シルヴァ・クロスフォードからの贈り物
エリーゼが落ち着いたとレオンティウス様から知らせを受けた私は、今後の話をするために今、城内の医務室へ向かっている。
どうしよう。
エリーゼは過去で会った私のこと……覚えていないのよね?
王族がいなくなった日についても記憶がないって言ってたし、王族としての私との直接的な面識もないと思っていた方が良い。
うわぁ……設定が……設定が複雑!!
とりあえず冷静に、彼女のこれからのことだけを話すのよ……!!
頑張れ、私!!
医務室の扉の前で私は大きく深呼吸を繰り返すと、バクバクとうるさい胸元に手を置いて鎮め、意を決してから扉を3回たたいた。
「私です。入りますね」
声をかけてから入室すると、すぐにそのアメジストの瞳と視線が合わさった。
「ヒメ……?」
「え……?」
今、私の名前……?
「姫よね? 学生の頃、1週間だけグローリアスにいた」
複雑さが増したぁぁあああ!!
なんで!? 何で覚えてるの!?
フォース学園長、エリーゼへの記憶操作だけミスった!?
「──あーぁ、やっぱりそうか」
しん、と静まり返った部屋の中。、ため息交じりにフォース学園長の声がその凍り付いた空気を割った。
「やっぱり、って?」
私が尋ねると、その場にいた先生、レオンティウス様、レイヴンが複雑そうに顔をゆがめて私から視線をそらした。
「君たち、記憶戻ってたね?」
「……」
「……」
「……」
「あぁ、やっぱりあれは実際の記憶なんだ」
は?
え? どういうこと?
何で先生たち黙ってるの?
アレン、あれはってどれ?
……まさか──!!
一つの可能性に行きついた私が先生に勢い良く視線を向けると、気まずげに口を開いた。
「……父上からのプレゼント、だそうだ」
「シルヴァ様からの……プレゼント?」
思考を巡らせるとシルヴァ様のあの言葉が脳内に鮮明に蘇ってきた。
『一つ。この映像を見終わったその時、シリル、お前はお前を取り戻すことができるだろう。それはきっと、お前と、そしてヒメ嬢のためになる』
「あぁぁあああああっ!! あれですか!?」
ということは……え、先生、私のこと思い出して……!?
想定していなかった事態に体温が急上昇して私は思わず両手で顔を覆った。
「穴があったら入りたい。そしてもう2度と出て来られないように誰か蓋をして……」
「何を言っているんだ君は……。そういうことだが、フォース。お前がまた私たちの記憶を消すというのなら、私は、全力で抵抗させてもらう」
「!!」
そうだ……フォース学園長に知られたらまた──「しないよ。もうそんなこと」
「へ?」
「は?」
場の空気に反したあっけらかんとした答えに、私と戦士絵の声が重なった。
「だって、もうそんな必要ないもん」
「もん、って……」
今は大人姿なのに「もん」が似合うのはフォース学園長くらいだろう。
「だって、ヒメが変えようとしている者のためには過去を変えるべきじゃなかったからね。そうなると、ヒメのしようとしていることが不確かになる。でも今は違うだろう? 君がしようとしていたことは、残るはただ一つ。アレンの中のものを葬り去る事」
「!!」
「君たちの記憶は、君たちのものだよ。よくがんばったね、ヒメ」
「っ……」
頭上に乗せられた手に、その言葉に、目頭が熱くなる。
こういう時に大人姿なのはずるい。
まるで父のような、母のようなそのぬくもりに、私はぐっと奥歯をかみしめ、そして──。
びみょーーーーーーん。
「いへへへへへへ!! 何しゅんのしゃ!?」
びみょーーーーーーん。
「無言で人のほっぺ引っ張るのやめへ!!」
びみょーーーーーーん。
「いひゃいってぇーっ!!」
本当によく伸びるほっぺだ。
しかももち肌。
解せぬ。
パチンッ。
「いてっ」
伸ばしていた頬から手を放すを、綺麗にプルンと弾けたもち肌ほっぺ。
「仕方がないのでこれで許してあげます。でも、次やったら絶交です」
ふてくされたようにそう言った私に、フォース学園長は困ったように笑った。
「ん。ごめんね。もうしないよ」
だけどきっと、もしまた必要に迫られたとしたら、フォース学園長は同じことをするだろう。
だって彼は、この世界で一番長く生きる、エルフの大賢者なのだから。
守っている者の規模が違う。
どんなに恨まれても、やらねばならないことを知っているからこそ、彼は大賢者として君臨し続けているのだろう。
その時はきっと、私はまたほっぺを引っ張るんだろうなと思う。
そしてまた、これで許してあげます、って言うんだろうな。
「はぁ……。と、いうことで。あらためましてエリーゼ。ヒメ・カンザキ……あー……今はヒメ・カンザキ・ヴァス・セイレです」
ちょっぴり長くなった名前を口にすると、アメジストの瞳がこれでもかというほどに大きく見開かれた。
「ヴァス……セイレ……って……」
「はい。私は元姫君。昨日、女王になりました」
「!! で、でも姫君は赤い目を……!!」
「これですか?」
「!!」
私は瞳に魔力を集中させると、意図的に瞳の色を赤くした。
その瞬間、エリーゼの白い肌がさらに白く、色を失くした。
「姫……君……っ、そう……そうなのね……。なら結局私は──あなたにはかなわなかったのね」
叶わなかった?
一体何のこと?
「でも何で? 姫君は亡くなったんじゃ……? 私、直前まで……っ、何ッ……? 頭……痛い……っ」
「エリーゼ!!」
突然頭を押さえてうずくまるエリーゼをアレンがとっさに支える。
これは……記憶の混乱、か……。
……思い出せばいい。思い出して、そして……。
でも──エリーゼがその真実に耐えられないと、意味がない。
「大丈夫です」
「?」
私はどろどろとした感情を心の奥底にしまい込むと、弱弱しく震える彼女を抱きしめ、その背をさすった。
「大丈夫。ゆっくり。おちついて。今は、大丈夫ですから」
ぽん、ぽん。
一定のリズムでさすっていた背を優しく叩けば、次第に肩の力が抜け、エリーゼが顔を上げた。
「ごめんなさい。もう、大丈夫。……ありがとう、ヒメ」
「いいえ」
本題はここからだ。
誰に何を言われても、私は、彼女を動かさねばならない。
「……エリーゼ。早速で申し訳ないのですけど、あなたにしてもらいたいことがあります」
私は慎重に、彼女をまっすぐに見つめながら伝える。
「してもらいたいこと?」
不安げに首をかしげる真の聖女に、私はそれを口にした。
「──魔王を……消滅させてください」
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