染まる桜、戦いの終わり
レオンティウス様を飲み込み、容赦なく大きくなっていく炎。
お前はまた、私から大切を奪うのか。
「あーっはっはっはっはっ!! 魔法が使えぬ出来損ないは魔法によって最期を迎えるか!! これは愉快だ!! やはり魔法こそが至高!! 力のある者に使われてこその精霊の力!! セイレは我に有り!!」
は?
魔法が使えない、出来損ない?
魔法こそが志向?
剣と武術を磨き続けたレオンティウス様の努力を知らないこいつが、彼を語り侮辱するの?
じわじわと内側から湧き始める熱いもの──。
“殺してしまえ”
私の中のナニカが囁く。
嫌だ。
やめて。
“憎いでしょう? レオンティウスを殺した奴らが”
「憎い」
“大切な、兄のような存在だったものね”
「えぇ」
“悔しいでしょう? だってあなた、未来を変えたいとここまで頑張ってきたんだものね”
「悔しいわ、とても」
“見てごらんなさい、あのでっぷりとした男を。あなたの大切な人が死んだというのにしたり顔で見下ろしているわ。ねぇヒメ。あなた、どう思う?”
「悔しい……。憎らしい……。私がこの手で──息の根を止めてやる……!!」
カァッと一気に燃え上がるように瞳に熱が籠る。
赤黒い血に染まった私の桜色の双眸が、構えた愛刀に映る。
これは誰だ。
違う、これは、でも──。
──トメラレナイ。
「はぁぁぁあああああああっ!!!!」
あぁ、軽い。
風魔法を付与した時よりもさらに軽く、早く、身体が動く。
地を蹴り、宙を舞い、身体をくるりくるりと転回させながら、闇魔法である黒いモヤで魔術師達を次々と縛り上げる。
闇が──心地いいだなんて……。
いなくなれ、何もかも!!!!
変わることない世界なら、滅びてしまえ!!!!
そんなメチャクチャな黒き感情が私を支配する。
なんだ、簡単じゃぁないか。
堕ちてしまえば……、壊してしまえば──私は楽になれる。
違う。だめだ。
私の目的はそこじゃない。
私は、この戦いに勝って、王位を継いで、エリーゼを蘇らせなきゃいけない。
あの人を──愛する人を幸せにするために……。
二つの感情がせめぎ合う中で、それでも私は舞い続ける。
そして──。
ザンッッ──!!
「チェックメイト」
境のわからない首元へ突きつけた冷たい愛刀がギラリと光り、括り付けたお守りの鈴がリリンと鳴り響いた。
あたりにはもう、立っている魔術師はいない。
どの魔術師も私が放った闇魔法の黒いモヤによって縛られ、縫い付けられたかのように地に這いつくばっている。
「ヒィィッ!! い、命だけは……命だけは……!!」
「やめろヒメ!!」
命乞いをする醜い声。そして後ろの方でレイヴンの叫びが聞こえる。
だけど今の私には、そんなもの気にすることではなかった。
「グレミア公国大公カルム・グレミア。今──その息の根を止めてやる……っ!!」
低い声で憎き男の名を呼び、そして私は突きつけた刃を振り上げ、そこを目掛けて振り下ろす──!!
「ヒメ!!」
「姫さん!!」
キィィィィィイイン!!
「!!」
「落ち着きなさい」
低く落ち着いた涼やかな声が、すぐそばで聞こえた。
私が振り下ろした刃は、銀に光る別の刃によって受け止められている。
「──せん……せ……?」
「あぁ。君は、殺してはならない。この手は、奪うためのものではない」
私の刃を受け止めたのは、グローリアス付近で守りを担当してくれていたシリル・クロスフォード先生だった。
「でも……!! こいつはレオンティウス様を──!!」
「大丈夫だ」
「──え……?」
「ヒメ!!」
後方から聞こえたその声に、私は素早くそちらへ視線を向ける。
「レオン……ティウス様……?」
そこに立っていたのは、先ほど炎に飲まれていったはずの、レオンティウス様。
煤汚れてはいるけれど、火傷などは見受けられない。
「なんで? だって……」
「こいつのおかげよ」
そう言ってレオンティウス様が腰のベルトについたポーチから取り出したのは……。
「マッチョ人形!?」
そう、私が学園旅行でグレイル隊長の土産として買った、あのお守りのマッチョ人形だったのだ。
「出発前にグレイルに強引に持たされたのよ。最前線は危険だからって。で、炎に飲まれた瞬間、これが氷の防御壁を張ってくれたってわけ。しかも最高位のね」
マッチョ様様よ、と苦笑いするレオンティウス様に、一気に私の中に渦巻いていたものが引いていく。
「マッチョ人形、効果……あったんだ……はは……よかった……!! レオンティウス様が無事で……!!」
ちゃんと生きてる……!!
運命は、変えられたんだ……!!
「カンザキ、大公は騎士団が預かり、収監する。いいな?」
さっきまでの熱が嘘のように引いて、頭の中に響いていた声もやみ、私の頭が冷静さを取り戻す。
「はい。でもその前に──」
リリン。音を立てて私は愛刀を鞘に戻し、さっきまで愛刀を握っていた右手をぐっと握り──。
ガンッッッ!!
「ぐはぁっ!!」
大公の顔面にめり込む私の拳。
「もう少しやっちまいたい気はしますが……一発にしておいてあげます。だけどきっちり、償いはしてもらいますよ?」
幼いクレアやマローに恐怖を与えたことも。
戦争を繰り返し、精霊を衰弱させ、闇を増幅させたことも。
グレミア公国の騎士達の大切な人たちを人質にとったことも。
なかったことにはできない。
ごめんなさいでは済まない。済まさない。
私は目の前でうずくまる男を用意していた緊縛符で縛り上げると、その襟首を持ち、前へ突き出す。
そして拡声魔法を自身に付与すると、大きく息を吸い声を上げた。
「グレミア公国大公カルム・グレミアは、セイレ王国ヒメ・カンザキ・ヴァス・セイレの手にあり!! 皆さん……、戦いは──終わりました!!」
私の宣言に、セイレの至る所から上がる歓声が聞こえる。
ビリビリと、身体にダイレクトに響いてくるそれは、長きにわたる恐怖からの解放の歓声、そして、自由を手に入れた未来への希望の歓声。
こうして全ての未来を賭けたグレミア公国との戦いは幕を閉じた──……。
~あとがき~
皆様いつもありがとうございます!!
ついに戦いが終わり、レオンティウス様の運命も変えることができました。
マッチョ人形のおかげで(笑)
もう少しで4章後半も終わります。
それが終われば最終章になります。
他作品の作業などもあり、なかなか続けて更新できない日も多いのですが、皆様、最後まで応援いただけると幸いです♪
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