犠牲者不在の終戦に


 グレミア公国の魔術師たちと大公は先生が騎士団本部へと連れていき、私はセイレとグレミア両国の騎士たちを連れ、グローリアス学園の大広間に向かった。

 負傷者も多く、それぞれ敵味方関係なく動けるものが動けないものに肩を貸しながら、ぞろぞろと大広間へ入る。


 入ってすぐの壁際によく知った顔を見つけて私はヒュウっと息を呑んだ。

「っ、ジオルド君!!」

 頭から血を流し、肩で息をするジオルド君は、私の声にゆっくりとこちらへ視線を向けると力なく微笑む。


「なんだ、ヒメか。お疲れ」

「お疲れ、じゃないです!! 何頭から血流してんですか!! 手当ては!?」


 すぐに彼に駆け寄り、傷の具合を見る。

 血でべっとりとしたプラチナブロンドの髪をかき分けるとぱっくりと開いた傷がのぞいた。


「大したことはない。治療は他の奴らを優先させるように言ってる。俺は怪我とか慣れてるしな」

「慣れてる慣れてないの問題じゃないです!!」


 いくら慣れていたって、痛いものは痛いはず。

 だけど、これだけの人数を少ない人数で治療するのは難しい、か……。なら──。


「はぁぁあっっ!!」

 私は大広間の前方にある教壇へと駆け上がると、全体に向けて自分の中をめぐる聖魔法を放出させた。


 淡く白い光の粒子が、大広間にいる負傷者に降り注ぐ。

 連れてきていた負傷した両国の騎士達にも、その光は輝きながら吸い込まれ、やがて彼らの傷は綺麗に消えていった。



「ふぅ……」

 流石にこの広範囲の聖魔法は骨が折れる。

 それまでの戦いの疲労もあって、身体にずしんと重みが襲ってくるけれど、安心お方が勝るのだから、私はつくづくこの国が、この世界が好きなんだろうと思う。


「わっ」

「っと……。無茶すんな、バカ」

「ありがとうございます、ジオルド君」


 教壇から飛び降り、疲労から力が抜けよろけた私をジオルド君が支える。

 さっきまで目立っていた頭の傷も無くなり、血も綺麗に浄化されて顔色も良い。

 よかった……。


「──ヒメ!!」

 ほっと息をついたその時、よく通る声が私の名を呼んだ。

「クレア」

「ヒメ、無事!?」

 まっすぐに私の元に息を切らしながらかけてきて、私を上から下まで行ったり来たり観察しながら尋ねるクレアに、私は笑顔を向ける。


「大丈夫ですよ、ほれ、この通り」

 と両手を広げて見せるとクレアは目に大粒の涙を浮かべて私の首に抱きついた。


「よかった……!! ほんと、よかった……!! おかえり、ヒメ!!」

「──ただいま、クレア。ラウルも、ありがとうございました」

 クレアの背後で安心したように微笑んでいるラウルに視線を移す。

 救護の方も手一杯だったのだろう、若干疲労の色が見える。


「無事でよかったですヒメ」

 二人は待っている間もずっと不安だっただろう

 戦況がわからないままにベアラビたちがひっきりなしに運んでくる負傷者を見続けていたのだから。


「お兄様!!」

 悲鳴にも似た声が大広間に響き、声の方を見ると、青い顔をしたメルヴィがぐったりとして救護ベッドに横になるレイヴンを見ていた。


「メルヴィ」

「ヒメ……。お……お兄様は……お兄様は……」

「大丈夫。落ち着いて。魔力切れを起こしただけです。一晩眠れば魔力も回復します。レイヴンのおかげで、死者を出すことなく早く決着がつきました。ゆっくり休ませてあげましょう」


 私が言うと、瞼を震わせながらゆっくりとレイヴンの琥珀色の瞳が目の前で泣きそうになる妹の姿を捉えた。

「よぉ……、妹。たまにはカッコイイ事もするだろう? 俺も」

 戯けて見せるレイヴンに、メルヴィは肩を震わせて「お兄様はバカなんですか!?」と怒鳴りつける。


 こんなにもレイヴンに対して感情をあらわにしたメルヴィは初めてで、周りにいた者達は口を閉じて様子を伺う。

 クレア達だけじゃない。

 皆不安だったんだ。

 誰が死ぬかもわからない、もしかしたら自分の身内にもう会えなくなるかもしれない、この戦いが。


「メルヴェ──」

「お兄様は、小さな頃から、ずっとカッコイイ、私のたった一人のお兄様ですわ」


 メガネの下に浮かべた涙を指で拭いながら微笑んで見せるメルヴィに、レイヴンは一瞬だけ言葉を詰まらせて、そして小さく「おう。……ありがとな」と言って顔を照れ臭そうに彼女の頭を撫でた。


 身体の弱かったメルヴィを守り続けてきたレイヴンが、カッコよくないはずがない。

 少なくともメルヴィにとってレイヴンは、ずっと最高にカッコイイお兄ちゃんだ。

 そんな兄妹の関係が、少しだけ羨ましい。


「金色」

「タスカ」

 グレミアの騎士達を引き連れて前へ進み出たタスカさんは、深く、レイヴンに向けて頭を下げた。


「お前のおかげで、国の家族の命も、俺たちの命も無事でいられた。本当に感謝している。──そしてヒメ、ここにいるセイレの民へも。俺たちはこの恩を決して忘れることはないだろう。本当に、ありがとう……!!」

 タスカさんの言葉に背後で列を組んでいた騎士達も頭を下げた。


「皆、生きていてよかったです。ね、レイヴン」

「あぁ。本当にな」


 敵も味方も、誰一人死ぬことなく終えることができた戦いに、私たちは顔を見合わせ微笑みあった。


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