第4話異変
「あれ…もう夕暮れなの?」
少年の言葉に空を見上げるとすでに日が傾き夕暮れどきになっていた。少年への質問をして考えをまとめるのに集中していて気付かなかった。どうやら結構な時間が過ぎていたようだ。
「ごめん、そろそろ村に戻らないと。暗くなる前には村に着きたいんだよ」
「そうか、それなら仕方がないな。助かったよありがとう」
その言葉で質問は終わりとなった。まだ聞きたいことはあるが無理強いは出来ない。
少年は近くに落ちていた薬草の入ったカゴを拾うと軽く頭を下げて歩きだそうと背を向ける。だがすぐに何かを思い出したように足を止めた。
「ねぇ、君も帰ったほうがいいよ。オズ…だったかな君の名前。 何なら明日も質問に答えても良いし…この近くに住んでるの?」
何かと思えば俺の事を気にしていたようだ。その言葉に返答しようとする―――が言葉につまる。帰ろうにも帰り方も分からないことに今更ながら思い出したのだ。
「もしかして帰る場所が分からないとか? ここの場所も知らないみたいだったし、空から降ってきたみたいだけど」
言葉に詰まり言い淀んでいるとその無言から察したのか真実を言い当ててくる。言い返す言葉もなく認めるしかなかった。
「アタリだ。 帰ろうにも帰り方が分からないのでな」
「そっか、そうなんだ。 ……行くあてがないなら一緒に来る? 何なら家に来ても良いよ」
少し考えた素振りのあとにそんなことを言ってくる。見ず知らずの人に…いや人ですらない自分にそんなことをいうのかと、この日すでに2回目になる衝撃を受ける。
バカ…いやお人好しすぎるが、この先の予定が全く決まってなかった俺にとっては渡りに船な提案ではある。
「本当に良いのか?」
「勿論だよ。君は命の恩人でもあるわけだし」
再度の確認も即答で了承されてしまう。任せてというように胸を張るその姿には逆に不安を覚えそうにる。確かに結果的には命を助ける形にはなったが簡単に信用しすぎでは無いのか。余計なお世話かもしれないがそう思わずはいられない。ただせっかくの提案なのでお世話になるとしよう。
「では、お願いする…が最後にひとついいか?」
「良いよ。何どうしたの?」
「会ったばかりの俺が言うのも何だが、そのうちお前が騙されないか俺ですら心配だよ」
最後の俺の本心からの言葉に少年はただ苦笑いを返す。その様子にきっと彼の関係者は苦労してるのだろうなとまだ見ぬ彼らに同情を覚えてしまったのだった。
村に向かう道中、話題は少年自身の事になっていた。彼は村で唯一の薬屋の子供らしく、今日も家の手伝いのために森で薬草の採取をしていてその途中だったということだ。
また彼は4人家族で、母と祖父と祖母の3人と一緒に暮らしているとのことで、話しぶりから家族のことを大切に思っているようである。現に祖父の調合した薬がどれだけ素晴らしいかなどを誇らしげに語っていた。
「僕自身は見習いでまだまだなんだけどね、ってあれ?」
ただ自分の事には自信がないらしい。そんな彼が話の途中で何かに気づいたのか真剣な顔でこっちを見てきた。
「オズ!その足のところ怪我してるじゃないか!!」
言われて左足のところを見れば確かに血が出ている。ここに落下した時にでも出来たのだろうきり傷だ。
ただこれくらいの傷ならば治癒魔法を使うまでもないと放置することに決める。幾つもの戦をくぐり抜けてきた俺にとってはこのくらいの怪我は日常茶飯事であり、気にするようなものではない。
「何、放っておけば治る」
「ダメだよ!! 小さな怪我だって悪化して大事に至ることだってあるんだからね」
しかし少年にとっては小さい怪我だろうと放っておくことが出来ないことらしく有無を言わさずに手当を始める。
持っていたカバンから緑色をした液体の入った小瓶を取り出す、どうやら薬のようだ。
「これは切り傷に効く薬だよ。僕が作ったもので悪いけどこれだけはお爺ちゃんからお墨付きを貰ってるから大丈夫」
そう言って傷口にその薬を塗ると包帯を巻いてくれた。意外と言ってはなんだがその手つきは手馴れたもので、普段から練習しているのだろう。傷は最初こそしみたのだが直ぐに響くような痛みが和らいだ。驚くべきことに魔法並みの即効性である。
「凄いでしょ? だってお爺ちゃん直伝の秘薬だもの。まだこの一つしか認めて貰えてないけど軽いきり傷で良かったよ」
こちらの驚きが伝わったのだろう。誇らしげに薬の自慢をしてくる。ここまでの効果のある秘薬と言えばかなり高額で珍しいものの筈であるが…こんな簡単に差し出していいのだろうか。少年の様子を見る限り気にするそぶりは見えない。まさかここではこのレベルの薬が当たり前なのだろうか。
村へと向かい始めてどのくらいの時間が経っただろうか。いまだ俺達は森から抜け出せずにいた。既に日も落ち完全な夜の闇の中だ。唯一の救いは雲もなく月明かりが木々の隙間から差し込んで視界が保たれていることだろう。
「おかしいな…こんなにかかるはずはないのだけど」
「迷子にでもなったか?」
「いや方向は合ってるしこの森で迷子になることなんてまず無い…はずだよ」
「そうは言ってもな…」
少年の声はすでに疲れ果てていた、長時間歩き続けているのだから無理もないだろう。すこし休憩することを提案すると少年も頷いた。
少し開けた場所で木の枝を集めて焚き火を起こそうとする。少年が鞄から火を起こす道具を探そうとしていたがこちらの方が早い、魔法で小さな火種を生み出す。そして出来た焚火の前で少し休憩がてらに会話を始めた。
「ごめんね。あれだけ自信満々に言っておいて村に着けないなんて」
「いや気にするな」
何度もこの森に来たことがあるであろう少年ですらこうなのだ。例え自分一人だったとしても同じ結果になった可能性が高かった。
「そういえば、さっきのって魔法だよね? 凄いなぁ」
薪に火をつけた魔法の事を言っているのだろう。やたらと感心する少年。その様子を見れば彼が魔法に興味があることはすぐに分かる。
「火をつけるくらいの魔法なら君でもすぐ出来るようになるぞ?」
「ほ、本当に?」
「こんなことで嘘なんてついてどうなる」
だから続けていった言葉はそう深く考えたものではない、ただ事実を告げたに過ぎないのだが。予想以上に勢いよく話に食らいついてきた少年に面喰いながらも肯定してやる。
そもそも魔法とは生き物であれば優劣はあれど誰でも使えるものであった。例えここが異世界であったとしてもマナが存在している時点でそれは変わらないだろう。詳しい説明は省くが要は資質の問題である。少し探った感じ、少年にも先ほどの魔法程度であれば方法さえ知れば使えそうだと感じた。
「ん?」
「どうかしたの?」
ふと少年の状態を探った時にある違和感を感じ取る。軽く魔力の流れを探った結果であったが周囲のマナの流れが変わっていたのだ。先ほど探った聖域の持つ力の流れにも差異がある。
「どうやら抜け出せないのは君のせいだけとは言えないようだぞ」
目を瞑りより詳しい情報を感じとってゆく。
どうやら聖域の不思議な力。それが俺が壊してしまった結界を修復するために本格的に働き始め。その力の反作用として現在この森を迷いの森へと変化させてしまったようだ。
探知の結果、マナの流れからして今いるこの場所から北西方向の森の中心部に何かがあることは分かった。より詳しい情報を得ようと試みるが何らかの障害があってこれ以上読み取れそうにない。『図書館』があればまた別なのだがやはりパスは繋がらない。となれば選択肢は一つしかないだろう。
「この場に留まったところで解決できるわけもなし。ならば行ってみるしかないか」
「え? どこに?」
「この状況の原因となっている場所にだよ。それで君はどうする?」
「……僕も行くよ。一人で残される方がちょっと怖いもの」
少年は少し悩む素振りを見せたが一人で残されることの方が不安だったらしく、一緒に来ることを決めたようだ。
それから少年と共に森の中心へと向かう。外へ向かうのと同じように迷ってしまうかという心配があったがどうやら杞憂で終わりそうだ。この力は森から外に出ようとした場合にのみ働いているらしい。夜闇の中、月明かりだけを頼りに進んでいく。再び魔物に出会うなどというアクシデントは特に起きることはなく無事に中心地点へと到着した。
そこは少し拓けた広場のようになっておりその中心に一本の大樹がある。その全長も幹の太さも周りの木々の十倍程もあるだろうか。
「ようやく到着か。しかしこの木は随分と大きいな…」
「この森で一番高い木だよ。僕の村ではご神木って呼んでお供えとかもしているのだけど…ここがそうなの?」
疲れを感じさせる声で少年が確認を取ってくる。念のために再度探ってみるがやはりこの場所が目指していた例の力の中心に間違いない。
「ああそうみたいだな。しかし御神木…ね。納得できる威容ではあるな…」
少年がご神木と呼んだ大樹。それを見上げながら観察をしてみると、例の力の波動がより強く感じられる。これが力の発生源に間違いなさそうだった。
ただ何故そうなっているのかが理解できない。たしかに少年が誇るようにそのどっしりとした威容は『ご神木』と呼ぶに相応しい。しかし俺から見れば『それだけ』にすぎないように見えるのである。見た目こそ相応しくあるが『俺の知る御神木』と違って永年の時を経て宿る神霊の類の気配は感じられない。つまりはただでかいだけの木であるはずなのだ。不可解な状況に頭を捻るほかない。
「―――ってあれ?」
突然に少年が何か驚いたような声をあげる。彼の視線の先を確認してみると大樹の根元の方で何かが青白い淡い光を放っていた。
「何か光ってるようだけど…何だあれは?」
「…知らないよ。こんな真夜中に来たのは初めてだけど、話にも聞いたこと無い」
驚いていたことから無駄だろうと思いながらも念のために確認をとるがやはり少年には分からないようだった。警戒をしながらも大樹の近くへと寄る。木の根元にうまったそれは全体までは確認できないが何かの石碑のように見える。その表面に文字のようなものが刻まれているようだが蔦が絡まっていて読み取れない。
「ふむ…」
「どうしたの?」
「何か文字が刻まれているようなんだがよく見えなくてね。近づくしかないか」
その石碑からは確かに不思議な力は感じる。マナの流れの中心も確かにこの場所だ。だがこの迷いの森を発生させるほどの力とは思えなかった。他に何かがあるのだろうか。
このままでは埒が明かない。慎重に更に石碑へと近づいてみる。細心の注意を払い目前まで迫るが何か変化が起きることはなかった。
「警戒しすぎたか…あるいは修復で手いっぱいで余裕がないか。さて何と書かれているかだが―――」
ほんの少しの油断、それが拙かったのだろう。蔦を取ろうと手を伸ばし―――指先が石碑へと触れてしまったその時に異変は起きる。
触れた指先からごっそりと力が吸い取られるような感覚―――キィィ―――ンッとした甲高い音が周囲に響き渡ると、それと同時に石碑の光が強くなってゆく。高い頭に響くような高音が辺りを包み込み―――眩いまでになったその光に視界が埋め尽くされる。
思わず瞑った目を開けると…周囲の景色が全く変わっていた。周囲を確認すると、足元は先程までの土の感触はなく硬い石畳に変わっている。左右も森ではなく石で出来ている壁があり上もまた同様、また前後には道が続いているようだ。何かの建物の内部であろうか、古ぼけた印象を受けるその壁はまるで遺跡のような雰囲気を持っている。壁面の石は恐らくは先ほどの石碑と同じ材質だろう。その謎の鉱石の壁が淡い光を放っており暗闇の中でも何とか周囲を見渡せる状況だった。
「はぁ、やきがまわったか」
状況を鑑みるにどうやらあの石碑によって転移させられたようだ。思わずため息をついてしまう、あのバカにどこかも分からない場所に飛ばされた上に、続けてコレである。転移魔法の心得はあるというのに抵抗もろくに出来ずに飛ばされてしまった。それが何より悔しく情けない。思わず自嘲してしまう。
「え――――ここどこ?」
その声に振り向けばそこにはポカンとした表情をした少年の姿があった。どうやら一緒に飛ばされて来たらしい。キョロキョロと周りを確認している。探す手間が省けただけ僥倖と思うべきだろうか。
「分からん、どこかの遺跡みたいな雰囲気だけどな」
「そ、そうなんだ…。 ってオズ、元気ない?」
「む…? 大丈夫だ、なんでもない」
妙なところで察しが良いようだ。気取られぬように気持ちを切り替える。弱音を吐いていたなど知られるのは俺のプライドが許さない。それに結果的には良かったのかもしれない本来の目的である例の異常の原因は間違いなくこの場所にある。
「さて、どうやらこの奥に森の異変の原因があるようだ。あの石碑はこの場所とあの森とを繋ぐパスのようなものだったんだろう」
「そっかぁ……じゃあ行ってみる?」
「もちろんだ。……ただ魔物が徘徊してるようだな。それと罠は当然か」
探知の結果この遺跡にはゴーレムやガーゴイルなどの魔物がいるようだ。魔物以外に動物の類いは見当たらず。ある一定の場所を徘徊している所をみるならばもしかすればここの魔物たちはこの遺跡を守っているのかもしれない。
それを聞いた少年は一瞬固まった後に申し訳なさそうに声をかけてきた。
「オズ…。僕、戦ったりとか全然出来ないんだけど…」
それは見た感じで分かっていたし前例として先の魔物の件もあった。正直足でまといにしかならないだろう。だがそんなことは最初から分かっていたことである。
「知ってる。心配するな君一人くらい俺がいればどうにでもなる」
「うぅ…よろしくお願いします」
その言葉に若干項垂れた様子の少年を連れて奥へと進んでいく。さてこの先には何が待ち受けているのだろうか。
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