第7話試練

休憩を終えて少年も少しは持ち直したようである、奥へと進むとしよう。


  闘技場のフロアからの一本道を進んでいく、今のところ敵はいないようだ。それからしばらく進むと扉があった、鉄製のそれは表に青で装飾されており、何等かの文字が刻まれている。パッと見たところやはり俺には読めそうにない。


「少年、何か書いてあるようなんだが読めるか?」

「ちょっと待って。えっと…ごめん読めない。初めて見る文字だよ」


 試に少年に話を振ってみたが読めなかったようだ。一瞬、少年の語学力を疑ったのだが一般的な読み書きくらいは出来るとのことだったのでこの文字のほうが特別なものなのだろう。


「読めないものは仕方ない…ん?」


 読むのは諦め無視して先に進むかと思ったのだが、その時になって文字がゆらりと幻のように変わる。それは俺が読める言語であって―――


 ”氷の試練”


  ―――それはそんなふうに読み取れた。


「何か寒くない?」


「そうだな。……この先は少し面倒になりそうだ」


 さらに扉に近づいてみると周囲の気温が一気に下がる。どうやら扉の向こう側から冷気が漏れ出しているようだ。横で少年が身震いしている。


 相槌を打ちながら扉の先を探ってみると、その先からは水魔法の気配があった。どうやらこの先のフロア全体がその影響下にあるようだ。


「俺は大丈夫なんだが少年よ、この先はおそらく極寒になっている。そのままだとさすがに辛いと思うが何か寒さを防ぐ物は持ってないか?」

「持ってない……。もうすぐで夏になるんだよ、防寒用の服なんて持ち歩かないよ」


 まぁそれが普通だろう、今の服装は薄手のものだった。さてどうしたものか、このまま行けばまず間違いなく凍死する。


  ならば障壁魔法の応用で少年の周囲を冷気から遮断してはどうだろうか。上手くいけば手っ取り早い方法である。試にやってみるとしよう。


 少年を魔法のベールが包み込み周囲の空間から遮断する。もちろん遮断といっても空気がなくなり呼吸が出来なくなったりなんてことはない。


「どうだ? どこかおかしいところはないか?」

「いきなりでびっくりしたよ。 …うん特に変なところはないよ。それにホントだ寒くないよ!」


 扉に近づいたりしても先程までのように寒がったりはしてない成功のようだ。寒さのほかにも先ほどの魔法には防御の意味合いもある、扉の先で何が起こるにせよ少年を守ってくれるだろう。


「ちょっと待って! 僕はこれで良いとしても君は大丈夫なの?」


 準備は万端、いざ出発しようとするが引き留められた。何かと思えばこちらの心配をしてきたので答えてやる。


「この毛があるからな」


 もちろん冗談である。実は常に自身には守りの魔法がかかっているのだ、気温の変化くらいどうってことない。これは昔からのもので、獣の姿になってしまった今でも変わらずその効果は続いている。厳密にいうなら守りというよりは『呪い』の類であるが結果として悪い効果ではないので放置しているものであるが。


「冗談だ、そんな顔をするな。ともかく大丈夫ってことだ、ほら行くぞ」


 怪訝な顔をした少年を宥めて先へ進むために扉を開ける。




 その青い扉を開けた先は予想通りの極寒。雪と氷に彩られた銀世界であった。


 目の前には氷の壁でつくられた迷路らしきものが、その氷の壁は透き通っており奥の方まで見えるが進むには道に沿ってルートを探すほかないだろう。


  その途中には、氷の狼のような魔物の姿もある。しかも今までの魔物よりも強い力を持っているようである。そうは言っても先の騎士ほどの力はなく、現状における己のキャパシティーを理解した以上不測事態は起きえない。つまりは俺の敵では無いのだが。


 少年を後ろに庇いながら飛びかかってくる魔物達ザコを吹き飛ばしながら進む。通路が狭いのが難点ではあったが、氷の壁ということで見通しの良いことは利点ともいえる。敵からも見つかりやすいが問題はない火炎弾、風刃、雷撃を駆使して難なく倒してゆく。


 それから数刻後、火炎弾の魔法の余波で崩れた氷の壁を見てある考えが浮かぶ。


 このまま進むのでも問題はない、魔物が強くなったとは言え俺にとっては僅かな違いでしかない、だが時間がかかってしまっているのが頂けないのだ。ここは正攻法じゃなくても良いのではないだろうか。


 その考えに至り、魔法の準備を始める。選択するのは火属性の魔法とその応用。


 氷には炎だろう。


「…オズ? 今度は何するつもり?」


 横から少年が口を挟んでくる、ここまでの道中での経験の賜物か何かしようとしているのを察したらしい。ただ止めるつもりは無いようだ。


「近道かな」


 少年への答えとともに魔法を発動させる。


 放たれた炎が渦となり氷の壁をただ真っ直ぐに貫いてゆく。それは中級魔法『火炎嵐』。


 炎の渦がついにはフロアの一番奥まで届く。氷の壁の修復を許さず、近づく敵は焼き尽くす、その炎は消えることなくその場に有り続ける。炎の一本道の完成である。


「ほら、近道の出来上がり。名づけて炎道フレイムロードと言ったところか。」


 その道を通り、迷路を行くのとは比べ物にならないくらいの速さで出口へと到着する。完全に抜けたその場所で燃え盛っている炎を消す、するとあっという間に氷の迷路は再生されてしまった。


 それを眺めていると視線を感じる。その視線の方を見ると何か不満を言いたそうな少年の顔が。


「何だ言いたいことでもあるのか?」

「いや早いに越したことは無いんだけど…やっぱりこれって邪道じゃないかなって」

「道だけにか?」

「オズ……」

「冗談だ。まぁ否定はしないさ」



 このフロアを過ぎてからも様々な部屋があった。


 地属性の部屋は巨大な植物が生え進むものの行く手を阻んだ――――風魔法で切り刻み無理やり道を作った。


 火属性の部屋は煮えたぎるマグマが至るところから吹き上げていた――――水魔法の豪雨で瞬間的に冷やし固めて沈静化させた。


 風属性の部屋は嵐が吹き荒れて進む者を吹き飛ばそうとしていた――――土魔法で道を作り出して難なく通る。


 多分本来であれば、こういった方法は間違いなのであろう。これは近道、言うならば狡だ。最初の方に文句を言っていた少年も諦めたのか慣れて麻痺してしまったのか何も言わなくなった。


 まあ言われたところでやり方を変えるつもりは無いのだが。


 今大切なのは早く最奥へ、今起きている異変の原因へととたどり着くことである。そのためになら邪道だろうと関係ない。



 目的のためなら手段は選ばず、それが俺のやり方なのだから。



 どれくらいまで進んできただろうか。だんだんと今回の異変の原因だと思われる力の気配が強くなってきていた、そろそろ終点が近いのだろう。


「そろそろだぞ、頑張れよ」

「う、うん」


 後ろを歩く疲労困憊といった様子の少年にエールを送りながら進んでいく。


 それにしてもこの場所は何なのだろうか。最初は古き遺跡かと思っていたがあの闘技場らしき部屋以降の仕掛けはただの遺跡としてはありえないレベルだった。不思議が力が眠っている場所なのだから普通であるはずもないとも思うが。とにかく遺跡というよりは迷宮ダンジョンに近い。さて終点には何が待ち構えているのか見ものである。


 この場所についての考えをまとめているうちに次の部屋に到着した。その入口にあるのは真っ黒い色の扉、今までと同様に何かの文字が刻まれている。


「黒い扉と文字? もしかしてまたなの……」


 横で少年がうなだれている。この扉の先はまた何かしらの試練とやらがあるのだろう、この扉に刻まれている言葉を借りるならば。ただ、今までの試練とやらは「近道」させて貰ったわけなのだが。


  扉の色は黒。今までの経緯から考えるとその扉の色とその先に働く魔力の属性は関連していた、ということは…。


 とにかく気をつけた方が良いだろう。少年にも注意を促した後に扉を開け中に入っていく。


 その部屋の中は真っ暗闇であった、魔物の気配などは感じない。あるのは自分たちの入ってきた扉から入ってくる光だけだ。


「暗くてよく見えないね…。 一端戻る?」

「ん―――」


 その少年の言葉に返答としたその時、勝手に入ってきた扉が閉ざされる。完全な暗闇となってしまう。


「ちょっと!何で勝手に扉が閉まるのさ―――って開かない? どうしようオズ! 僕たち閉じ込められちゃったみたいだよ!」


 暗闇の先で慌て始める少年の声が聞こえるがその姿でさえ確認出来ない。仕方なしに光の魔法を発動しようとする。


「ちょっと待て、今光を出す」

「分かったよ…。ってあれ何か光が出てきた…よ…」


 まだ魔法は発動していない。少年の言葉に顔を上げると少し離れた場所に先程までなかったはずの紫色の光が―――。


「これは…ま、マズイ――――――」


 異変に気付くが時はすでに遅かった。それを視界に入れた途端に意識が引っ張られ、闇へと落ちていく。



 ◆◆◆



 ――――ん? おう帰ってたのか?


 頭がぼんやりする…周囲を見渡せば懐かしきふるさとに帰ってきていた。


 ――――どうしたぼうっとして?


 声をかけられてそちらを向けば―――そう仲間達の姿が。


「悪い、寝ぼけてたみたいだ…」


 ――――しっかりしてくれよ、今日はお客が来るんだろ?


「そうだったか… んで誰が来るんだ?」


 ―――アイツ等だよ。まさかだよな、こんなふうに奴らをここに招く日が来るなんて。


「アイツ等?」


 ―――本当に大丈夫か?  ほら来たみたいだぞ。


「―――っ」


 その声に入口を向けば何人かの人物が入ってくるところだ。5人組の男女、一人の少女を先頭に入ってくる―――。


 ―――お久しぶりだね


 声を掛けられて今の状況を思い出す。そうか戦いが終わってすべてに決着がついたから『彼女』たちを呼んだのだったと―――何を気にすることはない今は幸福な時間なのだと。


 であれば『彼女』に返事を返さないわけにはいかない。ようやく『彼女』と分かり合えたのだから―――


 その女の声に応えようとして―――その最後に入ってきた男が目に映る、そいつは金髪碧眼のひとりの男。


 頭に痛みが走った。ある情景を思い出す。杖を向けるその男、沈んでいく自分の体…。


 ―――確かに幸福だ。

 ―――確かに俺望む世界だ

 ―――だが決してこれは現実ではない!





 靄ががっていた意識がクリアになる――――その瞬間に世界にヒビが入り崩れ去った。



 ◆◆◆


 気づけば辺りは変わらぬ暗闇の中。


「――お母さん」


 横の方からは寝言のような少年の声。


「幻術か…。つくづく情けない、身構えておいてこの体たらくか」


 思わず自嘲していまう。そして目の前の方を睨めつける。そこにはあの紫色の光がある、よく見ればそれは一つの水晶の光であった。


 入ってくる者に幻術を見せそれを打ち破れるかどうか…それがココの試練だったというわけか。黒色それは闇属性、呪いや、幻術、悪夢を主とする魔法を表していたようだ、なるほど納得である。


 これは対象が望んだ『幻想ユメ』を見せ捕える魔法『幻夢ナイトメア』。


『見せるのが悪夢ではない分これで死ねるものは幸せでしょう』


 ふとこの手の魔法を得意としていた者の言葉を思い出す。到底幸せなどとは思えない逆に理想ユメを汚されたようで不愉快でしかない。あの場所には戻れないし。仲間達だけでなくまさかあいつらの姿を見ることになろうとは。


 腹いせに今使える中級魔法を最大威力で放つ。


 中級と上級の境界線のギリギリ、光と炎の複合魔法その名は『白炎』。


 放たれた白き業火が部屋全体を照らし出し、そしてそれを持っていた像ごと水晶を焼き尽くす。水晶が瞬間的に展開した対魔法の障壁など関係ない。塵一つ残さず焼き尽くした後に残るのは焼け跡のみだ。


 改めて光の魔法を使って辺りを明るくする。近くに倒れ寝込んでいた少年をみつけた。その頬を叩いて目を覚まさせる。


「い、痛いよ!! ってあれここ…家じゃない。」


 飛び起きた少年が周りを見渡しながらそんなことを行ってくる。


「目が覚めたか?」

「あれ…オズ? ごめん―――何か寝ちゃってたみたいだね」


 現状を思い出した様子ですまなさそうな顔をしてくる。


「幻術によるものだ仕方があるまい」


 完全に目の覚めたところで簡単に今あったことを説明する、家に帰った夢でも見てたのだろう少し気落ちしている。


「ほら気を取り直せ。進むとしよう、次が正真正銘の目的地だ」


 その部屋の出口そこを少し進んだ先に一際大きな扉があった、豪華な装飾を施されたその扉の奥から大きな力を感じる。

 今までとは比べ物にならないほど大きな力。間違いなく目的地であり森の異変の元凶がそこにある。


「準備は良いか?」

「う、うん。大丈夫…だよ」


 扉の目前まで来たところで今一度少年に確認を取る。アイコンタクトをとり深く頷きあったそのあとで―――扉を開けて中へと進む。さて鬼が出るか蛇が出るか。

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