あなたへ捧ぐ決意


「そんな……」

「それが──あの日の真相よ」


 信じたくない。

 一つの真実。


「で、でも、エリーゼは何も見てないって──」

「意識していなかったのよ。意識することなく力を暴走させてしまった。あんたも身に覚えがあるでしょう?」


 思い出すのは私が魔法の修行を始めたばかりの特訓。

 全属性を暴走させた、あの地獄絵図。


「エリーゼは癇癪を起こし、聖魔法を暴走させ、聖女の力を覚醒させてしまった」

「じゃぁ……エリーゼがあの歳ですでに聖女として覚醒していたのは……」


震える声で一つ一つを辿っていく。

そして繋がってしまった。真実が──……。


「……力の強いもの──国王と王妃を手にかけたから──」

「っ!!」


魔力の強い者を糧に──覚醒する……。

だから──。



『ねぇヒメ……これは内緒よ? 私ね、もう聖女としての力が覚醒してるのよ』



『8歳の頃、突然に。でも、これを言ったら怖い戦いに巻き込まれちゃいそうで、誰にも言ってはいないの』


悪気のない言葉たちが、ふわふわと私の脳内をめぐる。

悪意無き──悪意。


落ち着け。

冷静になれ。

呼び覚ましてはいけない。あれを。


「あの子があんなことになったのは、ある意味であの子の自業自得か、無意識の償いなのよ。だから、あんたがあの子を蘇らせることを義務に思うことはないの。シリルだってきっと、あの子より、あんたを選ぶわ」

「っ……」

先生が、エリーゼより私を選んでくれたなら、どんなに幸せか……。


「ねぇヒメ。あんたはそれでも──あの子を蘇らせるの?」

「!!」

あぁ、ずるい。その聞き方は……。


答えが出せなかった。



その言葉を頭の中をぐるぐると巡らせながら、レオンティウス様と別れた私は、一人無言のまま自室へと帰ったのだった。



──ベッドの淵へ腰掛けて、一人ただぼーっと窓の外を眺める。


あの時初めて知った、闇の心地よさ。

一度味わってしまった甘美な世界に、引きずり込まれてはいけないという理性を総動員させて必死で封じ込める。


もう、あんな私になってはいけない。


“殺してしまえ”

そんな声がこびりついて離れない。

先生が止めてくれなければ、私は今頃大公の首を落としていた。

躊躇うことなく。


震える両手で自身をキュッと抱き込む。

怖い。

私は──私が怖い。

私の中の何かが……。


「……セナ……」

不意に紡いだのは、久しぶりに口にした義姉の名前。


私が──セナならよかったのに。

そうしたら、もっと色々、スムーズに、完璧にできる。

悩むことなく、真っ直ぐ目的のために進んでいただろう。


だってセナは──。


『セナは、なんでも上手にできたのよ』


幾度となく母から語られたセナの姿。

まるで情報を与えてやるからそうなりなさいと言うように。

まるで私は私でなくセナを演じろと言うように。


「カンザキ」

「!!」

声をかけられはっと顔を上げると、目の前には先生の美しいお顔。

こんな至近距離にいたのに声をかけられるまで気づかなかった……!!


「何か考え事か?」

「え、あ、いえ、大丈夫です。ちょっとぼーっとしてただけで……。先生、もう良いんですか?」

「あぁ。ひとまずやるべきことは終わらせた」


さすがハイスペ騎士団長……。

あれだけの仕事をその日のうちに終わらせるなんて、一体何人に分身したんだ。


マントを椅子にかけると、いつもの皮張りのソファへドシンと座り、ぐったりと身体を預ける姿を見ると、やっぱり相当疲れているのだろう。

だってちょっとやそっとの疲れで、こんな姿を私に見せることはまずないもの。


私は用意しかけていた魔法茶をカップに注ぎ、先生のところまで持っていくと、「どうぞ」と目の前のローテーブルの上へ差し出した。


「あぁ、ありがとう。……美味しい。これは魔法茶か」

「はい。お疲れかなと思って。学園旅行で買った安眠作用のある魔法茶葉です」

「カップも、君が旅行で買ったカップだな。セイレの国旗とセレニアの花」


花言葉は“変わらない思い”。


「美味しいですね」

「……あぁ」

こうしてまた二人並んでお茶を飲むことのできる空間が愛おしい。

ずっと、こんな日が続けば良いのに。


「せんせ──っ!?」

言葉を紡ぎかけた私は突然引き寄せられ、先生のその硬い腕の中へとすっぽりと抱き込まれた。


「あ、え、ちょ」

突然のことに脳みそが追いつかない。

その間にも先生の呼吸の熱さを耳元でダイレクトに感じる。


「君が無事で、本当によかった……」

僅かに掠れた震える声で紡ぎ出した言葉に、私は言葉を詰まらせた。

先生も、私と同じだ。

失うかも知れないという恐れと、ずっと戦っていたんだ。


「先生、あの炎の中、助けてくれて、ありがとうございました」

「……」

「大公と対峙した時も。先生が止めてくれなかったら、私、大公やっちゃってました」

「……」

「……? 先生?」

「……」


顔を起こして少しだけ先生の体を押し返してみると、すやすやと眠る横顔。

……うそん。


やっぱり疲れてたんだ。

そりゃそうだよね、たくさん魔力も使った上、事後処理まで……。


「先生、ありがとう」


私は先生を起こさないように慎重にソファへ彼の身体を横たわらせると、その上から毛布をかけ、そっと彼の額へ口付けた。

今だけは許してもらおう。

愛おしさが漏れて仕方がないのだもの。


あなたがいたから、私は今生きてる。

あなたがいたから、進み続けることができた。


あなたにたくさん救われたから。

だから私は──やっぱりあなたの幸せのために生きる。


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