第5章 そして彼女は愛を知る

【Sideシリル】とある騎士団長兼教師の心願

 姫君にあてがわれた一室。

 とはいえ、内装は元の部屋と同じ部屋で、彼女にとっては目新しくもないベッドに横たわり眠る女性。


 長い黒髪が枕に広がり、いつもはキラキラと輝きながら私を映す桜色の瞳は、今はしっかりと閉ざされている。


 昨日の戴冠式で倒れてから未だ眠り続ける、少女から大人の女性へと成長した彼女の傍らで、そのあまり変わらない小さな手を握る。


 伝わる温度に幾分か安心をもらいながら、ただ祈るしかない自分が歯がゆい。


 コンコンコン──。

 扉を叩く音の後に「クレアです」と続いて、私はすぐに「入れ」と入室を促した。


「失礼しま──って、あれ、ここ、ヒメのグローリアス学園の部屋?」

 入ってすぐにその部屋の既視感に気づいた聖女クレアに、私は頷く。


「グローリアス学園の部屋とここは同じだからな。それを知るのは私と、すべてを知っている大賢者殿だけだが」

 と若干の棘を含ませる。

 それぐらいは許されるだろう。

 こっちは記憶を消されていたのだから。


「あ、あの、ヒメは?」

「まだ眠っている。魔力の枯渇によるものだが、眠っているだけだ。王としての力を継いでいたが故、そしてそれ以前に彼女が今まで死に物狂いで努力を重ね、力を極限まで強めていたからこそだろう」


 普通ならば命と引き換えか、もしくは引き換えたところで術は失敗に終わっていただろう。


 強い力を持つと言われる私ですら、もしあの術を使っていたならば命と引き換えになっていた。その覚悟もしていたが……まさか生きながら成功させるとは……。


「だが、昨日の今日で姫君に疲れているのだろうと思ってくれている者たちも、この眠りが続けば何かあったのではないかと勘繰る輩が出てくる。何とか策を考えるべきだろうな」


 各国の来賓は明日まで我が国にとどまる。

 今夜は城で来賓の歓迎と姫君の戴冠記念のパーティが開かれるし、そろそろ何らかの事情を説明し、パーティの中止を指示するしかないだろうな……。


 その指示もしに行くべきか。

 彼女の傍を離れたくはないが、そうはいかない。

 私は彼女の護衛騎士であり、補佐官でもあるのだから。


「エリーゼの方はどうだ?」


 眠りにつくもう一人の女性の名を上げると、クレアは眉を顰めて俯き、首を横に振った。


「まだ目を覚ましません。アステア先生が言うには、身体の構築もできているし問題はないようなので、いずれ目覚めるだろうとのことです」


 人体に詳しい妖精族のアステア先生が言うならば間違いはないのだろう。

 問題は、今もずっとエリーゼについているであろうその兄だ。


 体内に巣食う魔王はこの事態に焦りを感じているはず。

 今度こそ何としても完全にエリーゼを亡きものにせねば、と。


 念のため聖女クレアとフォース学園長が交代で付いてはいるが、アレンの身体と精神がもつかどうか……。


「わかった。アレンの方は任せた。だが、君も、フォース学園長も、疲れを出さないよう交代の時にはしっかり休んでくれ」

「はい。……ヒメ。早く起きなさいよ。皆心配してるんだから。眠り姫なんかになってんじゃないわよ」

「眠り姫……」

「先生、知りません? 孤児院でよく姫が子供たちに話してくれた物語で──」

「いや、知っている」


 幾度となく彼女と訪れた孤児院で、彼女が子供たちに語って聞かせる異界の物語は大変興味深いものだった。


 姫に応じに魔女に……。

 この世界ではよく聞くものがモチーフだというのに、肝心な問題の解決法は魔法などではなく、なぜか口づけ一つでだいたい解決させてしまうという不思議な物語。


 前にその疑問を彼女に呈したことがある。

 王子は口内に解毒薬でも含ませて口づけているのか、と。

 そして彼女は苦笑いをしながら答えた。

 愛の力は偉大だということだ、と。……謎でしかない。


「それじゃ私、そろそろ行きますね。先生、ヒメのこと、よろしくおねがいします」

「あ、あぁ」


 私の生返事に頷いて、彼女は部屋を去っていった。


 また二人だけになった静かな空間で、私はただ、彼女のわずかに開いた口元を見つめる。


「姫は王子の口づけで目を覚ますもの、か……」

 そっと触れた頬のぬくもりは、彼女が確かに生きている証。


「……起きろ、バカ娘──」


 そして私は、半開きになったその唇に、自分のそれを重ねた。



―あとがき―


最終章開始でございます!!

最終章の章タイトルは『そして彼女は愛を知る』。


プロローグから一貫して、愛がテーマとなったこの作品。

愛されたいと誰よりも願いながらも、愛される可能性を否定し続けてきたヒメの物語の終わりにふさわしいかなと思います。


最終章では、王となったヒメ、蘇ったエリーゼ、ヒメの中にいる者が物語を動かしていきます。

ずっと変わることなく愛し続けたシリルへの思いとすれ違い。

そして彼女自身の闇が描かれていきます。


一章から何かと私が言い続けていた『いつも笑顔で元気な人間ほど、闇は巣食っている』。

それがこの最終章で思いっきり出てきます。


一章からヒメちゃんが撒いてきた種。

最終章できっと花開いてくれることでしょう。


ヒメちゃんや皆のハッピーエンド、最後まで見守っていただけたら嬉しいです。


景華










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