即位の日。揃いの石。騎士の誓い。


 今日は晴天。

 私は真っ白なドレスを身にまとい、桜色の透き通った衣を羽織り、グローリアス学園の裏側に立つ。


 まっすぐに見つめる先は、セイレ騎士団本部。

 そしてその先の、これから私がまとめていくことになる──セイレ城。



 グローリアス学園も騎士団本部も、見な会場であるセイレ城前へと集まっていて、今は誰もいない。

 今日は周辺各国の来賓から国内の貴族、そして国民がそろって参列する戴冠式。

 さすがに国民全員を招待すると会場に収まらないので、公爵領の領民とグローリアスの生徒のみに限定されるけれど、それでもすごい数になる。


「……と、逃亡したら……ダメ、よね?」


 往生際が悪い?

 仕方ないじゃないか。

 だって怖いもの。


 私はそっと、薄衣を止める黒曜石とガーネットのマント留めに触れた。

 これはグローリアス学園の制服のショートマントを留めていたものだ。

 先生から入学祝いに贈られた、私の宝物。


 ブローチはアクアマリンを桜の形に削り銀で縁取った、私が学園旅行で作ったもので、アクアマリンはシルヴァ様にいただいたものを使っている。

 さすがにこの大きさならばよーく見なければクロスフォード公爵家の家紋入りだとは誰も気づくまい。


「何を一人でニヤニヤとしている?」

「!! 先生!! レオンティウス様、レイヴンも」


 現れたのは真っ白な騎士の礼装を身にまとったレオンティウス様とレイヴン、そして一人黒い礼装姿の先生。


 いや、何で一人黒なの!?

 そうまでして白は嫌か!?

 黒、似合うからいいけどさ……。

 ていうか先生は何を着ても素敵だから良し!!


「……相変わらずだな、君は」

「漏れてた!?」

「いや。顔を見れば大体何を考えているかわかる」

 エスパー先生……。


「……そのドレス、良く似合ってる。それにブローチも。これは、父上の、か」

「はい」

「同じ、なんだな」

 そう言われて私は、先生の腰に下げてある剣の飾りに視線を移す。

 同じようにアクアマリンを桜型に削ってブラックシルバーで縁取った剣飾り。

 しまった、お揃いにしたのがバレてしまった。


「だめ、でしょうか」

「……いや。良いと思う。何より、君に似合っているのだから、問題ない」

「っ……」

 好きぃぃぃいいいいい!!


「おーいお前らー、今いちゃこらすんなー」

「そういうのは全部終わってからになさいよね」

 見つめあう私達にレイヴンとレオンティウス様から横やりが入る。


「……流れを説明するからよく聞きなさい。これから騎士団本部で一番隊と合流し、セイレ城へ向かう。先頭は君が歩き、私がそのすぐ右斜め後ろを、従妹であり一番隊隊長であるレオンティウスが左後ろ。そしてその後ろをレイヴンが君の周辺に防御決壊を張りながら歩く。そしてさらにその後ろを一番隊が続く。私達4人を挟む形で、左側にジオルドとフロル・セリア。右側にジャン・トルソとセスター・アラストロがつく」


 話には聞いていたけど……大名行列か!!

 でも戴冠式だもんね、厳重にもなるか。


「2番隊、3番隊、5番隊はそれぞれの持ち場で隊列を組み、4番隊は影から警備を強化しながら参加する」


 4番隊……そういえばマーサ隊長はまだ私を認めてはいないのよね。

 あれから話もできないまま来てしまったけれど、いつか話し合えたら──。


「姫君」

 思考の間をすり抜けて、凛としたハスキーボイスが響く。

「!! マーサ隊長」

 驚いた。

 さっき考えていた人物が目の前に出てくるんだもの。


 さすが隠密集団のトップ。

 気配を消すのがうまい。


「姫君。この度はご即位おめでとうございます」

「!?」

 そう言って私の前にひざまずくマーサ隊長に、私は驚きのあまり口をぽかんと開けたまま固まってしまった。


 今まだ私にひざまずくなんてことはないし、私が主になるだなんてありえない派だった彼女の初めての行動に、開いた口が塞がらない。


「戦場で見たあなたの強さ、そして敵を死せる事なく、まるで舞うように戦うその美しさ。感服いたしました……。結果、あなたは誰の犠牲も出すことなく成し遂げた。……姫君。これまでのご無礼、お許しください。このマーサ・カリスト。命果てるまであなた様にお仕えすることを誓います」


 そう言って私の右手を取ると、手の甲へと口づけた。

 ──騎士の誓い。


 こんなにも唐突に、しかも意外性たっぷりに誓われたのは初めてだけれど、なんだか嬉しい。

 あのまま嫌われたままなのは、やっぱりあまりいい気はしないもの。


「ありがとうございます、マーサ隊長。これからもよろしくお願いします」


 そう微笑めばマーサ隊長はいつものクールな切れ長の瞳をキラキラとさせ「はい!!」と答えた。

 ……何だろう……この眼差しのデジャブ感。

 わんこ3号……?


「姫君ならば、クロスフォード騎士団長の伴侶として不足はございません。お二人に、全力で使えさせていただきます」


 うんうん。そうかそうか。

 二人に全力で──って……。


「はんりょぉぉおおおおおおお!?」

「なっ!! マーサ・カリスト!! そんな話は──!!」

「では姫君、私は会場に戻ります。警備はお任せを。失礼」

 そう言うだけ言って、マーサ隊長はその場から消えてしまった。


「……」

「……」

「……」

「……」


 残された私たちは呆然とさっきまで彼女がいた場所へ視線を送る。


「シリル、しっかりなさいよ」

「そうだぞ。決めるときは決めろよ。たとえ奥手でも」

「何の話だ!! っごほんっ。とにかく、行くぞ、カンザキ。いや……姫君プリンシア

「っ……はいっ……!!」


 差し出されたその手に自分のそれを重ね、私は騎士団本部目指して歩き出した──。





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