第14話

俺がこの村に来てから十日ほどが経過していた。ルカは毎日の家の手伝い兼薬師の修行や、お使い、たまにの友人との交流など忙しい日々を送っている。


「こんにちは!!」

「あらルカちゃん、こんにちは。今日も元気ね」

 

 そのルカについて回っていたことで色々とこの村について知ることが出来た。口数の少ない猟師のおじさん、噂好きの農家のおばさん、心配性の道具屋のお姉さん、色々な人たちと屈託なく話すルカ。

 

 普通であれば人の集まりがあれば悪人も善人もいるはずなのだが、どの人物も驚く程にお人好しばかりだった。それにはこの村が裕福なことも理由としてあるのだろう。

 

 この村は辺境と言って良い場所に位置しているらしく外部との交流は少ないようだが。それでも豊かと言って良い状況なのは周りにある自然の恵みによるものだ。三方を森に、残り一方を山にと囲まれたこの村がそれらの自然から受けている恩恵は大きい。山にある水源によって水に困ることもなく、そこから流れて来る川から漁れるれる魚たち。森からは果物や薬草などが採れ、獣も多いが魔獣などの手に負えない存在がいないためにそれすら恵と言えるだろう。


「本当に恵まれているな…」

「何か言った?」

「…いやなんでもない」


まさに理想的な環境だった。どんなに自分たちが恵まれているのか比べる対象のいないこの村の住人たちは気づいていないのかもしれない。全く一昔の俺であるならば妬ましく思ったであろう豊かさであった。



「…なのに俺の食事は相変わらずなのか、はぁあ」

「どうしたの? 突然ため息なんてついて」


 今日も今日とて薬の配達おてつだいの真っ最中である、村の外れに住む老夫妻の家へと向かっていた。


「いや俺の食事に関しての事なんだけど。そろそろどうにかしてもらえないものかね?」

「うっ――そ、それは…」


 俺が答えるとルカは言葉を詰まらせて困った表情になってしまった。そう、俺のため息の理由とは食事に関することである。

 ルカが何とかすると約束してくれた食事であったが相変わらずの状態であった。


「いつになったら普通の―――餌ではなく人間用の食事が出来るようになるのかな?」


 少々意地の悪い質問であるのは理解しつつも言ってしまう。

 実際問題としてたまにルカがお弁当のような形で持ってきてくれていたのと、俺の好みだと思われたのかティナさんが毎日出してくれているスープがなければ既に爆発していたと思う。…我ながらしょうもない理由だとは理解はしているが。


「う~…。 ってあれ? なんか集まっているみたいだけど…」


 答えに窮したルカが云々唸っているうちにどうやら目的地へと到着ようだ。見れば目的地である老夫婦の家の近くに人が集まっているようだった。何かあったのだろうか?


 近づいて行くとその中の一人の老人がこちらに気づいたようで声をかけてきた。


「おやルカ、どうしたんだい?」

「こんにちは、チャールズさん。頼まれていたお薬を届けに来ました。」

「お~そうじゃった、わざわざすまないの」


 どうやらこの老人が薬を届けに来た目的の人物だったようだ。薬の入った袋を渡したあとに何かあったのかをルカが尋ねる。


「実は井戸水の様子がおかしくての、水が濁ってしまっているのじゃよ。少し前から予兆はあったのじゃが今朝頃に確かめたら悪化していての」


 チャールズ老の話では今朝頃から井戸水が濁ってしまったらしく近所の人たちと相談していたところだったらしい。しばらくの蓄えはあるので今はまだどうにかなっているようだが、それがなくなるまでに元に戻るかも定かでなく、原因についても不明であるらしい。そういえばユーリ小娘がそんなことを話していた気がする。


 とりあえず出来ることもないということでチャールズ老に挨拶をして家に戻ることにした。ところが家まで戻る途中でいたるところから同じような会話が聞こえてきた。


その内容とは―――曰く


―――突然に水が濁ってしまった


――村にあるほとんどの井戸がダメになってきている


――原因は分からない


――水神様がお怒りなのでは?


――全体であるなら水源に問題があるのでは?


 などなど。迷信から憶測まで色々なものが飛び交っていた。――とここで噂の中のあることが気になったのでそれをルカへと確認してみる。


「ルカよ。さっき噂で水神の祟りとかいうのが聞こえていたが生贄の風習なんてないよな?」


「え? イケニエって何?」


 生贄の言葉自体知らないようだ、簡単に説明すると―――


「なにそれ、そんなことするわけないじゃない。変なこと言うなぁオズは」


どうやら大丈夫のようだ、過去にそういった風習がある村を知っていたために気になってしまったのだ。その後も聞こえてくるそれらの話に嫌な予感を感じながらも家路へと急ぎようやくルカの家へと到着する。すると家の近くにある井戸の周りへとティナさんたちと近所の人たちが集まっていた。


「どうしたのお母さん?」


 その中に母親ティナさんの姿を見つけてルカが話しかける。


「ルカ…井戸水が濁っちゃったらしいのよ」


 案の定、井戸の話であった。やはりこちらでも同じような事態が起こってしまったようだ。


「他の場所でも似たような状況みたいだったよ? どうしてこうなっちゃったんだろう?」

「噂では山の水源で何かあったらしいって話なんだけど…」


 話では家の方に非常用の蓄えがあるらしく二週間くらいは大丈夫らしいが…さてどうしたものか。


さてどうしたものか―――と考えたのだがひとまず放置することにする。最初から村の問題に部外者である俺が口を出すのは何か違うように思う。


もしも中々解決しないようであればそれからでも遅くはない…―――そう考えていたのだが


「しばらく水の節約をしないといけないわね・・・スープも暫くやめたほうがいいのかしら」


ティナさんのその言葉を聞いて方針を一転させる。


「よしルカよ。さっさと解決させるぞ」

「突然だね」


ルカは驚いた顔をしていたがスープの話が出た今、俺にとっては死活問題である。


何としても早急に解決せねば!


 調べないことにはまだ何も分からない。とりあえず村を回って聞き込みをする、もちろん話をするのはルカの担当だ。井戸の異変は今から一週間位まえ、ちょうど俺がこの村にやってきたあたりらしい。こう言うと俺が原因だと思われそうだが関係ない…と思いたい。とにかくその日から徐々に異変が大きくなっていき現在に至るらしい。


この影響下がどこか一つではなく村全体に及んでいることから水の流れ出る水源自体に問題がある可能性が高そうだ。それと聞き込みを行ううちにある気になる話しが耳に入ってきた。この村の水源は東にある山脈にあるのだが、その山に行った猟師が大きな獣の遠吠えらしき声を聞いたという話しだった。

 今まで何度も山へと行っている猟師が初めて聞いたということでその時期は異変と被っていた。もしかしてと関連付けるのは穿ちすぎだろうか。

 この二つに関連があるかはまだ不明だがとりあえずその山へと向かってみることにした。





一度家へと戻って準備を整える、そこまで遠くない場所のようなのでどうにか日暮れ前までに帰ってきたいところである、ルカの家族には近くの森まで薬草集めに行くとだけ伝えて出発する。

 正直に伝えても良かったのだが危険だからと反対される可能性もある。俺がいるので心配はないのだがそれを説明は出来ない、渋るルカを説き伏せて嘘を伝えさせた。嘘も方便だろう。


「あれ? ルカじゃないどこに行くの?」


村の外れまで来たところでユーリに見つかってしまった。


「え~と…そうだ!! ちょっと薬草を集めに行こうかと思って」

「ふーんそうなんだ、でもこっちだと方向が違うんじゃない? 森に行くのならこっちの方向じゃないわよね、私には山道に向かってるように見えたんだけどな」


 とっさに嘘を伝えたが直ぐに見破られてしまった。あんな取ってつけたような理由では仕方ないだろう。冷や汗をながすルカ、ここまで来たら説明させるしかないかもしれない。


 ふと気がつけばユーリがキッと睨み付けるように一瞬視線をこちらへと向ける。それは明らかに俺を睨んでいるようだった。



…何かしただろうか? 心当たりは無いのだが。



 それに関して気にはなったのだか下手に問い詰めるわけにはいかない。観念してルカが山の水源へと向かっていることを白状するとそれに案の定反対してきた、それでもと伝えると今度は自分もついてくると言い始める。


「ルカ一人でなんて心配じゃない、行くなら私もついてくわ!! それについこないだ一人で出かけて騒ぎを起こしたばかりでしょ」


そのことを言い出されると何も言い返せなくなる。正直に言えばついてこられると俺の身動きが取れなくなるために断りたかったのだが、ルカのためと言われるとそれは難しかった。 こちらへと目を向けたルカに頷いてやる、一緒に行くしかないだろう。



山の中を川沿いに登って行く、たまにユーリから向けられる視線が痛い。


…まさかただの動物でないのがバレたのだろうか?


「水源までどうして行きたいの?」

「もしかして行けば水の異常についてわかるかなって」

「そんなの村の大人に任せておけば良いのに、お父さん達が相談してたわよ」

「いや僕も役に立ちたくてね・・・」

「・・・本当に? 騙されてるんじゃないの」


 最後の言葉は小さくてルカには聞き取れなかったようだ。


だが魔法で強化されている俺の耳には確かに聞こえた、騙されている? 


状況を考えればやはり俺が疑われているのか?


「何か言ったユーリ?」

「何でもないわ、早く行きましょ」


 判断がつかないまま山道を進んでいった。


 そのあと暫く歩くと山の中腹辺りまで到着した、ルカが疲れている様子なのを見たユーリの提案で休憩を取ることになった。


 近くにあった石に腰かけると休憩をとる、ルカは持ってきた水筒を開けて水を飲んでいる。ユーリも同じように水分補給をしていた。ユーリは初めて会った時と同じ弓矢を持ってきていたのだがそれも降ろして休憩していた。


 辺りを探知してみるがとりあえず今は回りに危険な気配はなかった。だが時折向けられるユーリの視線は相変わらずで少し滅入ってしまう。少し疲れてしまった俺はルカに近づき小声で一言断って周りをブラブラ散歩することにした。


「少し近くをぶらついてくる」

「あまり遠くには行かないでよね?」


ルカの言葉に方耳をピクリとさせて答えユーリの視線が届かない場所へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る