マウストゥマウス!?

「私の中から生まれた、たった一つの小さな光。それがあの子だ。そして私をほふった者たちもまた、私が作り出した人間から生まれた、私の子のようなもの。方法は違えど、どちらも同じ私の子であるのに、他方は私を蔑み、他方は私に笑顔をくれた」

「っ……」


 どちらも自分から生まれ、愛したものなのに、それに裏切られた彼女はどんな思いで闇に消えたのだろう。

 それでもこの人は、自分の作り出した世界を継いだ子を愛し、その子孫までもを思っている。


 絶望と、憎しみ。

 そして深い愛。

 それらが入り混じって混沌と化しているだけだ。


 恐れる必要はなかった。

 闇なんかじゃない。

 この人は、憎しみだけではなく、愛を知っている人なんだから。


「……ありがとう、ございます」

「?」

「でも私、大丈夫です。……私は、自分の事以上に先生を思っていますから」

「……そうか……。……そうか──」


 確かめるようにそうつぶやいて、私の目の前から鬼神様は闇に溶けるように消えた。


「闇は心地いい……か……」


 痛いほど身に染みたその感覚は、自分の奥深くにしまっておこう。

 闇に浸っている場合じゃない。

 これからやることはたくさんあるんだから。


 じきに目を覚ますであろうエリーゼに、アレンの中のものを駆除してもらわないといけないし、戦いでボロボロになった森や建物の修復もまだまだある。

 他国との会談も詰まってるし、即位パーティだって……ん?


 パー……ティ……?


「……あぁぁぁあああああ!!」


 しまった即位記念パーティ!!

 私、寝てる場合じゃない!!

 各国の来賓やセイレの貴族、それだけじゃなくて国民までもを巻き込んだ特大パーティがあるじゃないかぁぁあああ!!


 で、でもどうやったら起きられるんだろう?

 身体がずっしりと重たいのは変わらないし、そもそも今意識がここである分、起きるという感覚がわからん!!


 このまま先生のご尊顔が見られないままだなんて……無理!!

 先生成分が不足して無理!!


 そう絶望しかけたその時だった。


「!?」

 唇に、暖かい熱を感じた。

 と同時にそこから熱が身体中に広がり、身体に力が戻って、私の意識がふわっと浮上した──。


 ***


「ん……んぅっ!?」

 開眼一番に目に飛び込んできた光景に、私は驚き思わず息を止めた。


 なっ……

 なっ……

 何でぇぇぇええええ!?


 何で私、先生にキスされてるの!?

 いや、していただいちゃってるの!?

 しかもマウストゥマウス!!


 はっ……!!

 ま、まさかさっきの暗闇の中で感じた唇の熱は──先生だったってこと!?


 先ほどよりももっと高温の熱が私の中で広がっていく。

 だめだ!! このままじゃのぼせる!!


「せん……せっ……」

「!?」

 未だだるさの残る腕をやっとのことで動かすと、私は先生の両腕を押し返し、息も絶え絶えに彼を呼んだ。


 すると見慣れたアイスブルーの瞳が大きく見開かれ、私を映しだした。


「カン……ザキ……? っ……良かった……目が、醒めたか」

 心の底から安堵したような表情。

 握られたままの手がじんわりと汗ばんでいる。

 もしかして、ずっと私の傍にいてくれた?


 いや、でも今はそんなことより──。


「あ、あの、先生、今……何で……」

 私が途切れ途切れにやっとのことで問いかけると、先生は何とも言えない表情で口を開いた。


「姫を目覚めさせるのは……口づけだと……。そんな物語を、君は以前何度も孤児院で読んでいただろう?」


 ……んん?

 ま、まさか……。


「眠り姫!?」

 私が声を上げると、先生は大真面目な顔をして頷いた。


 たしかに童話ではそうだけど!!

 キスで目覚める話をたくさん孤児院で呼んだし、先生ともそんな話をした記憶がある。

 でもそれをまさか実践してみようだなんて思う輩がいると、誰が予想しただろう!?


 変なところで天然が炸裂するんだから、先生は……。

 あーもぉーっ!!

 尊すぎかっっ!!


 だけどこればっかりはちゃんと教えておかねばならない。

 先生の貞操の危機だもの。


「先生、だれかれ構わずキスなんてしたら──」

「するわけないだろう」

「へ?」


 お説教をしようとする私の言葉をさえぎった抑揚のない声。


「君だから、した」

「!? それ……どういう──」


 私と先生の瞳が交わった、その時だった。

 コンコンコン、と扉が叩かれて「僕だよ」という声がした。


「フォース学園長? は、はい!! どうぞ!!」

 私が返事をすると、ゆっくりと扉が開かれにこにこと笑顔でフォース学園長が扉から顔を出した。


「やぁヒメ。目が覚めてよかった……って、どうしたの二人してちょっぴり赤くなって」

「!! い、いえ!! 何でも!! そ、それより、何か御用でしょうか?」

「あぁ、そうそう。今夜のことどうするか相談に来たんだけど……ヒメが目覚めたってことは予定通りでいいかな?」


 今夜。

 あぁそうだ。即位記念と他国歓迎のパーティだ。

 って、早く支度しなきゃ!!


「は、はい!! よろしくお願いします!! 私もすぐ支度します!!」

「ん。わかったよ。じゃぁシリル、ちょっと打ち合わせがあるから来てくれる?」

「……あぁ」


 フォース学園長が部屋を出て、それに続く先生がふと扉の前で足を止めた。

「?」

 どうしたんだろう先生。

 も、もしかしてさっきの言葉の続きを──!?


「起きたら顔でも洗ってきなさい。よだれの後とか、な」


 私の予想に反して淡々とそう言い捨ててから、先生も部屋を後にした。


 よ……だれ……!?


 って……。


「えぇ……」


 私の情けない声が頼りなく響いた。








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