ほどの件も含め頼んだぞアリア」


 ユーリが出かけることについて誤魔化すのは残るアリアへと任せた。最後に一声アリアへと声をかけ歩き出す。目的地は北にある月下草の生える山脈だ。


 

◆ ◆ ◆ 



 最初に向かうのはあの聖域の森。その森を抜けてさらに奥にある山脈まで行くのだが、馬などをは使えない。その道のりが険しくただ馬を走らせるだけでも難しいのである。軍用馬などであればまだしも村にそんなものがいるわけもなく、結論とすれば連れて行くだけ無駄なのだ。そのためにひたすら歩いて進む。時間が惜しいので自然と早歩きになっていた。


「このペースで大丈夫なのか?」

「私は平気よ、ついて来れないなら村に残る?」


 こちらの気遣いにもツンケンとした態度を取ってくるユーリに苦笑いが漏れる。一人で出発しようとしていた時ほどの焦燥感は感じられず、彼女らしさが戻った事に良かったとでもいうべきか。


「俺の方も大丈夫だ。後で弱音を吐くなよ?」

「ふんっそれはこっちのセリフよ!!」


 言い合いを続けながらハイペースで進んで行く。その間スピードは衰えず、彼女が弱音を吐くことも無かった。


 親友のために無我夢中で進む。ルカよ―――お前は良い友をもった。やはり俺はユーリのことを見捨てることなど出来そうもない。

 


◆ ◆ ◆



「……そういえばこの近くだったな」


 村を出てから二時間ほどが経った。休むことなく歩き続けて早くも遺跡のある聖域の近くまでやってきていた。


 ここから少し右奥に行けばルカと俺が最初に出会った場所だったはずだ。あれからそんな時間は経っていないのだが随分昔のことのように感じる。


「何立ち止まってるの? 早く行きましょ」


 突然に立ち止まった俺をユーリが先を急ぐように急かす。軽減は出来ても焦りを完全になくすことなどできない。その声には若干の苛立ちが篭っている。


「そう急ぐな、焦っても仕方がないだろう?」

「今もルカは苦しんでいるのよ!! 焦らないわけがないじゃない!!」


 俺の言葉にもユーリは激昂して食ってかかってくる。それに俺が返そうとすると横から小鳥が割り込んできた。


『まぁまぁ、ここで言い争っても仕方がないですよ。それにユーリは確かに焦りすぎですよ、グランさんが手を尽くしてくれているんですからまだしばらくは大丈夫ですよ』

「……」


 小鳥から聞こえてくるアリアの声でユーリは一端落ち着く。

アリアの言葉の通りに優秀な薬師であるグランさんがついているのだ、あまり悠長には出来ないが焦り過ぎる必要もない。


『ここまで休みなしで来てるんですからそろそろ休憩を取ったほうがいいですよ? 辺りも暗くなってきましたし…野宿の準備をしたほうが良いかもしれませんね』


 空を見上げるとその言葉通り日が傾き夕暮れ時になってきていた。


「…そうね」


 ユーリもその言葉に納得してこの場所で野宿することになった。

 


 野宿の準備をする、そう言っても火を起こすだけであるが。近くにあった小枝を集めて火を起こし終わった時には既に真っ暗となっていた。


 その焚き火を挟んで向かい合い暖をとる。パチパチと燃え盛る火越しに見えるユーリは不安そうな表情をしている。無言のまま持ってきた乾パンなどで簡単な食事をとった。


 そんな中、またルカと出会った時の事を思い出す。


 あの時も焚き火を挟んで休憩をとっていた、火をつけるのに俺が魔法を使うと驚いたなんてこともあった。先程も魔法で火をつけたのだが俺の魔法に慣れたユーリは特に驚くことは無かった。


「何を見ているの?」


 そんな風に物思いに耽っているとユーリが声をかけて来た。その言葉に我に帰る、自分でも気がつかないうちに遺跡の方向をずっと見つめていたらしい。


「ちょっとな…ルカとあった時のことを思い出してな。 ここからちょっと行った先が出会った場所なんだ」

「あ、この場所って……そういえばそんな話をしていたわね、なんでも森の中心に遺跡に繋がっている石碑があるとか…。」


 俺の話に興味を示すユーリ、そういえばルカから話を聞いていたんだったか。


「何だ興味があるのか?」

「……ないわけじゃないけど、今はそれどころじゃないでしょう?」


 確かに今はそんな暇はない…しかしそれならばと―――


「だったらルカが元気になったら一緒に来てみるか?」


 思いつきでそんな提案をしてみた。


「―――それは良いわね。ルカが元気になったら一緒に行きましょうか」


 するとユーリは少し驚いた後にそう言うと、出会ってから初めての微笑みを俺に見せたのだった。


 


 その後、見張りは俺がすると言って無理やり寝かせる、やはり疲れていたらしくすぐに寝入ってしまった。


 見張りを続けるうちも先程見たユーリの微笑みが頭に焼きついて離れなかった。


「……あんな顔も出来るんだな」

『なんの話をしてるんですかご主人?」


 思わずこぼれた言葉を聞きつけた小鳥が近寄ってきた、そして聞こえてきたアリアの声はどこか面白がってるようだ、感づかれているらしい…。


「なんでもない!!」


 居た堪れなくなった俺はそう言って話を無理やり終わらせたのだった。

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