とある副騎士団長の独白
あの日僕は、従妹であるヒメと、幼馴染のシリルの婚約の顔合わせの話を聞いて、気になって城へ向かった。
さすがに二人の逢瀬を邪魔するわけにはいかないから、二人の顔合わせが終わってから謁見の間へ忍び込んだんだ。
ヒメとよく城の中でかくれんぼしていた僕は、どこに行けばどこに出るのか、どこならバレずに隠れていられるのか、よく把握していた。
「ヒメ、シリルしゃますき!! シリルしゃまとけっこんするっ!!」
楽しそうに、そして嬉しそうにシリルのことを話すヒメの声。
あぁよかった。
二人はうまくいきそうだ。
そんな安堵とともに、少しばかり寂しさも感じてしまったのは仕方ないだろう。
だって、僕はずっとヒメが大好きだったんだから。
赤い瞳の姫君。
僕の可愛いうさぎちゃん。
いつまでも僕の腕の中にいてくれるなんて、幻想なのに。
「だっておとうさまは──」
ぼーっとそれを聞いていた僕の頬を、小さな虫が這うのに驚いて、ゴンッと頭を天井にぶつけてしまった。
「!?」
しまった、気づかれたか?
バクバクとうるさくなる心臓を小さな手で押さえると、一瞬だけ、覗き穴から国王陛下と目があったような気がした。
「あぁ……、うん、大丈夫。可愛いネズミ
「ネズミさん?」
あぁ、これは多分、気づかれたな。
まぁいい。後でしっかりお説教を受けよう。
そう思った矢先だった。
「陛下、エリーゼ嬢が、緊急の謁見を申し出ておりますが……」
エリーゼだって?
なんであの子が?
「エリーゼ? あぁ、ディオス伯爵家の……。そういえばシルヴァが連れてきたと言っていたな。良いよ。通してくれ」
「はっ」
騎士が出てしばらくしてから、彼女は入室した。
どこか思い詰めたような表情に、嫌な予感がする。
「おぉ、久しいな、エリーゼ。大きくなったものだ」
「ご無沙汰しております、陛下。無理を言ってシリルについてきてしまって、申し訳ありません」
「気にすることはない。君もアレンも、レオンやレイヴンと同じくシリルとは仲のいい幼馴染だ。気になるのも無理はないだろう」
「……えぇ……」
俺達三大公爵家はもちろん、ディス伯爵家も、昔から交流のある家だ。
だからシリルに会うときにはよくアレンや妹のエリーゼも一緒だったし、そこに身分差を気にしたこともない。
いつからかシリルを見つめるエリーゼの瞳に、親愛以外のものが混ざり始めたことに気づいたのは、おそらく僕だけではないはずだ。
レイヴンは気づかないだろうけれど。
「あの、陛下」
「なんだい?」
エリーゼは一度、玉座の影に隠れて見るヒメのことをチラリと見てから、意を結したように真っ直ぐ陛下を見て、口を開いた。
「姫君は……、シリルと結婚、するのでしょうか?」
どこか緊張感を孕んだ、震える声。
「ん? あぁ。二人とも、お互い気に入ったようだからね。近く、婚約式を行うつもりだよ。君やアレン、レオンやレイヴンにも出席願いたいものだ」
シリルの大切な友人たちにも見てもらいたい。
そんな思いがあったのだろうが、エリーゼの思いを知っている者からしたら、残酷以外の何物でもない言葉だった。
「許さない──なんで──」
低く歪められた声がエリーゼから発せられる。
憎しみのこもった目が、ギンッと真っ直ぐにヒメに向かい、そして──。
「ッ!! リーシャ!! ヒメ!!」
国王がヒメと王妃を呼ぶ声と共に、眩い光が立ち込め、あたりは一瞬にして炎の海と化した。
魔力の暴走。
力の強いシリルが昔よくやらかした、魔力の制御ができず大放出させてしまう現象。
聖女の力は癒すだけではない。
強い攻撃の力も持っていると聞く。
まさにそれだ。
僕の宝物が……白い炎に、燃やされていく……。
震えて、声も出せない。
手も足も、動かない。
なんで、どうして。助けたいのに……!!
「おとうしゃま!! おかあしゃまぁぁ!!」
響く大好きなあの子の叫び声。
その時、炎の間から、一瞬だけ、国王の顔がのぞいた。
そして──「!!」 ……僕に向けて、優しく微笑んだ。
そうして三人は完全に炎に飲まれて言ってしまった……。
そこにいるのは、意識を失った状態のブロンドの髪の少女だけ。
魔力の揺らぎを感じてすぐにフォース学園長とシリルの父上が駆けつけた。
その間ずっと、僕は動くことができなかった。
エリーゼがしたことを知れば、きっとシリルは苦しむ。
アレンも、レイヴンだって。
それに、いくら僕が証言したところで、帰っては来ないんだ。
愛するあの子は……。
何も、できなかった。
そうだ。
僕が知ったこの真実は、僕が僕とともに連れて行こう。
どうか誰も、この真実に辿り着きませんように。
どうか皆が、何も知らないまま、幸せになってくれますように。
そして僕はこの日、
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