終わらせよう、僕とお前の永き物語を──


「では──アレン」

「うん。頼む。ヒメ」


 アレンに向けて、自分の中の力を放出させると、手のひらから光が溢れ彼へと向かった。


 魔封じの解除。

 アレンの中で組み込んでいた魔王専用の檻のようなものを、丁寧に取り払っていく。


 一本一本の光簿棒が取れては消え、取れては消え、そうしているうちにアレンの呼吸が少しずつ荒くなって、自身の両腕をぐっと両手で掴み両足で大地を踏みしめ意識を保とうとする。


 アレンが戦ってる……。

 あと少し。あと少し──っ、取れた!!

「レイヴン!!」

「おう!!」

 私がレイヴンに合図をすると、私たち一人一人の周りに防御ドームが出現した。


 刹那──。


「っ、はは……あっはっはっははははは!!」

 アレンの口から低く唸るような笑い声が、夜の訓練場に木霊し、それと同時に彼から黒い霧が放出されると、黒い霧は人の形となって私たちの前へと姿を現し、代わりに何かが抜け落ちたようにぐったりとアレンが地に倒れ込んだ。


「魔王……っ。──クレア!! すぐにアレンに回復魔法を!! レイヴン、アレンにも防御壁を追加!!」

「わ、わかったわ!!」

「任せろ!!」


 すぐさまクレアが倒れているアレンへと聖魔法で回復を施し、同時にレイヴンがアレンに防御魔法をかける。

 今は意識を失っているけれど、これでアレンは大丈夫だ。

 一つ心配事が片付いたことで自分の抱えていた重荷が少しばかり軽くなったように感じる。


 さて、後は──。

 暗い緑色の長い髪と鋭い瞳。

 尖った耳。

 どこかフォース学園長に似た男。

 彼がフォース学園長の弟のなれの果て──魔王。


「忌々しい魔封じを解いたと思えば……いつしか我を封じ込めた聖女が一緒とは──っはは……!! そうか。貴様如きが我を完璧に消滅させると……そう言いたいのか?」


 心底愉快だとでもいうかのようにニタリと笑う、フォース学園長によく似た男に、私も同じようにニタリと笑って見せる。


「できますよ。エリーゼは……聖女、ですから」

「ほぉ? あの時我を完全に葬り去ることもできず、己の魂ごと封じるにとどめるしかできなかった聖女が、我を封じる? 笑わせてくれるものだ。……いいだろう。やれるものならば──やってみるがいい!!」


 魔王の身体から禍々しい闇色の光を放ち、突風が吹き荒れる。

 立つのがやっとなほどに強い風は、レイヴンの防御魔法が無ければ簡単に吹き飛んでいただろう。

 闇色の光と共に身体から放出された黒いもやが、魔王の手の中で鋭い黒刀へと姿を変えていく。


「っ、先生!! レオンティウス様!!」

 私の声を合図に先生が素早く自分とレオンティウス様の足元に風魔法を付与し、それと同時に二人左右から地を蹴って前へと飛び出す──!!


「っ──はぁっ!!」

「はぁぁああああああああ──っ!!」


 セイレ王国騎士団の誇る双剣が左右から飛び上がって魔王に切りかかり、私もワンテンポずらしてから奴のど真ん中へと飛び込んだ──!!


「たぁぁあああああああっ──!!」

 その時、近くにとらえた魔王の口元が──緩く弧を描いた──。


「まったく……。弱く……そして愚かなものだ。人間は──っ!!」


「っ!! 先生、レオンティウス様!! 避けて!!」

「ぐっ……!!」

「うわっ!?」

 双剣を鋭く黒き刃が一振りで凪ぎ飛ばすも、すぐに受け身の体制を取った先生たちに怪我はなさそうだ。

 よかった……。

 残るは私の、この刀だけ──!!

 二人を吹き飛ばした後のっこの隙に──!!

「たぁぁあああああああっ!!」

「鬼神の末裔もこの程度か……」

 憂いた深緑の瞳が、すぐそこに迫る私をとらえ──「っ……!! きゃぁぁあっ!!」

 隙があったはずの刀がこちらへ方向を転換させ、私の刀を受け止めると、そのまま私は後方へと弾き飛ばされてしまった。


「カンザキ!!」

 飛ばされて地面に打ち付けられそうになるのを先生がすかさず受け止め、私はその衝撃を免れた。


「大丈夫か!?」

 私の無事を確かめようと腕の中の私を覗き込む先生のご尊顔に、思わず口元が緩んでしまう。あぁ、良い匂い。先生の匂いだ。


「うへへ……先生のホールド……。もう私、このまま死んでもいいかもしれないです……うへへへ……」

「……大丈夫そうだな、バカ娘」

「ひゃぁっ!?」どしんっとそのまま地面に落とされて私のおしりと地面が正面衝突し、鈍い衝撃が走る。


 ひどいっ!!

 落とすことないのにっ!!

 でもそんなつれないところも好き!!


「こんなバカで間抜けで弱きものが鬼神の末裔──。はっ、虫唾が走る」

 魔王のそのあざ笑うような言葉の中に、どこか絶望や諦めのようなものを感じて、私はそれが自分の中の鬼神様への感情なのだと気づいた。


 そうか……。

 推しだったんだ。

 言葉は少し違うかもしれないけれど。

 鬼神様を、本当に慕っていたんだ。この人は。


 ただ茫然とそんなことを考えていると、先生が私の前に出て私を守るようにして立ちふさがった。

「確かにこれはバカ娘だ」

「ばっ!?」

「間抜けだし、どうしようもない阿呆だ」

「ひどいっ!!」


 ちょっと前までいい雰囲気だったのは何!?

 私の妄想!?

 それとも今ツン期来てるの!?


「だが──」

 ふと振り返る先生のアイスブルーが、私を見て優しく緩められた。


「だが、誰よりも強く優しい心を持つ、私の大切な──大切な姫君だ」

「~~~っ」

 敢えて女王ではなく姫君だと言ったその意図は何だろうか。

 私は先生にとっての──お姫様でいてもいいのだろうか。

 そんな儚い幻想を抱いてしまいそうになるじゃないか。


「──そうだね。ヒメはとっても強い子だ」

「フォース学園長?」

 私たちの脇をすり抜けて、フォース学園長が静かに魔王へと歩みを進める。


「……フォース。まだ存在を保っているのか。老いぼれめ」

「おいぼれはお互い様だろう? ヴァース」


 ヴァース──。

 初めて耳にする魔王の真名に、あらためて彼が元は魔王なんてものではなく、エルフの、フォース学園長の弟なのだと思い知らされる。


「ヒメとお前は似ていると、ずっと感じていた」

「我とこの女が? 一緒にしてくれるな。このような間抜け面となんぞ……」


 言い方!!

 私の扱いさっきからひどくない!?


「ふふ。そうだね。でもシリルが言っていた通り、ヒメは──強い。……ヴァース。お前は尊ぶ者を思い、その苦しみに同調し、嘆き、絶望し、堕ちた。でもヒメは違う。尊ぶ者のために強さを求め、努力を重ね、そして何がなんでも大切なもののために生きようとした。生きて、大切な者の幸せを祈り続けることを選んだヒメは──お前なんかよりもずっと、ずっと強い」


「っ、黙れ……っ!! 黙れぇぇえええっ!!」

 黒剣が無造作に振り込まれて、疾風が吹き荒れる。

 レイヴンの防御壁があっても風圧で吹き飛ばされそうになるのだから、やっぱり魔王の魔力は威力が桁違いだ。

 そんな中も一人、風の抵抗を受けることなく、一歩ずつ歩みを進めるフォース学園長。


「フォース学園長?」

 私のつぶやきが聞こえたのか、学園長は一度わずかにこちらへと視線を向けて優しく微笑むと、また歩みを進めた。

 思いきり吹きすさぶ風が、フォース学園長だけを避けていく。


 まるで彼を敵とは見なせずにいるかのような。

 まるで、彼への思いが残っているかのような光景に、私の胸がずんと重くなる。


 もしも私とセナが血のつながりのある姉妹だったなら……こんなふうに情というものが生まれていたのかもしれない。

 養父母も、私を見てくれたかもしれない。

 そんな願っても仕方のないことを考えてしまった。


「……もう少し早くに、動かないといけなかった。そうすればシルヴァも死ぬことはなかったかもしれない。エリーゼが、自分の魂ごとお前を封じることもなかったかもしれない。アレンが苦しみ続けることも。ヒメが頑張り続けることだってなかったかもしれない。僕の大切な子たちが傷つく必要なんて、なかったかもしれない──」


 そしてフォース学園等は、魔王の目の前までたどり着くと、その両腕で魔王をそっと抱きしめた──。

 フォース学園長から漏れ出る黄金の光が、彼と、そして魔王を包み込む。


「っ!! 何をっ……!!」


「終わらせよう。僕と……お前の、永き物語を──」

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