グローリアス、帰る場所

 暖かい日差しに、そよぐ風。

 緑の大地に整列した灰色マントの生徒たちは、まっすぐに壇上を見上げる。

 その表情はどれもどこか晴れやかだ。


 今日、彼らはグローリアス学園を卒業し、それぞれの道を行く。


「二年前、この学園に入学した君たちの顔を、よく覚えているよ。君たちは──そう、とても自信に満ちていた。だけど入学して、自分の世界の狭さを知ったね。入学早々シリルに勝負を挑んで、こてんぱんにやられた者もいた」


 そんな人がいたの!?

 勇者か!?

 え、お友達になり──ごふん、はい、大人しくしてます。

 だから睨まないで先生……!!


 フォース学園長の言葉に胸をときめかせる私を、その思考を見透かしたように隣で先生がじっとりと睨みつけるように見下ろす。

 コワイ。


 あれから先生とは結局まだ深い話ができないまま。

 毎日顔を合わせるし、執務も手伝ってくれているけれど、そういう雰囲気にはならない。

 今が時ではない、ということなのだろうと半分諦めている。


「永き時を生きるエルフの僕でも、こんなに自信に満ちた学年は初めてだったよ。これだから人間への興味は尽きない。入学して、己の小ささを知って、それでも君たちはめげることなく食らいついたね。自信を無くすのではなく、もう一度自信を取り戻そうと食らいついた。それって本当に難しいことで、それができた君たちは素晴らしいと思うよ。誇ると良い。この学園で、君たちが必死になった日々を。それらはきっと、君たちのこれからを照らす道標になるだろう。君たちのこれからの道、幸運を祈る。僕よりも長く生きろ、とは言わない。だけどどうか少しでも長く、たくさん、笑顔で生きておくれ。卒業、おめでとう」


 永い時を生きるフォース学園長の思いの溢れた挨拶。

 教員席ではジゼル先生が涙ぐみながらうなずいている。


 長寿である彼らにとって、周りの人々が自分よりも先に老いて死んでいくというのは当たり前の事なのだろうけれど、きっと何度経験しても慣れるものではない。


 特に、教師である彼らにとっての教え子の死は──。



『まだ若く、未来ある教え子達が逝くことほど、辛いことはありません……っ!!ロイドも!! リーシャも!! シルヴァまでも……!! 姫君。いいえ、ヒメ……!! どうか、あなたはもっとずっとたくさん、生きてください……!! 人の寿命が私よりも短いのはわかっています。ですが、どうか……!! 人としての生をめいいっぱい完うして逝ってください……!! 見た目が私を追い越すまで……!! そしてできれば……できれば、笑って、逝ってください……!!』


 あの時のジゼル先生の叫びにも似た言葉が脳裏に蘇る。

 心に留めておかなくてはいけない、大切な言葉。


「次に、女王陛下より祝辞を賜ります」

 ジゼル先生の紹介に、私は教員席の隣の来賓席から立ち上がり、壇上中央へと足を進めた。


 目の前には数か月前まで先輩生徒たち。

 そしてその後ろの方には、クラスメイト生徒たち。



 ……だった──?


 いや違う。

 私にとっては今も……元の年齢に戻っても、過ごした日々は、記憶は、思いは、変わるはずがない。


 私は大きく息を吸いこむと、目の前の先輩たちに、ふにゃりと笑った。


「先輩方、ご卒業、おめでとうございます」


 一国の女王からの、“先輩”という言葉に、若干のざわめきが起きる。

 だけど私は止めることなく再び口を開く。


「この学園を去り、王位を継いで、本当の年齢に戻った私ですが──何も変わりません。相変わらず先生を追いかけていますし、相変わらずベアラビ達に推し活とは何かを説いています」


 おどけたように笑えば、呆れながらも笑顔を向けてくれる、クラスメイト達。

 きっと何が言いたいのか、彼らには伝わったのだろう。

 私は笑顔を携えたまま、話を続ける。


「何も、変わっていません。私にとってのここで過ごした時間も、思い出も。クラスメイトはクラスメイトで、先輩は先輩だということも。……これから先、今まで通りにはいかないことも多くあると思います。迷い、立ち止まる事だって。悔しくて涙することだってある。そんなときはいつでもここに帰って来たらいい。きっと、フォース学園長はフォース学園長だし、ジゼル先生や他の先生方もそう。……グローリアスは──変わりません。肩の力を抜いて、行ってらっしゃい。先輩方の幸せを、いつも願っています」


 そう結び、私は卒業生に一礼し、自分の席へと戻っていく。


 これからどんな道を歩んだとしても、グローリアスは皆の帰る場所であるだろう。


 私にとっての、先生のように。


 私はふにゃりと笑って、蒼天を仰いだ。










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