第3話 千春、千葉に渡る。

 そのころ千春の両親が、用事が終わって帰って来た。

 「ただいまぁ千春、帰ったわよ」

 だが返事がない。変だなと思い千春の部屋に行って見た。其処にも居なかった。あれっと思い箪笥が少し空いているのを見た。洋服や私物の一部が見当たらない。そこに父の一徹が声かけた。

 「どうしたんだ。千春がどうかしたのか?」

 「何処かに出けたのかなぁ旅行鞄もないし私物の一部がないの」

「なんだって! まさか俺が殴ったのが原因か」

「そうよ、貴方が殴るからよ。千春の表情見たでしょう。あれはそうとう怒っていたわ」

「当然だろう、親の言う事に反対するなんて親不幸者だ」

「千春も言っていたけど今は民主主義時代だと、なんでも力で捻じ伏せる時代じゃないのよ」

「とにかく探せ、すぐ帰って来ると思うが」


 だが母の春子は感じていたあれは覚悟の家出だと。家出したら大学はどうなるのかと心配した。春子は心当たりがある所へ電話したが知らないと言う。仕方なく従業員に千春を見かけなかったかと聞いて見た。

「ああ、お譲さんですか。なんか大きなバッグを持っていたから何処か行くんですかと聞いたんです」

「それで何処に行くと言っていました」

「なんか友達と旅行してくるとか」

「何処に行くと言っていました」

「場所は言っていませんでしたが、その辺よとだけ」

 春子は大学生だし友人と旅行してもおかしくはないと思ったが心配でならない。


 そのころ千春は久里浜のフェリーターミナルで出航時間を待っていた。もしかしたら親が此処に来るかも知れないと気が気ではなかった。待合室には咲子が見張りをしている。まさか両親はこないと思うが。もし咲子が見つかって千葉のおばさんの所へ行くと言えば良い。フェリー出航の最終案内のアナウンスが流れた。咲子が手招きをしている。千春は慌てて船に乗り込んだ。船が出航してホッとした。もう大丈夫。一時間ちょっとで東京湾を渡り千葉の木更津に着いた。今はこの航路はアクアラインが開通し廃止になり久里浜―金谷航路に変わった。

 「千春ここまでくれば安心よ、あとは伯母さんの所にゆくだけ」

此処からさほど遠くない富山町にバスに乗り到着した。小さな温泉宿があり咲子の伯母さん夫婦が小さな旅館を経営している。咲子も一緒に来てくれて咲子の伯母さん夫婦を紹介してくれた。

「話は咲子から聞いたわ。酒蔵(さかぐら)のお嬢さんだってね。いいの? お父さんお母さん心配しているわよ」

「はい分かっています。でももうどうにもならないんです。ですからこちらで働かせてください」


「まぁその辺の事情は咲子から聞いているわ。その身体で大変だろうけど働けるだけ働いて。でも大したお給金出せないわよ。それでいいなら」

「勿論です。置いて頂けるだけで感謝します。宜しくお願いします」

「伯母さん千春を宜しくお願います。私の大の親友なの、これまでいつも私が千春に助けられたから。千春は酒蔵のお譲さんだけど根性はあるのよ」

 そう言って今日の最終フェリーで帰って行った。

咲子が紹介してくれた伯母夫婦で営む宿の名は小端屋旅館、客室は七部屋ある。従業員は六十過ぎの板長と三十代の料理人の二人。他は仲居さん二人と仲居さんと経営者(女将の夫)の二人合わせて六人。主な客層は、温泉を楽しむ客より釣り人が多いらしい。

 千春に与えられた部屋は旅館の離れにある倉庫を改造したものだ。此処には布団、座布団やお膳といった備品を納めてある。その一部を改装して五畳ほどの部屋が千春の部屋だ。

 咲子は頑張ってねといって帰って行った。千春は深く頭を下げてお礼を言った。親友とはいえ本当に世話になった。咲子にきつく言われた。勝手に家出したのだから、ほとぼりが冷めたら実家に連絡するようにと。分かってはいるが、まさか子供が出来たなんて言えない。一応置手紙はしてきたけど怒っているだろう。千春がしでかした出来事はあまりに大きい。


つづく

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