愛してる、僕のうさぎちゃん


「おーい!!」

 空を割るようにして突然響き渡った声に、誰もが戦う手を止め空を仰ぐ。


「レイヴン!!」

「ようヒメ、待たせたな!! レオン生きてるかー?」

 そこには犬歯をのぞかせてこちらに笑顔を向け、宙に浮かぶレイヴンの姿。


「生きてるわよっ……!! 何とか……ね……!!」

 レオンティウス様の荒い呼吸混じりの言葉に、安心したように息をつくと、レイヴンは一度大きく息を吸って──。


「タスカァァァァァアアア!! グレミアの騎士共ぉぉぉぉおお!! お前らの気がかり、全部解決してやったぞぉぉぉおおおお!!」


「!!」


 成功したんだ……!!

 彼らの家族の魔法解除に……!!


「終わっ……た……?」

「俺達の家族は……もう、大丈夫なのか?」

 ぽつりと呟かれる言葉を拾い上げレイヴンが力強くうなずく。


「あぁ!! 術も解除して、保護魔法もかけといた!! んで──よっ、と!!」

 レイヴンは両手を空から地上に向けると、グレミアの騎士たちに向けて魔力を力一杯大放出させた。

 カチャン、カチャンカチャン。

 無機質な音を立てながら、グレミア公国の騎士たちの首から魔法爆弾付きの首輪が外れ、落ちていく。


「これでお前らは──自由だぁぁぁぁあああ!!!!」


 レイヴンのその宣言に、一瞬の静寂が戦場を包み、そして──。


「うあぁぁぁぁあああ!! 自由だぁぁああ!!」

「ありがとう……!! ありがとう!!」

「また……妻と子供に会えるんだ……!!」


 歓喜の声が上がると同時に、カランカランと一本、また一本と武器が地に落とされていく。

 必要のなくなったもの達が地に散乱し、傷を追った戦友と抱き合う姿はさっきまで戦っていたのは普通の、私たちと同じ人間だったのだと思い知らされる。


「レイヴン、ありがとうございます……!!」

 フヨフヨとゆっくりと地に降りるレイヴンに私はふにゃりと笑った。

「良いってことよ。っと……!!」

「レイヴン!!」

「おっと。大丈夫か、金色」

 地に足がついてふらりと体制を崩したレイヴンを、そばにいたタスカさんが支える。


「あぁ、すまん。グレミアまで行ってありったけの魔力で魔法の解除と守りの魔法をかけたら、ここまで帰ってくるのがやっとだったわ。魔力切れだ」

 両手をあげて参ったとおどけて見せるレイヴンの相変わらずな様子に、ホッと胸を撫で下ろす。


 見たところ怪我はどこにもなさそうだし、しばらく休めば魔力も復活するだろう。

 とにかく、レイヴンが無事に任務を終えて帰ってきてくれてよかった。


「恩に着る。金色」

「うちのお姫様の願いを叶えるのが、俺の役目だからな」

 表情を歪ませて頭を下げるタスカさんに、レイヴンが照れ臭そうに鼻をかいた。


 グレミアの騎士たちはこれでもう心配ない。

 あとは私が大公を討つだけだ──!!


「形勢逆転、ですね。大人しく降伏してください、大公」


 彼を守ろうとしていた騎士達が次々に武器を捨て戦線離脱する中、私は真っ直ぐにこちらを見下ろしながら歯噛みする大公を睨みつけた。


 グローリアスへの道は先生が守ってくれているから大丈夫。

 グレミアの騎士達の家族の無事も確保されて、彼らも戦う理由がなくなった。

 もはやグレミア公国に勝機はない。


 そんな油断が生まれていたのだろう。


 ニヤリ──、それまで悔しげに歯噛みしていた大公の口元が不気味に弧を描いた。

「甘いな。セイレの小娘」

 大公がそう笑った、刹那──。


「ヒメ!!」

「!? きゃぁっ!!」

 名を呼ばれたと同時に後ろから手を引かれ、後方へと投げ飛ばされ地面へと叩きつけられる私の身体。


「レオンティウス様!?」

「っがぁぁあっっ!!」

 すぐさま顔をあげれば、目の前には現れた魔術師によって肩を剣で貫かれた状態の、レオンティウス様──。

 そして彼を取り囲むように、これまで姿を消していたであろう仲間の魔術師達が姿を表し、彼を取り囲んだ。


「炎よ!!」

 魔術師達の詠唱で、バチンバチンと火の粉が上がり炎が轟々と燃え盛り、レオンティウス様の周囲を焼き包んでいく。

「レオンティウス様……!!」

 放たれた炎がジリジリと領土を広げ、レオンティウス様へにじり寄る。


「レオン!!」


 どうにかしなければいけないのに震えが止まらない。

 なんで……。この炎は、あれとは違うのに……!!

 このままじゃレオンティウス様が……!!

 だめ……。動け……。

 動け動け動け、動けぇぇぇえええ!!


「はぁぁぁぁぁああっ!!」

 何とか動いた身体を動かし使える限り最高位の氷魔法を何とか放出させるも、元々素質の少ない氷魔法は魔力強化された大勢の魔術師達の炎には微弱にしか効かず、炎は弱まりを見せない。


「そんな……」

「くそっ、何で俺はこんな時に……!!」

 レイヴンも魔法を放とうとするけれど、魔力切れを起こしている彼には魔法を放つことはできず、唇を噛み締める。


「あっはっはっはっは!! 再び形勢逆転、だな、小娘」

「大公……!!」

 愉快そうに笑う大公を睨みあげるので精一杯。

 悔しい。出す手が、見つからない……。


「さぁ、武器を捨て、投降しろ!! セイレの小娘!! セイレは、我がグレミア公国のものだぁぁああ!!」

「っ!!」


 武器を捨てる。

 そうすればレオンティウス様は助かるの?

 なら──。

 愛刀を地に落とそうと指を震わせながら緩める。


「だめよヒメ!! 私のことは気にせず、大公の元へ!! ぐっ……かはぁっ!!」

「でも……!!」


 だめだ。

 熱の籠った煙を吸いこんで身体の中からやられてるんだ……。


 私がぐっと唇を噛んでから、大きく深呼吸すると、大公をまっすぐに見て、愛刀を掲げた。

「ヒメ」

 すぐに剣を落とそうとする私の名を、落ち着いた静かな声が再び呼ぶ。


「レオンティウス……様……?」


 燃え盛る炎の中で、彼は笑った。


「行きなさい」

 静かな、静かな声。


「でも……!!」

「早く」


 せっかくここまできたのに。

 未来を変えながら。

 次はレオンティウス様の未来が生きる未来へと変わる番だったのに。

 未来を変えようと必死で足掻いてきたのに……!!


 未来は──変わらない?

 これだけ必死に走り続けても?


  残るのは挫折感。諦め。絶望。


「っ……んた……、何諦めたような顔してんのよ!! あんた、王になるんでしょ!? この国の!! 何千何万もの国民を守る、たった一人の姫君でしょ!? 私一人の命と……国の全て。守るべき物の重さを間違えるな!!」


「っ……嫌だ……!! 私はレオンティウス様も──!!」

「決断すべき時だってある!!」

「!!」


 決断……。

 それは大切な何かを守るために別の大切な何かを切り捨てること?

 そんな決断、嫌だ……!!


 熱いものが頬を伝い、口を開くと同時に、炎から覗いた麗しい顔が優しく微笑んだ。


「……愛してる。──のうさぎちゃん」

 柔らかい声色は、いつかどこかで聞いた懐かしいもの。


「ヒメ……、行けぇぇぇええええええ!!!!」

「炎よ!!!!」


 レオンティウス様の叫びと同時に魔術師の一人が再び放った炎が、彼を包み込んだ炎の火力増加させ、レオンティウス様の姿は一瞬にして炎に飲み込まれた。


「レオン!!!!」

「レオンティウス様ぁぁぁああああっ──!!!!」

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