第9話 七年ぶり両親手紙へを出す。

 昭和三十九年(1964)まもなく双子が入学すると知り、親友の咲子が久し振りに互いの子供達を連れて会おうと手紙が来た。その親友の咲子は五年前に結婚して一男一女をもうけた。千春も咲子も子育てに忙しく最近は疎遠になっているが千春にとって咲子は恩人である。確か子供は三歳と四歳になって居るはず。子供を連れて七年ぶりかに東京に出る。千春は心が踊った。小春と春樹はテレビを見て数年前に完成した東京タワーを見たいと何度も言っていた。咲子とその東京タワーの展望台で会う事に決めた。千春にとって子供を育てから初めての贅沢な一日となりそうだ。現在は廃止されているが木更津―川崎間のフィリーがあった。三人はそのフィリーに乗り東京湾に出た。子供達は船に乗るのも海に出るのも初めてで大喜びしている。千春はそんな二人を見て思えば何もして上げられなかった。こんな母でごめんねと心で詫びた。今は元気だけと高熱を出したり怪我をしたりと、苦労がなかった訳ではない。それだけにこうして元気で入学を迎えるのは本当に嬉しかった。


 やっと苦労が報われた頃、ふっと両親の事を考えた。あれから一度も連絡していない。厳格な父だから怖くて連絡も出来なかった事は確かだが、今になって自分も親となって分る事がある。もし小春が私と同じことをしたら千春はおそらく発狂したかも知れない。七年ぶりに千春は両親に手紙を書いた。ただ住所は知らせなかった。風の頼りでは今でも酒造業は続けているらしいが細かい事は知らない。

「あなた! あなた千春から手紙よ。元気かしら一体どこで何をしているのよ。でも手紙が来たと云う事は生きて居るのね。それだけでも良かった」

「なんだって千春から手紙。あの親不孝者が。今更なんだっていうのだ。まさか金が底を突き助けを求めて来たのか。だが遅い勘当覚悟で出ていったのだから俺は知らん」

「なんでそんな意地悪な事を言うのよ。強がり言ってもたった一人の娘よ。もっとあの子の気持ちを考えてやるべきだったのでは」

「もういい。とにかく手紙を読んで見ろ。親不孝でもたった一人の娘に違いない」


『あれから七年の月日が流れましたね。勝手に出て行った私を許してとはい言いません。お父さんもお母さんも息災でおりますか。今だから本当の事を申します。私には当時好きな人がおりました。そんな時に縁談の話が持ち上がり私はどうして良いか分からなくなりました。勿論家の跡を継ぐ事は分っていました。でも好きになった人と別れる事が出来ませんでした。そしてその好きな人に私を連れて逃げる勇気があるかと問いました。もちろんと言ってくれると思いました。だがその人は優しく良い人ですが気が弱い所があり結局は私から逃げてしまいしまた。もう私も諦め、お父さんの言う通り縁談の話を引き受けようとした時、妊娠している事が分かったのです。ふしだらな女で申し訳ありません。でも気が付いたら妊娠三ヶ月になっておりました。でも別れた人は知りませんし言う気もありません。こんな事をした私をお父さんが許してくれる訳がない。更に世間の笑い者になるでしょう。仕方なく友人の力を借りて温泉旅館に仲居さんとして働かせもらい、そこで子供を産みました。いまやっと親の気持ちが分かる気がします。驚くでしょうが双子だったので本当に大変でした。今年の春に小学校に入学する予定です。娘の名を小春、息子は春樹と名付けました。私のせいで父親の居ない子ですが、とても良い子に育ちました。そうお父さんお母さんにとっては孫ですよね。出来るなら孫を見せたいのですが、こんな親不孝の産んだ子は見たくありませんよね。私は元気です。親不孝者です陰からお二人の幸せを祈っております』


つづく

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