第13話
「そうだった!オズ、大丈夫?」
ようやく解放されたルカがこちらへ駆けてくる。そして抱き上げられたところで小さな声で返事を返す。
「大丈夫だ。アレがお前の言っていた『親友』って奴なのか?」
「そうだけど…どうかしたの?」
俺の棘のある言い方に気づいたのだろう、ルカが不思議そうな表情を浮かべる。先ほどのアレコレは見てなかったようである。ただ今確かなことはあの少女、ユーリに対する俺の第一印象は最悪だということだ。まあ理解できないこともない行動ではあるが矢で射られたのも事実なのである。
「あの…ルカ?」
「どうしたのユーリ?」
二人で小声で話しているとユーリが伺うように話しかけてきた。
「その小動物ってもしかしてルカが飼ってるの?」
「飼ってるていうか……まぁそんな感じ?」
ユーリの言葉に少しお茶を濁すように答えたルカ。詳しい事を説明するわけにもいかないためにそうなったんだろう。一方でその返答に徐々に顔色を青くした様子なのはユーリだ。知り合いの飼っているペットを間違いといえど矢で射たのだから当然の反応だろう。
「ごめん!! 間違ってさっき弓で射っちゃたの…怪我はなさそうだけど…ゴメン! キミも本当にごめんね」
頭を下げて説明とともにルカに謝ると俺の方にも謝罪の言葉をかけてくる。隠すこともなく正直に自分の非を認めるあたり、彼女もまた根が悪い人間ではないのかもしれない。
横ではその話を聞いたルカが目を丸くしてこちらをちらちら見てくる。先ほど棘のある言い方をしたせいか俺の機嫌が悪いと思っているのだろう。俺としては素直に謝られたこともあり怒りはすでに落ち着いてきていた。そもそも狩人に小動物(現在の俺)を撃つなという方が無理だと気付いたのだ。
「…ルカのペットを撃つなんて私何してるんだろう…昔から肝心なところでうっかり――――」
「ちょっとユーリ!落ち込み過ぎだってば! 無事だったわけだし、そんな気にしなくても…良い…よね?」
ただユーリの反応が予想以上過ぎて面白く、つい悪戯心が湧いてしまう。ルカの視線に顔を背けて機嫌の悪いふりを続ける。それに動揺するルカとその反応でさらに動揺するユーリ。それからしばらくの彼女らのドタバタは俺の期待通りに『見ている分には』面白かった。
「オズ…ユーリも悪気があったわけじゃないと思うんだ、ここは許してあげてよ? ね?」
それからしばらく経って十分満足できた。演技をやめてもう怒ってないことを伝えると疲れ果てた様子でルカはほっと息を吐く。
「ユーリも顔を上げてよ。オズも…この動物の名前なんだけど許してくれるって」
「分かったわ…本当にごめんね」
一方のユーリも最初と比べても随分と元気が全くなくなってしまっている。そのしおらしいともいえる姿には若干の罪悪感を覚える。うん……子供相手にふざけ過ぎた少し反省しよう。
…そういえば前に『アイツ』とも同じようなやり取りをしたことを思い出す。あれから何年か経つはずだが全く成長していないらしい。苦笑いとともに寂寥感を感じる…『彼女』はいまどうしているのだろうか。
◆◆◆
その後三人…いや今は俺は動物なので、二人と一匹で村まで向かっていた。先程まで気が塞ぎ込みがちだったユーリもようやく調子を取り戻し始めていた。
「本当に無事でよかったわ…。心配してたのよ」
「…ごめんね。それとありがとう、心配してくれて」
ユーリが言っているのは先日の遺跡で行方不明になった件だろう、その互いを気遣う言葉からは確かな絆を感じた。
「本当なら会ったと同時に叱りつけてやろうと思ってたんだけど…タイミングを失っちゃったわね」
「ははっ」
ユーリの言葉にルカは乾いた笑いを返している、タイミングというのは先ほどのいざこ
ざのことだろう。
そういえば怒鳴られるかもしれないとか言っていたような気がする。
「それでその動物とはその時に出会ったの?」
「う、うん色々とあってね…」
俺の事へと話がシフトしたところでルカがふと意味ありげな視線を向けてくる。大方ユーリに具体的に説明しても良いかということだろう。
ルカの家族にも説明していないことなのでその辺りは後で要相談だろう、ひとまず今は
無視をする。
こちらの反応が得られなかったルカは何とか誤魔化したようだ。詳しい話を聞くのは無理だと悟ったのかユーリも別な話へと話題を移していった。
「その手に持ってるのはどうしたの?」
「へへっ。さっき森の中で見つけたんだ。この植物も薬の材料になるんだよ?」
さっき調べていた植物の話のようだ。ユーリがその答えを聞いてクスッと笑っている。
「相変わらずみたいね。小さい頃から貴方はそうだったわよね。森で遊んでいたらいつの間にかいなくなってて…ジョンと一緒に慌てて探したら近くで植物の採取に夢中になってるんだもの」
「あはは、言われてみれば記憶があるような」
「薬草の事となると周りが見えなくなるのよね」
ユーリの言葉にルカが若干赤くなりながら答えている。確かにあの時のルカは問答無用だった、あれはいつものことらしい。
「あと話は戻るけど貴方が行方不明になった時、貴方が悪い人に騙されて連れて行かれた
んじゃないかって心配だったよ」
「それって…」
「直ぐに人を信じちゃうから…今回は大丈夫だったみたいだけど。気をつけてよね」
「僕だって誰彼構わず信じてるわけじゃ…」
何やらルカは反論したそうな様子だったがこれに関してはユーリのほうが正しいだろう。森で初めてルカにあったときのことを思い出す。あの時は明らかに怪しかった俺を簡単に信じたことから、こいつの周りはかなり苦労してるだろうな、と思ったものだったがその予想もどうやら当たっていたようだ。
色々な情報を知るうちに気がつけば村へと到着する。村まで戻ってきたところでどうやらルカの家に向かうらしい。家のすぐ近くに建っている薬屋としての店舗までやってくるとその店の前にはルカの母であるティナさんの姿があった。
誰かと話し込んでいる様子であったが相手の姿はまだ見えない。
「こんなところで何してるの? お父さん」
「ん? おおユーリか、ちょいと用事があってな。」
姿が見えたところでユーリが直ぐに声をかける、そこにいたのはユーリの父親であるブラムさんであった。そういえば今朝あった時にティナさんに用事があると言っていたのを思い出す。確か届け物があるとか言っていたような気がする、その包丁を届けに来たのだろう。
「あら二人共、おかえりなさい。ユーリちゃんにちゃんと会えたみたいね。」
こちらに気づいたティナさんが声をかけて来た。
「ただいま、うん、少し時間がかかちゃったんだけどね。ちょっと家で話そうかと思って来たんだけど良いよね?」
「あら、そうなの。それなら後でお茶を持って行くわね、ゆっくりしていってねユーリちゃん。」
「ありがとうございますティナさん。それじゃあお邪魔します」
ティナさんは笑顔でこちらを迎え入れたあとブラムさんへと声をかける。
「そうだブラムさんもご一緒にお茶でもどうですか? ルカの件でブラムさんにもお世話になりましたしユーリちゃんには色々とお手伝いまでしてもらっちゃってお礼がしたいと思ってたんですよ」
「そうですか、せっかくだからお邪魔させて貰おうかな」
「――――ちょっと待ってお父さん」
ティナさんのお誘いに若干疎剛を崩して応じようとしたブラムさんだったがユーリによって止められてしまった。
「今日ってお店の方で約束があったはずよね、もう昼になるけど大丈夫なの?」
「―――――あ。 すみませんティナさんせっかくのお誘いですが次の機会に。次は絶対にお受けしますので」
ブラムさんはユーリの言葉に急に顔を青くするとティナさんに断りを入れて店へと戻っていった。それを見ていたユーリが横でため息をついてボソッと小さく何かをこぼす。
「はぁ……いつもティナさんの事となると急に周りが見えなくなるんだから」
その横ではルカがずっと苦笑いをこぼしていた。
部屋まで戻ってきたところで先ほどの事について小声でルカに訪ねてみた。明らかにティナさんの前で態度がおかしかったブラムさん……これはやはりアレなのだろうか。
「……そうなんだ、ブラムさんは母さんのことが好きらしくてね、いつもあんな感じだよ」
多少ためらいながらも答えてくれるルカ。どうやらあれはいつものことらしい、周りから見れば好意を持っていることは丸分かりなのだが当事者であるティナさんは気づかず、ブラムさんはブラムさんで隠し通せてるつもりらしい…厄介な。
「僕たちとしては上手くいくならいくで良いと思ってるんだけどね…」
どうやら子供達としては反対する気もないらしい本人たち次第というところか…ん待てよ。
「そういえば君たちが居るということはどちらも既婚者だろう? 君の父とユーリの母はどうしたんだ?」
ふと一つ疑問が浮かんだので聞いてみた。それに一瞬驚いたような顔をしたあとに答えてくれる。
「そういえば教えてなかったね…。僕の父さんは僕が生まれてすぐの頃に森で獣に襲われて死んじゃったんだ、その何年かあとにユーリのお母さんも病でね…」
姿が見えないとは思っていたがそういう理由だったようだ、悪いことをしてしまったようだ。
「すまん」
「いや大丈夫だよ、もう昔の話だから。 ただ片親で苦労して僕たちを育てて来てくれたのは知ってるから…二人には幸せになって欲しいんだよ。これが僕たちの本音かな…口に出すとちょっと恥ずかしいね」
そう言って照れるように微笑むルカ。どうやらルカ達にも色々あるようだ、その家族を思いやる姿が俺には眩しく思えた。
「ちょっとルカ? 誰と話してるの?」
「あ、いや独り言だよ!」
「そうなの? 変なルカ」
二人でコソコソ話していたところでユーリに声を掛けられる、そういえばユーリもいたんだった。危ない危ない少し怪しまれてしまった。
しかし先ほどの話を聞いたあとだとユーリの姿も違って見える、冷たく見えた父親への態度も愛情の裏返しというわけか……いわゆるツンデレさんなのだろうか?
俺がくだらないことを考えているうちに話はどんどん進んでいく。
「――――それでね、井戸水が少しおかしいんじゃないかって話が出てるの」
「え? 今朝使ったけど普通だったよ?」
「全部が全部じゃなくてまだ一部の井戸だけらしいよ?」
「そうなんだ…心配だね。他の井戸にまで広がらないと良いんだけど」
ふと気がつけば何やら不穏な話が聞こえたような気がしたのだが―――
「お待たせしたわね。お茶持ってきましたよ~ クッキーも持ってきたから一緒に食べてね」
「ありがとうお母さん」
「ありがとうございます」
聞き耳を傾けたところで話は終わってしまった。その後に先ほどの話に戻ることはなく、他愛ない話が日が傾くまで続いたのだった。
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