エリーゼの目覚め
走った。
階段を駆け下り、長い廊下を走り、ただ黒い背を追って、私は無心で走ってエリーゼのいる城内医務室へと駆けこんだ。
バンッ!!
勢いよく先生が扉を開くと、すぐに目に飛び込んできたのは、綺麗な、とても綺麗な女性。
傍らには涙を流して彼女の目覚めを喜ぶアレンと、レイヴン。
そして大きな音に気づいた彼女がこちらに顔を向け、ブロンドの髪がふわりと揺れて、アメジストの瞳が大きく見開かれた。
「シリ……ル?」
そしてその瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「シリル!!」
「エリーゼ……っ」
裸足のまま、おぼつかない足取りで先生の胸に飛び込む彼女を見て、私は悟った。
あぁ、ここにいてはいけない。
見てはいけない。
必要以上に関わるべきではない、今は。
そして私は、すぐ隣でその様子を見守るレオンティウス様に「落ち着いたら教えてください」と言うと、一度その場を後にした。
「──はぁ……。何をしているんだろう、私」
城の裏にある「シリルの木」の前に鎮座した石碑の前で、闇夜の中、一人膝を抱える。
シルヴァ・クロスフォードと刻まれたその石碑は月明かりに照らされ美しく煌々と光を放つ。
「闇なんかよりも真っ黒です。私は。……先生に飛びつくエリーゼを見て、嫌なことばかり考えてしまいました」
エリーゼが私の父母を殺したのは、私とレオンティウス様しか知らない事実。
これを先生に──アレンに──皆に教えてしまおうか。
力を持ちながら、巻き込まれたくないからと隠し続け、それでも崇め奉られ祈りの対価としてプレゼントを受け取っていたそのしたたかさを晒してしまおうか。
そんな醜い感情すら湧き上がるのだからしょうがないものだ。人間は。
だけど私は知ってる。
彼女が本当に、普通の子供だったのだということを。
魔を恐れるのも、死を恐れるのも、おかしなことじゃない。
聖女だって人間だし、ましてあの頃彼女はまだ15歳の子どもだった。
弱さを責めるつもりはない。
でも──。
「はぁ……」
醜い。
なんて醜いんだろう、私は。
「シルヴァ様ぁ……」
か細い声で声が帰るはずのない人の名を呼んだ、刹那──。
「何を一人でぶつぶつ言ってるんだ、この不審者」
「!? ジオルド君!!」
変えるはずのない声が帰ってきてはじかれるように不利か会えると、そこには眉間に皺を寄せ、腕を組み、不審そうに私を見下ろすジオルド君の姿。
「な、何してるんですか!? こんな夜にこんなところで……。もうパーティは終わりましたよ!?」
「知ってるよ。パーティ後の城内の見回りを任されたんだよ。僕はパーティ中は出席客としての参加だったから、終わった後ぐらいは騎士の仕事しとかないとな」
ジオルド君は卒業後、先生の後を継いで筆頭公爵になる。
その顔つなぎとしてパーティで次期公爵として顔を覚えてもらわなきゃだものね。
今はグローリアス学園の騎士科の生徒でもありながら騎士団にも所属してるし……。
……ジオルド君まで過労死コースが見えてきたのは気のせいだろうか。
クロスフォード家って過労死が常に付きまとうの!?
「で? お前は何してるんだ? 父上の墓の前で」
「それは……」
「言え。どうせ何か兄上のことであったんだろう? ほれ、義兄様が聞いてやるから吐いて楽になれ」
「うっ……」
なんて鋭いんだこの自称義兄様は。
この目で見られると嘘がつけないし誤魔化しもできない。
早々に観念した私はゆっくりと口を開いて、ただ一言「エリーゼが目を覚ましました」とだけ、静かに告げた。
「……そうか……エリーゼ嬢が……。兄上は……、これでようやく心の重りが取れたのかな」
「心の、重り?」
「あぁ。……あの日、エリーゼ嬢が亡くなって、兄上は狂ったように研究に打ち込んだ。俺もまだ小さかったけど、覚えてる。父上が亡くなってすぐ騎士団長として騎士団を率いて、エリーゼ嬢が命と引き換えに魔王を封じて、グローリアスを卒業してすぐに学園の教師まで始めて、その傍らでたくさんの魔法書を集め何かの研究を始めた。そしてすぐにそれが蘇りの禁術についてだってわかった。わかっていて、僕は止められなかった。止めたかったのに、それを止める権利は僕にはなかった」
ぐっと握りしめられた拳がこれまでのジオルド君のジレンマを見ているようで、心がギュッと締め付けられる。
愛されたいと願いながらもそれは無理だと諦めて、それでも先生の幸せをずっと願ってきたんだよね、ジオルド君は。
思いの種類は違うけれど、やっぱりジオルド君は私と同じだ。
男と女で思いの種類もルートも違ってくる、か。
「兄上の重りが無くなって、過去の俺のぐずぐずした気持ちも昇華された気がする。お前のおかげだ。……でもな? 何も伝えてないうちから勝手に悲観して決めつけるな。自分の目で見て、耳で聞いたものを信じろ」
「自分の目で見て、聞いたもの……」
そうだ。私はまだ伝えてない。
先生の言葉も聞いてない。
まだ、何も──。
「そう、ですね。まだ早い、ですね」
「ん。まぁ骨は拾ってやる」
「ひどいっ!!」
あれだけ言っといて玉砕前提!?
「ひどくないだろ、寄り添ってやるんだから。義兄、だからな」
「私の方が年上ですけどね」
「うるさい」
この歳下の義兄は、私がどんな立場になっても、やっぱりツンデレで、やっぱり最高に優しい、私の義兄のようだ。
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