好きと叫ぶは安定剤です


 えーっと……


 私、神埼ヒメ。いや、ヒメ・カンザキ・ヴァス・セイレ。

 絶賛混乱中でございます。


 え、キス、したよね?

 誰にでもしないって……えっと、それはつまり、私だからしたのであって?

 他の人には……しない、ってこと、よね?


 …………何で!?


『過去も、現在も、未来も、どの君も、何度でも私はきっと君を愛する!! だから信じろ!! 私のことを!!』


 ふと過るのはあの時の約束。

 まさか先生……過去のことを思い出して……?

 なら、まだ私のことを──あの時のように、愛してくれるのだろうか──。


 そんな自分に都合の良い解釈が脳裏をめぐりたまらなくなった私は、寄り添うように隣で寝転がる先生の等身大抱き枕を手繰り寄せると、それをぎゅっと抱きしめる。


 もしそうなら……私は──。


「っと……、とりあえず顔!! 顔洗って来よう!! うん、すっきりしたほうが良いもんね!! ついでに全身磨いて来よう!!」

 私は現実を逃避するようにそう言うと、バスルームへと駆けこんだ。


 ***


「まぁまぁお嬢様、とってもお綺麗ですわよ」

「ありがとうございます、ベルさん。行ってきますね」


 舞踏会用ドレスに着替えるのを手伝ってくれたのは、クロスフォード公爵家のベルさんだ。

 侍女のいない王宮で、侍女予定のセレーネさんはまだあと一年学生だ。

 だからそれまで、式典やパーティなどれは私の支度の手伝いをしてくれることになっている。


 にしても──。


 桜色のドレスに銀のチュール。

 アクアマリンをちりばめたそれは、まるで私と先生のようで、また先ほどの映像と感触と熱が飛び出してきそうになる。


 だ、だめだ、集中!!

 この扉の向こうには他の国の要人もたくさんいるんだから!!


 私はぱちんと両手で自分の頬を叩き鳴らすと、その大きな扉を守る騎士たちに目配せをした。

 そしてゆっくりと大きな扉が開かれる。


 本来なら私が先に入り、貴族や来賓が挨拶に来るのが流れではあるけれど、今回は直前まで力の使い過ぎでダウンしていたということで、一つ一つのあいさつは各自のタイミングで、ということになった。


 大勢の王侯貴族が首を垂れる中、その真ん中を長いドレスをつまんで歩き進み、最奥の一段高いところにある玉座からあらためてホールを一目する。


 あれ、先生?

 銀色の長い髪と黒づくめが見当たらない。

 私の中の先生レーダーが先生を見つけられないって言うことは、ここに来ていないということだ。


 お仕事、かな?

 あれでも先生、今は私の護衛よね?

 まだ役職はグローリアス学園教師も騎士団長も公爵もそろっているけれど……。

 疑問に思いながらも私は頭を下げ続ける人々に「頭を上げてください」と声を発した。


 今は考えていても仕方がない。

 皆私を待っていてくれたんだ。

 パーティを始めなきゃ。


「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。外会場の皆さんも、届いていますか?」

 私の言葉に城の外から大きな歓声が上がるのが聞こえた。


 城の中は王侯貴族の会場として舞踏会となっているが、これは戴冠記念のパーティでもある。

 私の希望で、誰でも楽しく参加できるように、国民向けにすぐ外にも会場を作っているのだ。


 私はその声に応えるように頷くと、再び言葉をつづけた。

「会場の外会場にも、中会場と同じ、古の魔法である学園の意思が食事を用意してくれています。毒探知として探知魔法もかけているので、安心してお召し上がりくださいね。さぁ!! 今日は食べて飲んで食べて騒いで楽しみましょう!!」


 食の主張が激しいスピーチに笑いと歓声が巻き起こると同時に、音楽隊が優雅な音楽を奏で始める。


 と、私の周りに一斉に集まる人、人、人。


「ヒメ女王。私と一緒にダンスを」

「いや、ぜひ私と」

「私にあなたと踊る栄誉を」


 うそん。

 ほとんどが他国の方ばかり。

 まぁそうか。この国の人達は私が先生命なのよく知ってるしね。

 貴族にも【グローリアスの変態】(先生に限る)は周知されてるみたいだし。

 うん、解せぬ。


 でもどうしよう。

 私が初めに踊らないと始まらないのだろうけれど、どの国の来賓の手を取っても問題はありそうよね。

 これを機に婚約を、とかにでもなったらさすがに嫌だし……どうしたら……。

 困っていると、人の隙間からレオンティウス様とレイヴンが駆けてくるのが視界に映った。


 助け舟ぇぇぇえええ!!

 二人が神様に見えた、その時。


「陛下」

「!?」

 低く澄んだ声が、耳に届いた。

 私の、大好きな声だ──。


「先っ……!!」

「遅くなりました、陛下」


 淡々と繰り出される敬語が鳥肌の元だが気にしない。

 それよりも特筆すべきはその服だ。


 黒で統一された正装にローズクォーツとガーネットであしらわれたブローチが輝く。

 それはまるで、私と対になるかのような衣装で、胸が高鳴った。


 相変わらずの黒の正装が麗しいです!! 先生!! 好き!!

 心の中で叫ぶくらいは許されるだろう。

 もはやこの叫びは私の安定剤みたいなものなのだから。


 そして先生はいつもの無表情のまま、私の手を取った。


「私と、踊っていただけますか?」

「~~~~~っ」


 ずるい!!

 かっこいい!!

 好き!!


 私はきゅ~っとなる胸を押さえながらも平静を装い、差し出されたその手を取った。


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