第11話
ごそごそという物音で目が覚める。ふと見渡せば窓から見える空はまだ薄暗い、まだ夜明け前のようだ。
「あれ起こしちゃった?」
起き上がると横から声がかかった。伸を噛み殺しながら声の方へと目を向けると、すでに身支度を終えた様子のルカの姿があった。随分と早起き―――いや彼にとってはこれが普通なのかもしれない。とりあえず朝の挨拶でもしておこうかと思い声をかける。
「おはよう。まだ夜明け前のようだが、どこかいくのか?」
「おはよう。うん、ちょっと手伝いにね。オズはまだ寝てていいよ」
「いやもう完全に目が覚めたよ、良ければ一緒に行っても良いかな?」
「良いよ。対して面白いものじゃないと思うけど…」
今から寝直すのも微妙かと思いルカについていくことにする。外に出ると一度大きく背伸びをした。もう動物になってしまってから結構な時間が経ったがやはり慣れることはない。
向かった先はルカの家から少し離れた井戸。どうやら水汲みのようだ、備え付けの桶を使って水を汲んでゆく、用意してきた入れ物がいっぱいになるとそれを背負った。かなりの重そうである。
少しばかり手伝ってやろうかと思い魔法を使う、風の魔法で浮かせて重さを軽減してみた。
「うわっ―――――何?」
いきなり軽くなった事に驚いたようで慌てて後ろを確認している。
「少し手伝ってやろうかと思ってな、風の魔法だ」
「やっぱり魔法って便利なんだなぁ―――って誰かに見られたらどうするのさ!!」
関心した様子から当然慌て出すと騒ぎ立ててくる。何をそんなに騒ぐ必要があるのだろうか?
「何だ? 何か見られて困ることでもあるのか?」
「魔法のことだよ!! この村で魔法を使える人はいないんだ、もしも見られたら騒ぎになっちゃうよ」
どうやら魔法というのはこの村では希少なようだ、騒ぎになられても困るので自重することにしよう。
「次から気をつけるよ。ただこれくらいなら大丈夫だと思うぞ? 補助的にしか使っていないし傍から見ただけなら分からないさ」
「確かにそうかもしれないけど…。本当に気をつけてよ何でバレるかなんて分からないんだからね?」
自重はするがバレない程度ならば問題ないだろう。そう考えていたのが伝わったのか念押しされてしまう。
「それに魔法を使える珍しい動物なんて見世物として売られちゃうかもしれないんだからね!!」
さすがにそれは勘弁して欲しいところである、肝に銘じておこう。
水汲みを終えて家に戻って来ると家の煙突からは煙が出ている、朝食の準備でもしているのか台所にはルカの母親の姿があった。
「おはようルカ」
「おはよう、お母さん」
挨拶を交わし汲んで来た水を渡すとまた外へと向かう。
次に向かった先は家から少し離れた場所にある一軒の建物、その小屋らしき建物には煙突があり、そこから煙が出ている。中からは色々なものが混じった何とも不思議な匂いがしていた、ここは何なのだろうか。
ルカは特にノックすることもなく扉を開けて入ってゆく。
「おはよう、お爺ちゃん」
「おはよう、やっと来たか」
小屋の中にいたのはルカの祖父だった。何か作業をしていたようだ。部屋の中にあったのは作業台らしき机がひとつと小さな引き出しの多い棚が何個か、さらに作業台の上にはすり鉢などの道具が数種類ある。部屋の奥の方では大きな釜が火にかけられていた。
「ルカ。ここは一体何な―――――ムグ」
ここが何なのかを聞こうと口を開くが直ぐにルカに口を塞がれてしまった。
「ルカや、誰か一緒にきたのか?」
「いや僕一人だよ」
「そうか? 誰かの声が聞こえた気がするんじゃが…気のせいかの」
どうやら爺様の方まで声が聞こえたようだ、何とか誤魔化したルカがホッと息を吐いている。そういえば自分がペット扱いになっていたのを忘れていた。
「…気をつけてよ。それでどうしたの?」
爺様が背を向けている間にルカが耳打ちしてくる。小声でこの場所が何かを問うと薬の調合小屋という答えが返ってきた。
なるほど先ほどの匂いはその材料の匂いが混ざったものだったようだ、そして今度はそのお手伝いに来たというわけだ。
「ん? 小動物も連れてきたのか、薬に毛が紛れ込まないように注意しておくれよ」
「え? うん、わかった」
爺様が俺の姿を目に止めてそんなことを言ってくる、ここは大人しくしておくか。そのあとはルカの働きを眺める。慣れた手つきで爺様の指示に従って作業を進めてゆく。
これは後で聞いた話だがこれらの手伝いは毎日の日課であり、一人前の薬師になるための修行の一環でもあるらしい。それから小一時間ほどして一段落したようだ。出来た緑色の液体を小瓶に詰めて並べていく。
ふと外を見ればようやく陽も昇り始めて明るくなっていた。
「二人共~朝ごはんが出来たわよ」
その時タイミングよくルカたちを呼ぶ声が家の方から聞こえてきた。どうやら朝食の準備が整ったようだ。ルカから貰ったスープの味を思い出し期待に胸が膨らむ。家へと近づいて行くにつれて朝ごはんと思われる匂いがしてくる、それも俺の期待を掻き立てる。さて今日のメニューは何だろうか?
「おい、どうしてこうなった!!」
「ご、ごめんね…」
朝食を終えた後一度ルカの部屋へと戻ってきた。
何か毎日のように謝られてる気がする。ただ今回に関しては直ぐには許してやれそうにない。
何に腹を立てているかといえば、朝食に関してだ。
◆◆◆
「おはよう二人共。用意ができてるわ、早く座ってね」
家に戻ると、テーブルの上へと料理を運んでいる母親の姿が、婆様は既に席についているようだ。並べられていく料理は、サラダにスープに卵料理とシンプルだけど美味しそうなものばかりだ。最後に今焼きあがったばかりなのだろうパンを持ってきて準備完了のようだ。
ルカたちが席に着く。さて俺の分はどこだろう?周りを見渡してみるとルカの母と目があった。
「あら、小動物ちゃんもおはよう。はいこれ、朝ごはんよ」
そう言って出されたのは冷ましたスープと、木の実関係が入ったお皿。
…これが俺の朝食?
あまりのショックに開いた口が塞がらない……そういえば今の俺ってペット扱いだった。
「そういえばルカ、小動物ちゃんの名前は決めたの? 何を食べるかわからなかったから木の実を用意してみたんだけど…リスの仲間みたいよね?」
「うん。『オズ』って名前なんだ……多分パンとかの方が喜んで食べると思うんだけど」
放心状態の俺の耳にルカたちの会話が聞こえてきたが今は何も考えられない。
「そうなの? それなら、はいどうぞオズちゃん」
新しく出されたパンにかぶりつく…さすがに木ノ実はそのままでは無理だ。
「あらら、お腹が空いてたのね。まだあるからたくさん食べてね」
ルカ母が微笑みかけてくる、多分木の実を用意してくれたのも優しさから来たものなのだろう。ありがたい話だとは思う、だがその優しさが今は憎かった。
がむしゃらにかぶりついていると一瞬ルカと目が合う、その時のルカは乾いた笑いをしていた。
その後、朝食が始まった。しばらくは世間話のようだった。
今年の作物の実りはどうだとか、村の何とかさんが何かを始めただとか、特に気になる情報はない、というかあまりのショックで何も考えられなかったとも言える
しばらくするとどうやら今日の予定へと話しが移っていった。
「ルカ? 今日の予定はどうするの?」
「とりあえずこのあとにユーリには会いに行くよ、あと搜索のことで迷惑かけたみたいだから村のみんなにもお礼を言いに行かないと…。ゴメン今日は家のことは手伝えそうにないかも」
「それは仕方がないね。そっちの方が大切だからね、ちゃんとお礼を言ってくるんだよ」
「ユーリちゃんの家に行くなら頼みたいものがあるの良いかしら?」
ルカが出かけることを伝えると婆様が了承してくれる。続けて何やらルカが会いに行こうとしているユーリちゃんとやらの家に用事があったらしく母親から頼み事をされたようだ。
「「ごちそうさまでした。」」
俺以外は終始和やかな朝食が終わり部屋へと戻ろうとする。その時にルカ母から声がかけられた。
「ルカ、今日の夜は貴方が無事に帰ってきてくれた事を祝って豪華にする予定だから楽しみにしててね。」
その言葉に一層暗くなってしまう俺だった。
現状を鑑みるに、俺がそれにありつける可能性は限りなく低かったからである。
俺の中でだんだんと黒い感情が募ってゆく。
◆◆◆
そして現在に至るわけだ。
「楽しみにしてたぶんショックが大きいのだよ。」
「君がどれだけ食事を楽しみにしてたのは分かったから!! 本当にゴメン」
溜まっていた黒い感情を吐露する。
「本当に分かっているのか? それで『約束』はどうしたんだ?まさか忘れたとは言わないだろうな?」
俺が言っているのは美味しい食事を腹いっぱい食べさせてもらうという約束のことだ。この調子では本当に果たしてもらえるのか不安になってくる。
「もちろん覚えてるよ。食事に関しては何とかするから待っててよ…。あとは、はいこれ」
そう言いながらルカが布に包まった何か何かを渡してきた。それを開けてみるとそこにはサンドイッチが入っていた。
「ルカよ、これは一体どうしたんだ?」
「余りもので悪いけど作ってきたんだ。まだお腹が空いてるでしょ?」
確かにその通りである、少し癪ではあるがここは頂いておこう。
「フンっ これくらいじゃ騙されないからな!! ……でもありがとう」
最後の方は小声だったのでルカには聞こえてない…と思いたい。
そのサンドイッチへと思い切りかぶりつく―――――美味い。思わず笑みを浮かべそうになる。
「どうかな?」
「悪くない。仕方がないしばらくは我慢しよう。ただしくれぐれも頼んだぞ!!」
「うん」
「…それとたまに同じ事をしてくれると嬉しい」
「うん!!」
何とか平静を装ってそう答えてやる、がバレたのだろうか対するルカは少しの笑みを浮かべてるようだった。
それにしても冷めてもこの美味しさである、温かかったならどれほど美味しいのだろう、あぁ料理を食べれる日が待ち遠しい。
しばらくして我に返りふと思う。
―――はて、いつから俺はこんなに食いしん坊になったのか…自分でも不思議だった。
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