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初名の関西での家は、大阪ではなく隣の兵庫県にある。そこから大阪梅田駅までは阪神電車に乗って八駅、特急なら一駅だ。
駅改札を出ればすぐに繁華街が広がるという嬉しい街ではあるが、それはつまりそれだけ広く、人の流れも多いということ。つまりは、探し物をする者にとっては圧倒的に不便な場所なのだった。
先日の行動通り、駅を降りてから歩いた道順をじっくりじっくり歩き回っていた。道行く人は皆天井近くの案内板か店のショーケースを見ているというのに、初名一人、床を穴が空くほど見つめていた。
奇異の目で見られることなど、すっかり慣れてしまった。そんなことよりも、あの小さな竹刀を見つけ出す方が大事なのだ。
だが、ここを訪れたのは24時間以上前のこと。今初名が歩いているアーケードには、景観を守るために掃除のおじさんがところどころに立っている。もしもここに落としてしまったなら、ゴミと一緒に収集されてしまった可能性が高い。
ごみとしてポイっと放り投げられる最悪の想像をしながら、一縷の望みをかけて、初名は必死に歩き回っていた。
「ストラップ、ストラップ、竹刀のストラップ……」
「ない……ない……が、ない……」
「竹刀、ストラップ、竹刀……!」
「ああ、やっぱりない……どこにあるんかしら」
「御守り……うん?」
気付けば、何やらシンパシーを感じる声が近づいてくる。ふと顔を上げると、初名から数歩離れたあたりで、同じように床を見つめている老齢の女性がいた。
年の頃は70代だろうか。淡いくすんだ白銅色の着物を纏った姿からは、どこか気品が滲んで見えた。
だがその表情は初名よりもずっと不安げで悲しそうだった。女性はキョロキョロと周辺の床を見て回っている。
心配になるが、何故か周囲の人は目もくれない。細い足でふらふらと歩く様子を見ていると、言わずにおれなかった。
「あの……何かお探しなんですか?」
そう声を掛けると、女性は驚いた顔で振り返った。それほど驚くことだろうか。だが驚きながらも、女性は縋るような声を出した。
「指輪が……」
「指輪?」
「指輪がないのよ。大事な大事な、指輪やのに……」
ずっと身に着けていたのだろうか。左手の指をさすりながら、女性はそう言った。旦那さんからの贈り物か、まさか結婚指輪なのでは……思わずこちらでも最悪の想像をしてしまっていた。そうすると、口が勝手に動いていた。
「あの、お手伝いします……!」
しまった、と思った。いきなりお節介ではなかったかと思ったが、女性の顔は綻んでいた。どうも気を悪くしたのではないらしい。
「お嬢さん、ありがとうね。お名前、訊いてもええですか?」
「は、はい。『小阪 初名』といいます」
「初名さん……そう、綺麗なお名前やね」
そう言う女性は、くしゃりと大きく笑った。それはとても可愛らしく、上品な、何だか好きだと思える笑みだった。
「あ、ありがとうございます。あの……お名前を伺っても?」
「ああ、ごめんなさいね。私は……和子よ」
「『和子』さん? あの、苗字は?」
「ええやないの。ただの『和子』。そう呼んでくれへん?」
「はい……和子さん……?」
女性は……『和子』は、初名の問うような呼びかけに、穏やかな笑みで答えていた。
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