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 床を見回していても見つからないなら、誰かが拾っているかもしれない。

 ならば、と初名たちが訊ねたのは地下街の管理センター。落とし物が届いているかも知れない場所だ。

 地下街に限らず、梅田各駅は落とし物が多いことで有名だ。一定期間過ぎた落とし物を格安で売り出すといった企画もある。中には信じられない高価なものが含まれていたりするので穴場だったりするのだが……今はそうなる前に見つけたいところだ。

 案内板と広場の地図を見て、何とか管理センターまでたどり着くことができた初名は、職員のおじさんに訊ねてみた。

「指輪? どんな形ですか?」

「えーと……」

 問われて、初名は落とし主である和子を見た。

「お花がついてるんよ」

「お花が?」

 指輪のモチーフのことだろうか。初名はダイヤか何かの宝石が台座についたファッションリングか、結婚指輪のようなシンプルなものを想像していた。

 花のように宝石や金属を加工したとは、随分派手な作りだ。

 和子の上品ではあるが質素な佇まいとは少しかけ離れた意匠に思えた。

 だが、他ならぬ和子本人が言うのだから、間違いはないのだろう。

「うーん、花のついた指輪は見当たりませんけど……」

 職員が指輪の落とし物だけを並べてくれたので、初名は端から順に確認した。

 この年齢の女性が持っていそうな、花のモチーフがついた指輪はないか……。

「ない……」

 背後から和子のそんな力のない声が聞こえた。

「そう、ですか……」

 和子は見るからに肩を落としていた。

「い、行きましょうか」

 初名はそっと和子の手を取り、職員に頭を下げた。

 職員は、何故か怪訝な顔を向けていた。そのことを不思議に思いながらも、初名は和子と並んで、管理センターを後にした。

 二人は再び天窓のついたひときわ明るいアーケードに戻って来た。ここなら道の中央にベンチが多く設置されているからだ。

 空いている席を探しながら、初名はふと思ったことを口にした。

「あの……指輪を落としたのってここなんですか? お家のどこかってことは……?」

「ううん、絶対にここ。ここなんよ」

 和子は、力のこもった声で言い切った。

「そう、ですか」

 ならば、ここで見つけることを考えねばと、初名は考えを新たにした。

「ごめんねぇ、付き合わせてしもて」

 ゴミに紛れて捨てられたか、綺麗だったから持ち去られたか、はたまた落とした場所が違うのか。わからなかったが、振り出しに戻ったことは確かだ。

 空いていたベンチに腰掛けるなり、和子は申し訳なさそうに項垂れた。色々と歩き回った末の取り越し苦労だったからか、疲れが見える。

 和子より若い自分が元気なように見せなくてはと、初名は努めて明るい声で答えた。

「いえいえ、私も捜し物があったから、ついでなんです。さっき訊くの忘れちゃったんですけど」

「いやぁ、ホンマにごめんなさいね。何探してるん? 一緒に探すわ」

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