真実の姿。そして彼女は王になる。


姫君プリンシアヒメ・カンザキ・ヴァス・セイレ殿下に!!」


 騎士団本部へ先生のエスコートで到着すると、一番隊の皆が拳を胸につけ、騎士の礼で迎えてくれた。

 そして彼らを率いて、私は再び歩き出す。


 真っ白いドレスで大好きな人にエスコートされる。

 まるで結婚式のようなシチュエーションに、夢を見させてもらった気がする。

 でも夢は──醒めるものだ。


 魔法で作られた回廊を進み、同じく魔法で作られたアメジストの門の前で立ち止まると、先生の手は私の手から離れていった。

 少しの寂しさを感じながらも、私は立ち止まるわけにはいかない。


 この扉の向こうで、皆が待ってる──。

 私は大きく息を吸い込むと、まっすぐに前だけを見て口を開いた。


「──行きます」

「開門!!」

 先生の声に反応して、重い扉がゆっくりと開いていく。


 視界が開けて、私の目に映るたくさんの人の顔。

 両サイドに騎士が並び立ち、その後ろで国民、グローリアス学園の生徒たち。

 そして一番前にはセイレの貴族。

 中央に作られた水晶の大階段の両脇の浮雲席には、各国の要人たちが顔をそろえている。


 ……うぇ、吐きそう。

 でもやるしかない。

 私は──王になるんだから。


 顔の力を抜いて、まっすぐにセイレ城に作られた水晶の大階段へと歩みを進める。


「綺麗……」

「すごい……・」

 そんな声が聞こえた、その時。


「あ!! ヒメだ!! おーいヒメ―!!」

「こら!! 姫君に向かってなんて口を──」

 あれは確か、カナレア村の……。

 そうか。もう、気安く話してはいけない、のよね。


 ……いや、待って、違う。


 私は──そんなどこにでもいるような王になりたいんじゃない。

 私は──。


“立派な王を目指さなくても良い。あなたらしい王になりなさい。そして、あなたらしく、国を導いてほしい。ロイドのように……。破天荒で変態で変人な国王が存在したんだ。どんな王が存在しても違和感はないはずだ”


 私らしい、王に──!!


「姫君?」

 立ち止まった私に小さく声をかける先生に、私は振り返りニンマリとこの場にふさわしくない笑みを浮かべた。

「!?」

 と同時に、先程の少年へとそのニンマリ顔を向け、彼に向けて魔力を放った。


「わっ!?」

 ポン、と煙から出てきたのは黄色いセレニアの花。


「すごーい!! ヒメ、ありがとー!!」

「こ、これ!!」

 大はしゃぎする少年に手を振ると、今度は両手を大きく広げ、会場いっぱいに魔力を解き放った。


「!!」

「わぁ‥‥‥‥!!」


 会場全体に降り注ぐセレニアの花。

 ひらひらと舞い落ちる様に、わっと歓声が上がる。


「ふふん。まだまだ──ですっ!!」


 更に魔力を身体中から放出させながら、私は水晶の一本道をゆっくりと歩いていく。


 伝えたい思いを眼差し乗せて。

 一歩一歩、踏みしめる。

 普段なら「きょろきょろするな」と怒られそうなものだけれど、今日はそんなこともないのは、先生もきっと、私の気持ちを組んでくれているからなんだろうと思う。


 あぁ、見知った顔ばかり。

 

 メルヴィもクレアも、嬉しそうな、でも泣きそうな顔をして。

 マローなんて大号泣してるじゃない。

 そういえばお兄さんのセリアさんも一番隊と合流した時大号泣してたっけ。

 そんなマローの肩をトントンと叩いてなだめるラウル。

 まっすぐに私たちを見るアステル。

 未だ魔王が棲まうアレンは、何かあってはいけないからと、教員席ではなくクレアのすぐそばで私たちを見ていてくれている。


 うん、大丈夫。

 私は──私は皆が見守ってくれる。


 ドレスの裾をつまみ上げ、先生、レオンティウス様、レイヴンを率いて大階段を上がった先の踊り場までたどり着くと、大司教様、そして大賢者であるフォース学園長が、穏やかな笑顔で待っていた。


 大司教様の両手には、しばらく主不在のまま眠っていた、王冠──。


「ヒメ・カンザキ・ヴァス・セイレ。大司教ガレア・セントブロウの名において、今ここに、このセイレ王国の国王となったことを宣言する」


 大司教様の宣言と同時にひざまずいた私の頭上に、きらきらと輝く王冠がゆっくりと乗せられる。

 ずっしりとして、想像よりずっと重い。

 この重みを、私は忘れてはならない。


 そして戴冠と同時に湧き上がる魔力がずんっと私の身体に圧し掛かる重さを増し、手足がわずかに伸び視線が高くなる。

 

 これが、国王の力──。

 これが、20歳の私──。


 大きな歓声と拍手が地鳴りを伴って会場を埋め尽くす。

 たくさんの人が、私の戴冠式を喜び、祝福してくれる。


 私はそれらの声と拍手を胸いっぱいに吸い込むと、右手でそれらを制止させた。

 さっきまでとは一転、静まり返る会場に、私はもう一度、今度は穏やかに笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。


「えー……ご、ご紹介にあずかりました。この度王になりました、ヒメ・カンザキ・ヴァス・セイレです」


 まるで結婚式のスピーチのような出だしに、会場から笑いが起こる。

 そして背後からは無表情の先生の痛いほどの視線を感じる。


 ひぃぃっ!! すみませんすみません!!

 これでも大まじめです!!

 忙しくてスピーチの内容考えてなかっただけなんですぅうううう!!


「ごほんっ」

 わざとらしく咳払いをして、もう一度。

 私が伝えたい思いを、私の言葉で──。


「──たくさんの人が、涙を流しました。たくさんの人が、夢を諦めました。この国の人だけじゃない。多くの国の、何の罪もない人々が、不安と恐怖に押しつぶされました」


 しん、と静まり返る会場。

 この会場には、この間までこの国を攻めに来ていた3国のトップも出席している。

 だけど私は、敢えてそれを口にする。繰り返さないために。


「発展は、人の生活を豊かにしてくれます。でもそれに固執してしまえば、人は心を無機質なものへと変えてしまいます。──皆さんには、愛する人はいますか?」


 その問いかけに、静まり返っていた会場がざわめきだす。

 人々は顔を見合わせ首をかしげる。

 そりゃそうだ。

 戴冠式に何を話しているんだろう、となるわよね。


「それは人でなくてもいい。動物、もの、こと、なんでもいい。愛するもの、大切な何かはありますか? 何かを強く大切に思う気持ちは、ものすごい力になります。だって私達は、大切な何かのために、少ない人数でもこの地を守り抜いたんですもの。だからどうか、その気持ちを大切にしてください。この優しさであふれたセイレを、私と一緒に、見守っていてください」


 大きな拍手が包み込む。

 それを私は、片手で制し、再び口を開いた。


 さぁ、本番だ。

 大丈夫。できる。


 だって──。



 愛する人のためだから──。



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