第12話

食事も終わり、ルカは母親に伝えたとおりにユーリとやらに会いに出かけるようである。一人で家にいてもすることはなく、俺もルカと一緒に出掛けることにした。


「そうだ! オズに出かける前にお願いしなきゃいけないことがあるんだったよ」


 だがいざ出かけようとすればルカが突然にそんなことを言い出した。


「なんだ?」

「目立つことをしないで欲しいっていうのは勿論なんだけど、これを付けてほしんだ」


 訝しげに聞き返した俺にルカから差し出されたのは鈴のついた首飾り…いや首輪というべきものだった。どういうことかとジト目でルカを睨めつけてやる。


「どういうことかな?」

「ほ、ほら野生の動物と感違えされたら困るでしょ? 最悪捕まえられそうになるかもしれないし…」


 少し狼狽えながらも首輪を差し出した説明をしてきた。そういう理由か…抵抗はある、だがその言い分も理解できなくもない。仕方がない、ここは我慢するしかないのだろうか…だがアレは流石に。


 胸の内で葛藤しているとあることを思い出した。前に精霊に貰った腕輪のことである、あの時は首輪みたいだと言われしまったために仕舞いこんだものであったが目の前の物よりはマシだろう。


 早速、異空間に収納していたそれを取り出して身に付ける。


「それならこれで良いだろう?」

「えっ…うんそうだね…」

「それなら、これを身につけておくよ」

「うん………せっかく選んだのに」


 何故かルカが気落ちしている、何か呟いたようだが聞き取れなかった。一体なんだったのだろうか。


 そんなこんなの後にようやく出発するのだった。




「おはようルカ。元気そうで何よりだ」

「おかげさまで元気です。ありがとうございます」



「おっルカ、野菜持っていくかい? アルマさんによろしく伝えといてくれよ」

「ありがとうおばちゃん!! でも今出かけるところだから後で来るよ」



「おやルカ、おはよう。 後で薬を貰いに行きたいんじゃがグランさんは今日家にいるのかの?」

「おはよう、お爺ちゃんならいるはずだよ? 家に行ってみて」


 朝食のあと、ルカの友人とやらに会うために出かける。村の中央の通り、様々な店が立ち並ぶそこを歩いてゆく途中に会った店の人通行人たちから次々と声を掛けられる。


 それ対してルカが昨日のお礼と共に元気に挨拶を返している。途中途中で出てきた名前はどうやら婆様と爺様のものだったらしい。後で教えられて初めて知った。


 聞こえてくる声はどれも好意的なものばかりで、どうやら村の中でルカの家族は人気があるようだ。


「お祖父ちゃんたちは村だけでじゃなくて近隣でも有名な薬師だからね。他の村からも訪ねてくる人がいるくらい人気なんだ」


 試しにルカに尋ねてみるとそんな答えが返ってきた。遺跡で貰った薬の効果を思い出す確かにアレは凄かった。


 あれで見習いであるルカの作品であるというのだから推して知るべしだろう。





 そんなこんなで話をするうちに一軒のお店へと到着した。ルカの家から中央の広場を挟んでちょうど反対側。どうやらここが目的地らしい。

 掲げられた看板には店の名前と共に交差した二つの鎚が描かれている、どうやら鍛冶屋のようだ。


 店の中へ入ると、鍬や鎌などの農具が並べられている、他にも狩猟用の弓矢や剣や鎧なども飾られていた。


「おはようございます」


 ルカが大きな声で挨拶をすると奥から人が出てきた。


「おう、誰かと思えばルカじゃねーか。元気そうで何よりだな」


 その人物は筋骨隆々の大男、ルカを見てニカッと笑った。


「昨日はありがとうございました。ブラドさんもお元気そうで何よりです」

「ガハハっ 俺の取り柄は元気なことだけだからな!!」


 随分と暑苦しい男である。小声で誰かと問うてみると、名前はブラド・クロフォードといってこの鍛冶屋の主人らしい。鍛冶の腕は確かなようでアリスたちもよく利用させてもらっているということだった。


「そうだ、頼まれていた包丁だが準備できたぞ。 ティナさんは今日家にいるか?」

「母さんなら家にいますけど。何なら僕が届けますか?」

「いや良い。他に話したいこともあるから俺が後で行くよ」


 ルカが家まで持ち帰ろうかと相談するが直ぐに断られてしまった。


「……そういうことですか。それじゃあ頼みます」


 一瞬不思議そうな顔をしたルカだったがふと何かに思い当たったらしく笑顔で了承した。みればそれに対してブラムの方が少し顔を赤くしている、何かあるのだろうか。



「ゴホン、それで今日はどうしたんだ?」


 わざとらしい咳払いの後に用事を尋ねられる。ようやく本題に入れるようだ。


「ユーリに会いに来たんだけど……もしかして留守なのかな?」

「あ〜すまん。ユーリのやつなら出かけてる、さっき森までお使いを頼んだんだ」

「どれくらいで帰ってきそうですか?」

「南西の森の奥にある石切場まで届け物を頼んだんだ、結構かかると思うぞ」


 どうやら目的の人物は出かけていたようだ。それもすれ違いだったようで何ともタイミングが悪い。


「南西の森か…分かりました、ちょっと後を追ってみますね。ありがとうブラムさん」


 ルカはその後を追うことを決めたようである、次はすれ違わない事を祈ろう。


「そうか、きぃつけて行けよ、南西の森なら危険はないと思うがよ」

「はい!! 行ってきます」


 ブラムに挨拶をして外へと出る。向かう先はユーリとやらが向かったという南西の森だ。


 木漏れ日がそそぐ森の細道を進んでゆく。


 ルカの親友を追って教えてもらった南西の森までやってきた。南西の森を抜けた先にある石切場まで頼まれていた工具を配達しに向かったということだった。


「ユーリはブラムさんの娘でね、小さい頃から一緒に遊んでた関係でブラムさんには昔から良くしてもらってたんだ」


 道すがら今会いに向かっている親友について教えてもらっていた。ルカの親友はユーリという名前のようで、先ほど会った鍛冶屋の主人であるブラムさんの一人娘だということだった。


 ルカの話では彼女は同い年ではあるが面倒見の良い性格をしていて幼い頃からルカはお世話になっていたようだ。ルカにとってお姉ちゃんのような存在だと嬉しげに話していた。


「それでね―――ってあれ、あの草って。オズ! ちょっとここで待っててよ。」


 森の中頃までやってきたとき何かを見つけたらしい。それまでの話を一度中断すると何やら本を取り出して飛んで行ってしまった。


 取り出したのが薬に関する本だったようなので珍しい植物か何かを見つけたんだろう。


 覗き込んでみると何やら本と照らし合わせて調べてるようだ。


 ルカの話ではこの森は比較的穏やかな森で、危険な獣や魔獣の類はいないらしい。前のようなアクシデントが起こっているわけでもないので一人ほっといておいても大丈夫だろう。


 まだしばらく時間がかかりそうだったので離れすぎない程度に辺りを散策してみることにした。少し進んだところで果物らしきものが実った木を発見する。

 風の魔法で成っていたひとつを落として拾ってみる。それはリンゴのような形をしていた、魔法で軽く探ってみるが毒の類は無いようだ。


 思い切って齧り付くと……甘い。味はリンゴではなく桃のような味がした、自分の知る果物とはどうやら違うようだ。


 まだ確信が持てないでいたがやはりここは自分の知る世界とは違うのだろう、こんな果物は自分の世界には無かったし、ルカから確認した様々な情報も自分が知るものとは大きく違っていた。


 そんな物思いに耽っていると少し遠くに人の気配を感じ取った。ルカとは違うようだ、念のために確認に向かった。



 気配が近づいたところで近くにあった周囲より少し高い木に登り上の方からそっと様子を伺う。


 そこにいたのは赤い髪をサイドに纏めた一人の少女だった。歳の頃はルカと同じくらいに見える。意志の強そうな目をしていて勝気な印象を受けた。


 もしかすると彼女がルカの言っていた人物なのだろうか。そのとき軽い溜息とともにボソッとなにか呟いている。


「…お父さんもお使いとかタイミング悪いわよね。朝一番にルカに会いに行こうと思ってたのに予定が台無しだわ」


 聞き耳を立てるとルカという名前が聞こえたどうやら正解だったらしい。


 そういえばこんな森の中を少女一人でお使いなどと大丈夫なのだろうか。ルカもそうだがこの娘も整った容姿をしていて人攫いなどがいたら真っ先に狙われそうである。

 ルカに関して言えば俺が一緒なのでそんな心配など無用ではあるのだが…とりあえずルカを呼んでくるか。


  早速呼んでこようと動き出した時、しっぽが枝の一つに当たってしまったらしくそれがボキッと折れて下へと落ちてしまった。


「誰?!!」


 その音に反応したのだろう。その瞬間、誰何とともに少女がこちらへとどこから取り出したのか見えなかったが即座に弓矢を構えて放ってきた。


「危な―――っ」


 とっさに反応して避けるが矢は先程まで手に持っていた食べかけの果実を見事に打ち抜いていた。


 …とんでもない技術である一歩遅かったら間違いなく自分に命中していた。先ほどの俺の心配などは余計なお世話だったようだ。


 射抜かれたリンゴを横目で見ながらそんな感想を考えていたせいか体制を立て直すタイミングを見逃してしまった。バランスを崩して無様に地面へと落下してしまう―――何とか顔を上げるとそこには先ほどの少女の姿が。


「気配を感じて咄嗟に射っちゃったけど……リス? 当たってはないみたいね、首輪しているけどもしかして誰かのペットかしら…」


 少女に慌てる様子はなく、こちら観察して何かを呟いている…こっちは危うく大怪我するところだったのだが…いや動物を射たところで気にしないのも当然か。


 しかし今のは本当に危なかった、普段であれば障壁を張っているのだが今は気が緩んでいたために無防備な状態だったのである。矢など障壁を張っていれば気に留める必要すらないのだが、どうやら最近の生活で平和ボケしてしまっていたようだ。


「お~いオズ? どこ行っちゃったのさ?」


 その時俺を呼ぶルカの声が聞こえてきた、どうやら観察は終わったらしい。


「この声って…ルカ?」


 その声に少女が反応した。その少女の声が聞こえたのかルカがこちらにやってきた、最初に倒れている俺を見て困惑した顔に、さらに少女をみて驚いた顔に変化した。


「オズ?どうしたの? …ってユーリ!!」

「会いたかったわよルカ~」


 あっという間であった、ルカが気がついたとほぼ同時に少女が思いっきりルカに抱きついた。そのままルカはされるがままになっている。


 ……それにしても、先ほどまでの姿と今の違いは一体なんなのだろう。


 どうやら予想通り彼女がルカの親友である『ユーリ』その人であるらしかった。戯れあうのは別に良いのだがそろそろこちらにも気を回してもらいたいものである。



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