セイレとグレミアの婚姻話

 

 グローリアス学園の卒業式も終わり、城も騎士団も卒業したての新たな人員を迎えての新体制が整いつつある、そんなある日。


「そうですか……元大公が……」


 魔法通信による会談の後すぐに身元をグレミア公国へと引き渡した元大公が、昨日、グレミア公国での裁判により死刑が確定したと、彼の実子であるラスタ公子……いや、ラスタ現大公から知らせが入った。


「関わったすべての人間の取り調べが終わり次第、速やかに刑は執行されます。もちろん、父のもとで父に自分の意思で従い続けた魔術師団についても、厳罰が下されるでしょう」


 少しやつれたその顔を緩ませて淡々と告げるラスタ大公に、私は眉を顰める。


 あんなでも実の親だ。

 複雑な感情はあるだろうに、今の立場はそれを許してはくれない。

 力ある立場は、時に残酷だ。


「大丈夫、ですか?」


 思わずそう尋ねると、ラスタ大公は少しだけ驚いたように目を大きく見開いて、それからふわりと笑った。


「あなたは優しい方ですね。グレミア公国はあれだけのことをしてしまったというのに、心配だなんて。あなたにも、あなたのお友達にも、危害を加えたこともあったと聞きましたが?」


「元大公は嫌いですし、あの拉致事件について許すことはありません。でも、あなたとあの人は違う。そして、あの人と国もまた、同じではない。心配ぐらいしますよ」


 それにある意味、彼は被害者でもあるのだから。


 私の言葉にラスタ大公は穏やかに視線を伏せた。


「そう、ですね……。ありがとうございます。……そんなあなただから、きっと皆好きになるのでしょうね」

「ふぉ!?」

 突然の予想だにしていなかった言葉に思わず変な声が出た。


「グレミア公国では、私とセイレの姫──あなたとの結婚を望む声が上がっています。和平の象徴となる、と。そちらでもそうなのでは?」

「うっ……」


 実を言えばその通りだ。

 国民、というよりは、主に貴族──元老院の方々からそういう声が上がっている。


 彼らは王不在時も国を確かに守ってくれていた人々。

 無碍に一蹴できないのが現状で、ラスタ大公でなくとも、他の王子とでもいいから婚約を、と急かしてくるのを毎日のようにどうにかかわしている。


「正直、ラスタ大公と結婚するなんて無理です。あ、大公がどうのとかそういうのじゃなくて、単純に、最低条件からして絶対にクリアできませんし」


 私はセイレの王で、彼はグレミアの大公。

 お互いに一人っ子で、国にとって替えが無い存在なのだ。

 私たちの結婚相手は、跡継ぎ以外でなければならない。

 それが最低条件であり、絶対条件。


 って考えると、よく父母やシルヴァ様は先生を婚約者候補にしたなと思う。

 そこは立場よりも親同士の思いが勝ったのかもしれないけれど。


「ですよね。でも、和平の象徴とする意味では──確実な方法では?」

「っ……」


 それはそうだ。

 婚姻は、国と国の結びつきを強めるために一番いい手でもあるのだから。

 だけど……。


「が、私も好いた人と結婚したいですし、お互いこの話には頷かない、ということで」

「へ?」


 さっきまでの深刻な表情から一転、にこやかにそう言ったラスタ大公に、私の口から間の抜けた声が漏れた。


「好きな、人?」

「はい。幼馴染の公爵令嬢です。幼い頃からの婚約者でして。ずっと大切にしてきた彼女を、和平のためとはいえ婚約破棄するなんてこと、私にはできません。グレミア公国の大公妃は……私の妻は、彼女だけなんです。彼女以外考えられない」

「ラスタ大公……」


 羨ましい、と思った。


 こんな風に好きな人に強く思ってもらえるなんて、きっとその令嬢はとても幸せだろう。

 これから先、彼女をどんな困難が襲ったとしても、ラスタ大公の思いがあれば、彼女はやっていける。


 愛されているという自信は、人を強くする。

 エリーゼもそうだった。

 自分はたくさんの人に愛されているという自信が、強さになっていた。


 でも私は──。

 その自信に関しては皆無だ。


 不確かで、おぼろげで、自信がない。


「女王はクロスフォード騎士団長をお想いなのでしょう?」

「はいっ!? な、なぜそれを……?」

「グレミア公国でも有名です。騎士団長に付きまとい愛を叫びまくる少女のことは。確か──グローリアスの変態」


 うぁあああああ!?

 ラスタ大公にまで届いてたの!? その不名誉な二つ名!?


「恋仲なのでしょう? 騎士団長と」

「うっ……その……ちがいます……」

「え?」


 恋仲だったらこんなに悩んでない。

 護衛として傍にいる間は仕事モード状態。

 でも休憩に入ってもらっている間は、先生は療養中のエリーゼのお見舞いに通っているのを、私は知っている。


 不毛だ。

 だけど期待してしまっている自分もいるのだから、始末に負えない。


「何にしても、あなたの思いがつながることを、私も願っています」


 そう穏やかにほほ笑んだラスタ大公に、私は曖昧にほほ笑むと、その長い通信を終えた。


「はぁ……」


 ため息の先。

 机の上には何枚もの釣書。


 元老院のおじいさん達の言いたいこともわからんでもない。

 たった一人の王族の血を、絶やしてはならないという思いがあるのだろう。

 だけど──……。


「覚悟、してたはずなのになぁ……」


 先生の記憶が戻って、口づけされて、もしかしたら、なんて淡い期待を抱いてしまった。


 ちゃんと話をしないと。

 どう思っているのか。

 私と先生の、今の関係について……。


 そして私はまた、大量の釣書を前にため息を落とした。




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