揺らぎ無きアメジストの瞳

「魔王……を……? でもあれは……」

「あなたが命を懸けて封じた」

「っ……」


 そう、封じただけだ。

 存在は、ある。確かに。彼の中に。


「私は荒れの消滅を望んでいます」

「消滅……そんなこと……」

「出来ます。できるはずです。あなたにはそれだけの力がある」


 出来ないなんて言わせない。

 出来るはずだもの。彼女ならば。


「そのために、私はあなたをよみがえらせたんですから。やってもらわなければ困ります」

「ちょ、ヒメ!! そんな言い方──」

「クレアは黙っていてください」

「っ……」


 冷たい?

 心がない?

 関係ない。

 これは、これだけはできませんじゃ困るんだ。

 エリーゼが出来なければ、クレアがしなければならなくなるのだから。

 フォース学園長の命を犠牲に、聖女の力を強制的によみがえらせて……。


「犠牲は……父と母だけで十分です」

「カンザキ?」

「ヒメ……あんた……」


 誰もが唐突に出た国王と王妃の名の違和感に首を傾げる中、レオンティウス様だけが苦し気に目を顰めた。


「それがあんたの答えなのね?」

 レオンティウス様の言葉に私はゆっくりと頷いた。


 駄々をこねたって、何かを嘆いたって、何も変わることはない。

 現状が良くなるわけでもない。

 どうにもならないのは、私が一番よく知っていることだ。


 何度もそれを体験してきたのだから。


 駄々をこねても父と母は戻らない。

 義父母は私を見てはくれない。

 シルヴァ様が生き返りもしない。

 先生との未来が保証されるわけでもない。

 どんなに嘆いても、変わらないものだってある。

 なら受け入れて──ただ進むだけ……!!


「……そう……。……私もヒメの意見に賛成よ」

「レオン!!」

 レオンティウス様が静かに私に同調して、声を上げるアレンに彼らしからぬ無の表情を向けて答えた。


「アレン。何も知らない人間は、この件にだけは口を出すべきじゃないし、ヒメを責める権利はないわ」

「っ……」

 苦し気に顔をゆがめて俯くアレン。

 そしてクレアやレイヴンも、この重苦しい空気の中、視線を伏せた。


「……エリーゼ。あなたはもう、自分のことだけを考えていた一年生の頃のあなたじゃあない。聖女として、あなたは魔王に立ち向かい、自分ごと封印するほどに、誰かを守る心を持った大人になったはずです」

「!!」


 一年生の時はただ恐れ、自分のためだけに行動した彼女。

 だけど二年生で魔界化の進むセイレのため、自らの命をもって魔王を封じたのも彼女だ。

 自分の恐怖に打ち勝って。


「あなたにしかできない。あなたは自分の手で、たった一人の家族を守るんです」

「家族、を……? ……っ、まさか……!!」

「えぇ。──魔王は今、アレンの中にいます」

「っ!?」


 驚き目を見開くエリーゼとは対照に、落ち着いた表情でただ私を見つめるアレン。


「気づいてたんですか?」

「んー、なんとなく。そりゃ変だなとは思うよ。だって、フォース学園長とクレアが代わる代わる僕を見張ってるんだもん。クレアなんて目をぎらぎらさせてね。何度殺られるかと身の危険を感じたか」

「えぇ!? 私そんなギラギラしたつもりは……!!」


 うん、クレアは真面目だもんね。

 きっと真剣に与えられた仕事を全うしようとしてくれたんだろう。うん、良い子。


「自分の中で響く声。あれほど邪悪な声はない。禍々しくて……何度も僕は誰かを殺めてしまいそうになった。アレが魔王、なんだね?」

「……はい、アレンを引きずり込み、乗っ取ろうとしてきた。──魔王、です」


 私の言葉に、アレンが優しく微笑んだ。

「……ん。だよね、僕が引きずり込まれそうになった時、いつもヒメが力を送ってくれた。あれは魔王を押し戻してくれていたんだよね? ありがとう、ヒメ」


 ありがとう。

 そう言われると何と返したらいいのかわからなくなる。

 だって、私はただ先生のためだけにいつも行動していたのだから。

 ただ先生が生きて、幸せになる日のためだけに。

 もちろん、大好きな乙女ゲームの魅力的なキャラクター達を助けたいっていう思いもあったけれど、根底にあるのはいつだって純粋であって不純な動機だ。


 私は「いえ」とあいまいに笑って返すと、ふたたびエリーゼへと視線を移した。

「エリーゼ。聖女ではない私には一時しのぎの魔封じしかできません。消滅させることができるのは、力を覚醒させている聖女エリーゼだけ」


「私だけ……っ……わかった。やってみる。……ここで目覚めて、皆から女王様が私を禁術で蘇らせてくれたんだって聞いたわ。ヒメが私を命を懸けて蘇らせてくれたんだもの。私も……それに応えないとね。大切なお兄様を、私も助けたいし。それに──」


 ちらり、とアメジストの瞳が先生へ向けられる。


「意地悪した贖罪、しないとね」

「?」


 儚げにほほ笑むと、エリーゼはしっかりとした強い瞳で私に向き直った。


「私が今度こそ、魔王を消滅させて見せるわ──!!」


 その強い瞳には、一寸の揺らぎもなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る