エルフの情
「私が今度こそ、魔王を消滅させて見せるわ──!!」
その強い瞳には、一寸の揺らぎもなかった。
私はそれに頷くと、不安げにこちらを見守っていたアレンへと視線を移した。
「アレン、大丈夫です。もうエリーゼはあんなことにはなりませんよ。私も、それに、魔を消滅させる聖女の力はまだ使えませんが、聖女であるクレアだって、聖魔法を覚え始めています。たくさんの助けがある。何があっても大丈夫です。アレン──私たちを信じて」
もう絶対に、誰も犠牲になんてしない。
誰かの犠牲の上に成り立つ平和なんて、このセイレにはいらない……!!
「ヒメ……。……うん。わかった。皆──よろしく、お願いします」
そう言って頭を下げたアレンに、私とエリーゼは安堵の笑みを浮かべ、互いに視線を交わらせた。
「ではさっそく。ここでアレンにかけている魔封じを解くのも危険ですし、訓練場へ場所を移しましょう。あそこなら常時結界が張られていますから。先生、念のため、騎士団に通達をお願いします。封じられた魔王を完全に消滅させること、そして訓練場に立ち入り禁止を」
「わかった。念のためグローリアスに戻っているアステア先生にも声をかけて騎士団で待機しておいてもらおう」
「ありがとうございます」
いつもの私ならここで先生に好きだのなんだの伝えてしまっただろうけれど、私らしからぬぎこちない返事をしてしまった。
エリーゼを前に、先生への距離感がわからなくなってしまったみたい。
だけど今それを考えている場合ではない。
戦争が終結して、闇の力が衰えた今がチャンスなんだ。
早いところアレンを解放してあげないと。
「エリーゼ、目覚めていきなりになってしまうんですが、身体の方は大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。任せて頂戴」
目覚めてすぐにこんな大役を押し付けてしまって申し訳なさがあるけれど、さっぱりと笑顔でこたえてくれるエリーゼが心強い。
彼女のこういう天真爛漫でさっぱりとしたところ、やっぱり素敵だ。
その場にいた全員がぞろぞろと医務室を出て訓練場へと向かいだす。
彼らが離れていくのを待って、私は足を止めてフォース学園長を振り返った。
「大丈夫ですか?」
「ん? 何が?」
「弟さん、ですよね。魔王って」
「あぁ、それか」
きょとんとしたその表情から、特に何も感じているわけではないことがわかる。
過去で魔王の話をした時だってそうだ。
もう千年以上も前の話だから、と気にしている様子なんてなかった。
だけど、血を分けた兄弟だ。
共に過ごした思い出だってあるだろう。
情だって。
私は、私たちはそんな存在を消そうとしているんだ。
気にならないわけがない。
「……優しいね、君は。でも大丈夫だよ。共にいたのはもう何百年……いや、千年以上も前のことだし。何よりエルフは元々そういった親愛の情とかいうものにはあまり関心がない。そんなものよりも世界の安寧を取る種族で、嬢なんてものは僕らの中ではほんの些細なものだ」
種族の違いの大きさを嫌でも感じさせられる。
人と人との関わりに重きを置かないエルフ。
それは親兄弟でも同じ、というわけか。
でも私は知ってる。
シルヴァ様の葬儀の時、フォース学園長の手が震えるほど固く握りこまれていたのを。
それは紛れもなく、フォース学園長の中の情が動こうとしていたからだ。
「……それでも。無理はしないでくださいね」
私の言葉に、フォース学園長はただ穏やかに笑って「わかったよ」と静かに答えた。
***
夜の訓練場は当然のごとく人がいない。
ここにいるのは私と先生、レイヴンにレオンティウス様、フォース学園長、それにエリーゼとアレンとクレアの8人だけ。
だけど先生によって騎士団全体に知らせが入ったことで、夜勤の騎士たちが騎士団の窓から見下ろして私たちを見守っている。
その中にグレイル隊長を見つけた私が安心させるように笑顔で手を振ると、彼は真剣な表情で私が学園旅行でお土産に買ってきたマッチョ人形を掲げた。
あの戦いでレオンティウス様の窮地を彼が貸したマッチョ人形が救ってから、そのご利益の高さにすっかりと信者になってしまったグレイル隊長。
うん、何かやれる気がしてきたわ。
そして私は、アレンへと向き直ると、右手を彼に突き出した。
「私が魔封じを解いたら、おそらく魔王はすぐに出てくるでしょう。レイヴンは私達全員への防御魔法と、合間に魔王への攻撃を。先生と私、レオンティウス様で隙を作るので、エリーゼは奴の隙を狙って消滅の聖魔法を。クレアとフォース学園長は、エリーゼの聖魔法の補助をしてください」
あの狡猾で隙のない魔王を消滅させるには、まずは隙を作らないことには何もならない。
それにきっと奴は抵抗してくる。協力で確かな防御が必要だ。
負けるつもりはない、けれど、油断はできない。
「俺防御も攻撃もすんのか!?」
「レイヴンなら朝飯前です!! 頑張ってくださいね!! ほら、あそこで騎士団の可愛い女性事務員たちがこっちを見てますよー」
「お前……俺を何だと思ってるんだ……」
もちろん万年発情犬です。──とは言えないので、無難な笑顔を返しておく。
「クレア、大丈夫ですか?」
両手を前で組んで一点を見つめるクレアに声をかけると、クレアは硬くなった表情のままゆっくりと口を開いた。
「だ、大丈夫、とは言わないけど……でも、やってやるわよ。よくわからないけど、あんたはこのためにずっと頑張ってきたんでしょう? なら……私も、あんたの力になりたい」
「クレア……」
こわばった顔がわずかに震えている。
無理をしているのがよくわかる。
無理をしてでも、ちゃんとついてきてくれようとするクレア。
私は彼女の震える手を取ると、彼女の額にコツンと自分のそれを当てた。
「ありがとうございます、クレア」
そして私はエリーゼに向き直ると、彼女をまっすぐに見つめて言った。
「エリーゼ、準備は良いですか?」
「……えぇ。やってみせるわ」
彼女の強い意志を含んだ言葉にうなずくと、私は再び右手をアレンへと向ける。
「では──アレン」
「うん。頼む。ヒメ」
アレンに向けて、自分の中の力を放出させると、手のひらから光が溢れ彼へと向かった。
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