魂保管庫になりました

 二人を包んだ淡い黄金の光が、まるで二人を拘束するかのようにまとわりつく。


「ぐっ……ぐぁっ、力がっ……抜けて……っ、は、離せ!! っ、離せぇーーーーっ!!」


「おやや。っ、兄からの抱擁を受け入れてくれないだなんて……っ、ひどい反抗期、だねぇ」

 おどけたようにそう言うと、フォース学園長はわずかに視線をこちらに向け、声を上げた。


「エリーゼ!! 僕ごと聖女の力で薙ぎ払え!!」

「!?」

「えっ、で、でもそんなことをしたら……っ!!」


 フォース学園長ごと……消滅してしまう──!!


「だっ、だめですっ!! エリーゼ!!」


 これじゃぁ……エリーゼを犠牲に魔王を封印した時と一緒じゃない……!!


 あの出来事は先生の中に大きな重しとなって残り続け、その手足に枷となってまとわりついた。

 自分がエリーゼを死なせてしまったのだと、深い傷を残した──。


 今度はそれを、エリーゼに負わせるの?

 そんなの──っ!!


「もう、誰も犠牲にしたくない──っ!!」

 私の目が熱を持つ。

 赤く染まった私の目を見て、魔王の深緑の瞳が大きく見開かれた。


「鬼神……様……」

「!!」


 あぁ、やっぱり。この人は──。


「エリーゼ……!!」

「エリーゼ早く!!」


 私の懇願にも似た声と、フォース学園長の緊迫した声が重なる。

 そして──。


「っ……シリル!! ヒメを!!」

 エリーゼが声を上げると同時に、先生が素早く私を後ろから抱きしめるように拘束した。


「先生!? っ、離してっ!!」

「大丈夫だ」

 抵抗する私の耳元で、先生の低く落ち着いた声がなだめるようにささやいた。

 不思議と身体全体に沁み込む声に、抵抗する力が緩まっていく。


「ヒメ」

「エリーゼ……?」

「大丈夫。今の私を、信じて」


 そう言ってほほ笑んだエリーゼは、癇癪を起こして王と王妃を葬った時とも、15歳のあの時とも違う。

 自分のすべきことから目を背けず向き合った、強く慈愛に満ちた聖女の顔をしていた。


「エリーゼ……っ、わかりました。信じます。今のあなたを」

 そう伝えれば、嬉しそうにほころぶエリーゼの顔。


「ありがとう、ヒメ。……さぁ──行くわよっ!!」

 エリーゼが両手を魔王とフォース学園長の方へと突き出すと、淡い白い光が手のひらで膨れ上がる。

「いっけぇーーーーーーーーっ!!!!」

 放たれたその白い光は黄金の光ごと二人を飲み込んだ──!!


「ぐっ……うあぁぁあああああああっ!!」

 光の中から魔王の叫びだけが夜の訓練場に木霊する。


 フォース学園長はどうなったのか。

 それすらもわからないほどに眩い光が一帯を照らし、夜の闇を覆い隠した。


 光が少しずつ粒子となって霧散していく中で、かすかに聞こえた。


「兄……さん──……」

 か細く兄を呼ぶ弟の声。

 千年以上ぶりの、その頼りなさげで迷子の子どものようなそれに、私は思わず目を背けたくなる。


 キラキラと光の粒子が消えた後に残ったのは、たった一人立ち尽くすフォース学園長と──宙に浮かぶ丸い光の球。


「なんで……僕……」

 未だ実態のある自身の両手をまじまじと凝視しながらフォース学園長がつぶやく。


「対象を無差別ではなく“魔王”にのみ絞ったの。今そこに残ってるのは、フォース学園長と──魔王を消し去った後の、本来の彼の魂よ」


 魔王としての彼だけを取り除いて……本来のエルフとしての魂に戻した……?

 そんなことが……本当に?


 呆然と立ち尽くす私に、エリーゼがいたずらっぽく笑った。

「どう? 今の私、大したものでしょう?」

 そんな彼女に、私は未だ呆然と目の前の光景を見つめながら答えた。

「たいしたものどころか……すごすぎます、エリーゼ……!!」


 王と王妃の命は無駄ではなかった。

 まだモヤモヤしていたものはあるし、簡単に切り替えるなんてことはできないけれど、それでも確かに感じた、父母の犠牲の上の力は、破壊ではなく、創世の力として使われているのだということに、私の中にわずかな安心をもたらした。


「だけどこの魂もいずれは消えるわ。実体が無いのですもの」

 魂という者は実体なしには存在し続けることはできない。

 いつかは消滅してしまうのだ。


「ヴァース……。……うん。仕方がない。このまま消滅させて──」

「まったく……世話の焼ける子どもらだ」

 フォース学園長の言葉をさえぎって、私の口から私ではない者が言葉を放った。


 ──鬼神様だ。


「ヒメ?」

「カンザキ? いったい何を……」

 戸惑うエリーゼや先生たちを見向きもせず、私は自分の意思とは関係なく足を動かし、フォース学園長の前に浮遊する光の方へと歩みを進めると、両手でそれをそっと包み込んだ。


「私と共に来るがいい。優しすぎたエルフの子よ。今しばらく時を見守り、全てが終わりし時、ともに輪廻の中へと戻ろう」


 そう言葉をかけると、光はふよふよとゆっくりと私の中へと入っていった。


「……え……」


 ま……元魔王が入ってきた!?

 ど、どうしよう!?

 憑りつかれる!?

 あぁでも、エリーゼが魔王の部分は消滅させたって言ってるし……で、でも……っ。


 “落ち着け馬鹿者”

「ぴゃっ!?」


 頭の中で呆れたような声が響いて、思わず変な声が漏れた。


 “放っておけば輪廻の中に帰ることもできず滅びていただろう。それはお前の本意ではないな? だから、私がすべてを見届け輪廻へと戻るその時まで、ともにお前の中にいることにした”


「あぁー……っていうか、全てって何ですか!?」


 “私の見守るべきものだ”


 アバウトすぎる……!!


 “と、いうことだ。精々がんばれ。我が子孫”


 何を頑張れというんだ……。


「ひ、ヒメ?」


 クレアの声が恐る恐る私を呼んで、私ははっと我に返った。


「あ……はは、ははは。さすがエリーゼ!! 魔王の身を消滅させるなんてすごいです!! えーっと……魂の方は私の中でしばらく保管しておきますので、ご安心を!! 私、今、魂保管庫の機能付いてるんで!!」


「君はいつの間に人間をやめたんだ」


 うっ……聞かないで。

 私もよくわからんから。


 神埼ヒメ。

 鬼神様のみでは飽き足らず、体内で元魔王の魂までもが住むことになりました。





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