第8話精霊
最終地点であるその場所を一言で言い表すとするならば、それはまるで神殿のような場所だった。
何本もの主柱がそびえ立ち精巧な彫像が随所に飾られた天井を支えており絢爛な建物が形作られている、今までの暗かった通路とは違い光が満ち溢れている。
その本殿というべきだろうか。少し高い場所にあるその大きな建物まで階段が続いている。
「凄いね…。 アレって宝石かな?」
少年が周りを見渡しながらのんきなことを言っている。確かに周囲に金銀や宝石みたいなものもあるが今はそんなものに構っている場合ではない。俺はただ真っすぐにその本殿へと目を向けた。その奥から感じられる確かな気配、今まで探してきた力の源がそこにある。
未だ物珍しそうに辺りを見回している少年に声をかけ本殿へと進んでいく。長々と続いている階段を警戒を緩めずにゆっくりと上っていゆく。
中頃で後方を振り返って見れば結構な高さまで上ってきていた。
ようやく到着した本殿。その内部は祭壇を思わせる造りをしていて、その最奥に一体の大きな像が鎮座していた。女性の姿を摸したそれはここが神殿だとするならば女神像なのだろうか。少なくとも俺の知る例の女神『セレナス』とは違う。
その女神像は胸元に青い淡い光を放つ大きな水晶らしき物を抱えている。どうやらそれこそが力の中心のようだ。
その水晶が淡く光り、また何かの魔法かと身構えたがそれは攻撃とは違った。
『――――ヨクゾココマデキタ、小サキ人ノ子ト異質ナル者ヨ――――』
「な、なに? この頭に響くような声は?」
「落ち着け。ただのテレパシーだ害はない」
突然に頭にどこか重苦しい雰囲気の言葉が響いてくる。突然の事に少年が慌てふためくが害のあるようなものではない、意思疎通のためのテレパシーの一種だろう。
俺たちの目の前で水晶から光が溢れ出すと人の形を象る。巨大な光で作られた人影。頭に響いてくる声の主はどうやらコイツのようだ。
そして―――その存在を前にしてようやくその存在が何であるのかを悟った。
「ほう、どうやら精霊のようだな」
「せいれい?」
『――――イカニモ。我ハコノ聖域ノ守護ヲ任サレシ原書ノ精霊ノ一体―――』
それは精霊、この世の万物の化身にして神に最も近いものと呼ばれる存在だ。その位は多岐に渡りこの目の前の精霊は―――。
「なるほど。この力、どうやらかなり高位の精霊のようだな」
「え? そもそもせいれいってなに?」
精霊が何か分からなかったのか小声で聞いてくる少年をジェスチャーで止める。後で説明してやるから今は黙れ。
「お前がこの場所の主というわけか。聞きたいことがある、ここは一体何だ?」
『―――ココハ聖域。訪レシ者達ニ試練ヲ与エ、ソレヲ乗リ越エシ者ノ願イヲ叶エル、始マリノ女神ノ創リシ場所―――』
女神という単語にチクリと感情がかき乱されるが今はそれを気にする場面ではない。精霊が言うことが真実だというならばここに来るまでの仕掛けは試練であり、それを乗り越えた我らはその権利を得たということになるだろう。
「ほう、それでは俺たちにその資格が出来たと? 俺たちは森の異変を探りに来ただけなのだが」
『―――ソウダ。…ダガスマヌガ願イヲ叶エルコトハ出来ヌ―――』
「話がさっきと違うのではないか?」
『―――力ガ足リナイノダ。悠久ノ時ヲ経テ、我ノ力モダンダンニ弱ッテキテイル―――』
その言葉にようやく気づく、未だとてつもない力を持ってはいる精霊ではあったが、ここの維持、聖域の規模を考えれば確かに十分ではない。弱っているのか。
『―――ソレト少シ前ニ起キタ森ノ結界ノ消失。ドウニカ修復シヨウトハシテイルガママナラヌ。森ノ異変トヤラハソノ影響ダロウ―――』
その言葉を聞いた少年が横から小突いてくる。どうやら事の一旦は自分にあるらしい。そういわれてしまうといくらかばつが悪い。さてどうしたものか、力が足りないというのならばそれを補わせる他ない。もしやとある考えが浮かぶ。
「その修復に足りないのは魔力か?」
『―――セイカクニイウナラバ神力デアルガ魔力デモ替ワリニハナル。ソレガドウシタトイウノダ?―――』
「なにそれなら俺を魔力をやろうと思ってな」
『―――…正気カ?ドレホドノ魔力ガ必要カ分カッテイルノカ?―――』
こちらの提案に精霊は訝しんだような反応を見せる。補えるほどの魔力があるとは思えないのだろう。少年の方は…よく分かってないのか表情は変わらない。さてその疑問の方も解決するとしよう。
「その疑問はこれで解決するかな? 『魔力解放』」
言葉とともに意識して抑えていた魔力を解放する。
『―――ヌ??―――』
本来であれば魔力を感じることのできないはずの少年ですら体を強張らせる。魔力解放によって威圧力が周囲を満たす。それは精霊から放たれていた圧力の数千倍にはなるだろう。
「これでもまだ心配か?」
上級以上の魔法の制限を受けている状況ではあったが魔力量は別である。俺は今なおこの姿に変えられる前と変わらぬ周りからみれば馬鹿げたほどの魔力量を誇っていた。それこそ『魔』の『王』と呼ばれるほどの。
『―――貴様ハ一体何ナノダ? ソノ姿ガ本来ノ姿デハナイノダロウガ、ソコマデノチカラヲモツトハ―――』
「今は俺の事なんてどうでもいいだろう。早く異変に解決してもらわないと困るんだよ。早く受け取れ」
『―――ウム―――』
俺が水晶に触れるとそこから魔力が吸い込まれてゆく。2割ほどの魔力が吸われたところで止まった。ここまで急激に魔力が変化するのは久々であった、少しの脱力感を感じる。
「大丈夫なの?」
横から少年が心配して声をかけてくるがこれだってすぐに回復する、大丈夫だと答えた後に精霊へと向き直る。見た目的に変化は無い。だが魔力譲渡はうまくいったはずである。
『―――コレホドノ魔力ヲ失ッテモ変ワラヌノカ―――』
「それはもういい。それで大丈夫そうか」
『―――ウム。直グニデモ森ハ修復サレルダロウ―――』
これで問題は解決したともすればここに残る必要はない―――背を向けようとしたところでふと一つだけ精霊に聞いてみたいことを思いついた。それは異変を解決した後では一番必要と思えるもの。確信とも言える予感を感じながらも中々認められなかったもの。
「そうだ知っているなら一つ聞きたいんだが。先ほど俺を『異質なる者』と呼んでいたがそれはどういう意味だ? やはりここは俺にとって異質な場所―――『異世界』という意味で良いのかな?」
その質問に精霊は―――押し黙った後、確かに答える。
『―――ワレニモクワシイコトハワカラン…ダガソノ『力』、タマシイノ輝キカラシテマズマチガイナカロウ。貴殿ハ異世界カラノ来訪者デアルト―――』
俺の現状はこれで確定した、その事実を噛み締める。
「分かったならば良い。さあ戻るぞ」
「う、うん」
ボケっとした様子の少年に声をかけて出口に向かっていく――――が。
『―――待テ―――』
そこへ精霊から制止の声がかかる。もはやこちらに要はないはずだが。振り向いて要件を問う。
「何だ、森の異変が解決したならこちらに用はないぞ」
『―――世話ニナッタ。ココマデノ借リガ出来タノダ、コノママ返スワケニハ行カヌ。何カアレバソレデ我ヲ呼ブガイイ、次ハ力ニナロウ―――』
精霊はそう言うと何か腕輪のようなものを投げてきた―――それを受け取る。
どうやらこれは目の前にいる精霊を召喚するための道具のようだ。断る理由もないので貰っておくとしよう。妙な縁が出来たものである。
「ではありがたく受け取ろう、何かあれば頼むぞ」
『――ウム。マッテオルゾ――ソウダ手始メニ森ノ外ヘ送ッテヤロウ。デハまったね~―――』
精霊はそう言うと右手を振る、その瞬間周りを光が包み込んだと思えば森の石碑まで転移していた
「うわ~凄いね!」
隣で呑気に少年がはしゃいでいる。
「そうだな」
呟きながら内心で便利だと思うと同時に、転移など前までであれば自分一人で出来たことを思い出し苦々しく思うのだ。。…そういえば最後の最後に聞こえた精霊の言葉、それが変に変化していたように感じたのだが気のせいだろうか?
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